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第3話 舞踏会という名の戦場
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第3話
舞踏会という名の戦場
---
王城の夜は、いつ見ても無駄にきらびやかだ。
巨大なシャンデリアから零れ落ちる光、磨き抜かれた大理石の床、絹と宝石に身を包んだ貴族たちのざわめき。
そのすべてが、キクコ・イソファガスにとっては「三百回以上見た光景」でしかなかった。
「……相変わらず、趣味が派手ね」
淡い金色のドレスに身を包み、扇子で口元を隠しながら、キクコは静かに会場を見渡した。
年若い令嬢らしく、装飾は控えめ。しかしそれでも、自然と視線が集まる。
「……見られてるわね」
「ええ。かなり」
隣に控えるガイウスが、低い声で答える。
「主に、殿下の側近筋からでございます」
「でしょうね」
逃げ場はない。
舞踏会に足を踏み入れた時点で、すでに“的”にされている。
その時だった。
「おや……あれが噂の」
背後から、若い男の声が聞こえた。
振り返らなくても分かる。
この距離感、この物言い――間違いなく、当人だ。
「初めてお目にかかる。キクコ・イソファガス嬢、だね」
キクコは、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、金髪碧眼の青年。
整った顔立ちに、少しだけ自信過剰な笑み。王家の正装がよく似合っている。
「王太子殿下。ご機嫌よう」
完璧なカーテシー。
非の打ちどころのない礼儀。
青年――王太子は、満足そうに頷いた。
「噂通りだ。思ったより……」
一瞬、言葉が途切れる。
キクコは、内心で数を数えた。
(……三、二、一)
「……子供みたいな顔だな」
――出た。
予想通りすぎて、怒る気力すら湧かない。
「そう仰られましても」
キクコは、にこやかに微笑んだ。
「殿下の目が、ずいぶん大人びていらっしゃるだけでは?」
周囲の貴族たちが、ぴくりと反応する。
王太子は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。
「はは、気が強い。だが、それも悪くない」
(悪いわよ)
「それで?」
キクコは扇子を軽く閉じる。
「本日はご挨拶とのことでしたが」
「ああ。単刀直入に言おう」
王太子は、胸を張った。
「君を、将来の妃候補として考えている」
会場の空気が、わずかにざわめいた。
貴族たちの視線が、一斉に二人へ集まる。
(……早い。早すぎる)
せめて雑談三分くらいは挟むものだろう。
「光栄なお話ですわ」
キクコは、あくまで柔らかく答えた。
「ですが、殿下。私どもはまだ、本日初めて言葉を交わしたばかりかと」
「だからこそだ」
王太子は自信満々に言い切った。
「君は若く、美しく、血筋も申し分ない。これ以上、何が必要だ?」
――中身を見ろ。
喉まで出かかった言葉を、キクコは飲み込んだ。
「殿下」
声のトーンを、一段下げる。
「結婚とは、互いを理解し合うものです。条件だけで決めるものではありません」
「理想論だな」
王太子は肩をすくめた。
「だが、政とは現実だ。君も、いずれ分かる」
(……ああ、この手の“分かったつもり坊や”)
三百年前にも、百年前にも、十年前にも、同じ顔を見てきた。
「申し訳ありません」
キクコは、静かに一歩引いた。
「私は、殿下のお考えには賛同できません」
会場が、凍りつく。
王太子の眉が、ぴくりと動いた。
「……断る、と?」
「はい」
きっぱりと。
「私は、政略の駒になるつもりはございません」
ざわめきが、波のように広がる。
王太子は一瞬、言葉を失ったが、すぐに鼻で笑った。
「身の程を知らないな」
その声は、はっきりと侮蔑を含んでいた。
「十七の娘が、何を分かった気になっている?」
――来た。
キクコは、心の中で小さくため息をついた。
「殿下」
扇子を閉じ、真正面から王太子を見る。
「年齢で人を測るのは、賢明ではありません」
「強がりだ」
「いいえ。経験です」
その一言に、王太子は言葉を詰まらせた。
「……面白い」
だが次の瞬間、彼は冷たく言い放った。
「いいだろう。だが覚えておけ。君のような女は、すぐに後悔する」
「後悔なら、慣れておりますわ」
微笑みながら、きっぱりと言い切る。
「主に、殿下のような方を相手にしたときに」
完全な沈黙。
次いで、誰かが息を呑む音がした。
王太子は、顔を赤くし、踵を返した。
「……勝手にしろ」
そう吐き捨て、会場を後にする。
残されたのは、凍りついた空気と、視線の嵐。
「……やってしまいましたな」
ガイウスが、ぼそりと呟いた。
「ええ」
キクコは、紅茶を一口含みながら答える。
「でも、これでいいの」
視線の先、扉の向こう。
あの青年が、どんな“選択”をするのか。
それを知っているからこそ、キクコは迷わなかった。
「さて」
彼女は、扇子を開いた。
「ここからが、本番ね」
――この舞踏会は、ただの社交では終わらない。
キクコ・イソファガスは、すでにそれを悟っていた。
