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第5話 噂と逆風、そして沈黙の切り札
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第5話 噂と逆風、そして沈黙の切り札
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王城での一件から三日。
王都は、表向きこそ平静を装っていたが、水面下では不穏な波が広がっていた。
「イソファガス家の令嬢が、王太子に逆らったらしい」 「国王陛下が止めに入ったとか」 「でも、所詮は地方領主の孫娘だろう?」
噂は尾ひれをつけ、形を変えながら街を巡る。
――傲慢な娘。
――身の程知らず。
――魔女めいた女。
キクコ・イソファガスは、それらを一切知らぬふりで、いつも通り紅茶を淹れていた。
「……噂の広がり方、ずいぶん雑ね」
イソファガス邸のサロン。
窓辺の椅子に腰かけ、カップを回しながら、彼女は淡々と告げる。
「王太子派が動いておりますな」
老執事ガイウスが、控えめな声で報告した。
「貴族院の若手を中心に、“あの令嬢は危険だ”という印象操作が始まっております」
「でしょうね」
あっさり頷く。
「自分の失態を、相手のせいにするのは、よくある手だもの」
「……よろしいのですか? 放置して」
ガイウスの問いに、キクコはカップを置いた。
「今は、ね」
そして、扇子をぱちんと閉じる。
「騒げば騒ぐほど、向こうは墓穴を掘る。
王太子は“自分が正しい”と信じ切っている。だから、余計なことを言う」
「確かに……」
「沈黙は、時に一番よく響くのよ」
◆ ◆ ◆
一方、王城。
王太子の私室では、苛立ちが隠しきれない空気が渦巻いていた。
「父上は、なぜあの女を庇う!」
机を叩き、王太子は怒鳴る。
「ただの地方貴族の娘だぞ! しかも生意気で、礼儀もなっていない!」
側近の一人が、慎重に言葉を選んだ。
「……殿下。イソファガス家は、王家と非常に近い血縁にございます。
軽んじるのは得策では――」
「血縁だと? それが何だ!」
王太子は吐き捨てる。
「どうせ、年端もいかぬ十七だ。経験も浅い。
少し圧をかければ、すぐに尻尾を巻く!」
その認識が、すでに致命的な誤りであることに、彼だけが気づいていなかった。
「……ならば、次の手を」
王太子は、にやりと笑う。
「聖女を表に出せ。
“国に尽くす清らかな存在”と、“生意気な地方令嬢”。
民は、どちらにつくか分かりきっている」
◆ ◆ ◆
その翌日。
王都中央広場では、聖女アルシアの名を冠した慈善式典が急遽開催された。
「聖女様が、民のために祈りを――」 「ありがたい……!」
人々は自然と集まり、感嘆の声を上げる。
そして、演壇の端。
「……あら、露骨ね」
少し離れた建物の二階から、その様子を眺めていたキクコが呟いた。
「キクコ様、近づかれますか?」
「いいえ。行かない」
即答だった。
「今、私が顔を出せば、“対立構図”を完成させてしまう」
彼女は、視線を細める。
「聖女は悪くない。
悪いのは、“彼女を盾にする大人たち”よ」
そのとき。
「キクコ様!」
慌てた様子で、若い使用人が駆け込んできた。
「王城より通達が……!
明日、貴族院にて“イソファガス家に関する審議”が行われるそうです!」
「……来たわね」
キクコは、静かに立ち上がった。
「領地の税? 過去の慣例? それとも“不敬”かしら」
「おそらく……全部です」
「欲張りね」
ふっと笑う。
◆ ◆ ◆
夜。
イソファガス邸の書斎には、古い文書が山のように積まれていた。
羊皮紙、封蝋、王印の写し――
いずれも、数百年分の記録。
「……三代前の王命令、五代前の免税特権、戦時協力の誓約書……」
キクコは、淡々とページをめくる。
「どれも、今の貴族院の連中は知らないでしょうね」
ガイウスが、苦笑する。
「キクコ様が直接関わった記録ですからな。
“若き令嬢”が知っているはずがない、と思われている」
「そこが、最大の盲点」
キクコは、最後の一通を手に取った。
王家の始祖の署名が入った、極めて古い誓約書。
「……これを出すのは、もう少し後」
扇子で書類を整え、静かに言う。
「明日の貴族院では、私は――
“何も知らない十七歳”を演じるわ」
「……よろしいのですか?」
「ええ」
微笑む。
「相手に、安心させるために」
◆ ◆ ◆
翌日の貴族院。
重苦しい空気の中、キクコは静かに席に着いていた。
背筋を伸ばし、視線を落とし、発言を控える。
「……やはり、噂通りだな」 「大人しくなったじゃないか」
王太子派の貴族たちは、内心で勝利を確信していた。
――所詮は、若い娘。
――圧をかければ、黙る。
だが。