舞踏会という名の戦場
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王城の夜は、いつ見ても無駄にきらびやかだ。
巨大なシャンデリアから零れ落ちる光、磨き抜かれた大理石の床、絹と宝石に身を包んだ貴族たちのざわめき。
そのすべてが、キクコ・イソファガスにとっては「三百回以上見た光景」でしかなかった。
「……相変わらず、趣味が派手ね」
淡い金色のドレスに身を包み、扇子で口元を隠しながら、キクコは静かに会場を見渡した。
年若い令嬢らしく、装飾は控えめ。しかしそれでも、自然と視線が集まる。
「……見られてるわね」
「ええ。かなり」
隣に控えるガイウスが、低い声で答える。
「主に、殿下の側近筋からでございます」
「でしょうね」
逃げ場はない。
舞踏会に足を踏み入れた時点で、すでに“的”にされている。
その時だった。
「おや……あれが噂の」
背後から、若い男の声が聞こえた。
振り返らなくても分かる。
この距離感、この物言い――間違いなく、当人だ。
「初めてお目にかかる。キクコ・イソファガス嬢、だね」
キクコは、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、金髪碧眼の青年。
整った顔立ちに、少しだけ自信過剰な笑み。王家の正装がよく似合っている。
「王太子殿下。ご機嫌よう」
完璧なカーテシー。
非の打ちどころのない礼儀。
青年――王太子は、満足そうに頷いた。
「噂通りだ。思ったより……」
一瞬、言葉が途切れる。
キクコは、内心で数を数えた。
(……三、二、一)
「……子供みたいな顔だな」
――出た。
予想通りすぎて、怒る気力すら湧かない。
「そう仰られましても」
キクコは、にこやかに微笑んだ。
「殿下の目が、ずいぶん大人びていらっしゃるだけでは?」
周囲の貴族たちが、ぴくりと反応する。
王太子は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑った。
「はは、気が強い。だが、それも悪くない」
(悪いわよ)
「それで?」
キクコは扇子を軽く閉じる。
「本日はご挨拶とのことでしたが」
「ああ。単刀直入に言おう」
王太子は、胸を張った。
「君を、将来の妃候補として考えている」
会場の空気が、わずかにざわめいた。
貴族たちの視線が、一斉に二人へ集まる。
(……早い。早すぎる)
せめて雑談三分くらいは挟むものだろう。
「光栄なお話ですわ」
キクコは、あくまで柔らかく答えた。
「ですが、殿下。私どもはまだ、本日初めて言葉を交わしたばかりかと」
「だからこそだ」
王太子は自信満々に言い切った。
「君は若く、美しく、血筋も申し分ない。これ以上、何が必要だ?」
――中身を見ろ。
喉まで出かかった言葉を、キクコは飲み込んだ。
「殿下」
声のトーンを、一段下げる。
「結婚とは、互いを理解し合うものです。条件だけで決めるものではありません」
「理想論だな」
王太子は肩をすくめた。
「だが、政とは現実だ。君も、いずれ分かる」
(……ああ、この手の“分かったつもり坊や”)
三百年前にも、百年前にも、十年前にも、同じ顔を見てきた。
「申し訳ありません」
キクコは、静かに一歩引いた。
「私は、殿下のお考えには賛同できません」
会場が、凍りつく。
王太子の眉が、ぴくりと動いた。
「……断る、と?」
「はい」
きっぱりと。
「私は、政略の駒になるつもりはございません」
ざわめきが、波のように広がる。
王太子は一瞬、言葉を失ったが、すぐに鼻で笑った。
「身の程を知らないな」
その声は、はっきりと侮蔑を含んでいた。
「十七の娘が、何を分かった気になっている?」
――来た。
キクコは、心の中で小さくため息をついた。
「殿下」
扇子を閉じ、真正面から王太子を見る。
「年齢で人を測るのは、賢明ではありません」
「強がりだ」
「いいえ。経験です」
その一言に、王太子は言葉を詰まらせた。
「……面白い」
だが次の瞬間、彼は冷たく言い放った。
「いいだろう。だが覚えておけ。君のような女は、すぐに後悔する」
「後悔なら、慣れておりますわ」
微笑みながら、きっぱりと言い切る。
「主に、殿下のような方を相手にしたときに」
完全な沈黙。
次いで、誰かが息を呑む音がした。
王太子は、顔を赤くし、踵を返した。
「……勝手にしろ」
そう吐き捨て、会場を後にする。
残されたのは、凍りついた空気と、視線の嵐。
「……やってしまいましたな」
ガイウスが、ぼそりと呟いた。
「ええ」
キクコは、紅茶を一口含みながら答える。
「でも、これでいいの」
視線の先、扉の向こう。
あの青年が、どんな“選択”をするのか。
それを知っているからこそ、キクコは迷わなかった。
「さて」
彼女は、扇子を開いた。
「ここからが、本番ね」
――この舞踏会は、ただの社交では終わらない。
キクコ・イソファガスは、すでにそれを悟っていた。
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