その沈黙こそが、彼女の切り札であることを、誰もまだ知らない。
キクコ・イソファガスは、心の中で静かに数える。
(……一つ、二つ、三つ)
――もうすぐ。
この国は、自分が“誰に喧嘩を売ったのか”を思い知る。
そう、確信しながら。
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王城での一件から三日。
王都は、表向きこそ平静を装っていたが、水面下では不穏な波が広がっていた。
「イソファガス家の令嬢が、王太子に逆らったらしい」 「国王陛下が止めに入ったとか」 「でも、所詮は地方領主の孫娘だろう?」
噂は尾ひれをつけ、形を変えながら街を巡る。
――傲慢な娘。
――身の程知らず。
――魔女めいた女。
キクコ・イソファガスは、それらを一切知らぬふりで、いつも通り紅茶を淹れていた。
「……噂の広がり方、ずいぶん雑ね」
イソファガス邸のサロン。
窓辺の椅子に腰かけ、カップを回しながら、彼女は淡々と告げる。
「王太子派が動いておりますな」
老執事ガイウスが、控えめな声で報告した。
「貴族院の若手を中心に、“あの令嬢は危険だ”という印象操作が始まっております」
「でしょうね」
あっさり頷く。
「自分の失態を、相手のせいにするのは、よくある手だもの」
「……よろしいのですか? 放置して」
ガイウスの問いに、キクコはカップを置いた。
「今は、ね」
そして、扇子をぱちんと閉じる。
「騒げば騒ぐほど、向こうは墓穴を掘る。
王太子は“自分が正しい”と信じ切っている。だから、余計なことを言う」
「確かに……」
「沈黙は、時に一番よく響くのよ」
◆ ◆ ◆
一方、王城。
王太子の私室では、苛立ちが隠しきれない空気が渦巻いていた。
「父上は、なぜあの女を庇う!」
机を叩き、王太子は怒鳴る。
「ただの地方貴族の娘だぞ! しかも生意気で、礼儀もなっていない!」
側近の一人が、慎重に言葉を選んだ。
「……殿下。イソファガス家は、王家と非常に近い血縁にございます。
軽んじるのは得策では――」
「血縁だと? それが何だ!」
王太子は吐き捨てる。
「どうせ、年端もいかぬ十七だ。経験も浅い。
少し圧をかければ、すぐに尻尾を巻く!」
その認識が、すでに致命的な誤りであることに、彼だけが気づいていなかった。
「……ならば、次の手を」
王太子は、にやりと笑う。
「聖女を表に出せ。
“国に尽くす清らかな存在”と、“生意気な地方令嬢”。
民は、どちらにつくか分かりきっている」
◆ ◆ ◆
その翌日。
王都中央広場では、聖女アルシアの名を冠した慈善式典が急遽開催された。
「聖女様が、民のために祈りを――」 「ありがたい……!」
人々は自然と集まり、感嘆の声を上げる。
そして、演壇の端。
「……あら、露骨ね」
少し離れた建物の二階から、その様子を眺めていたキクコが呟いた。
「キクコ様、近づかれますか?」
「いいえ。行かない」
即答だった。
「今、私が顔を出せば、“対立構図”を完成させてしまう」
彼女は、視線を細める。
「聖女は悪くない。
悪いのは、“彼女を盾にする大人たち”よ」
そのとき。
「キクコ様!」
慌てた様子で、若い使用人が駆け込んできた。
「王城より通達が……!
明日、貴族院にて“イソファガス家に関する審議”が行われるそうです!」
「……来たわね」
キクコは、静かに立ち上がった。
「領地の税? 過去の慣例? それとも“不敬”かしら」
「おそらく……全部です」
「欲張りね」
ふっと笑う。
◆ ◆ ◆
夜。
イソファガス邸の書斎には、古い文書が山のように積まれていた。
羊皮紙、封蝋、王印の写し――
いずれも、数百年分の記録。
「……三代前の王命令、五代前の免税特権、戦時協力の誓約書……」
キクコは、淡々とページをめくる。
「どれも、今の貴族院の連中は知らないでしょうね」
ガイウスが、苦笑する。
「キクコ様が直接関わった記録ですからな。
“若き令嬢”が知っているはずがない、と思われている」
「そこが、最大の盲点」
キクコは、最後の一通を手に取った。
王家の始祖の署名が入った、極めて古い誓約書。
「……これを出すのは、もう少し後」
扇子で書類を整え、静かに言う。
「明日の貴族院では、私は――
“何も知らない十七歳”を演じるわ」
「……よろしいのですか?」
「ええ」
微笑む。
「相手に、安心させるために」
◆ ◆ ◆
翌日の貴族院。
重苦しい空気の中、キクコは静かに席に着いていた。
背筋を伸ばし、視線を落とし、発言を控える。
「……やはり、噂通りだな」 「大人しくなったじゃないか」
王太子派の貴族たちは、内心で勝利を確信していた。
――所詮は、若い娘。
――圧をかければ、黙る。
だが。
その沈黙こそが、彼女の切り札であることを、誰もまだ知らない。
キクコ・イソファガスは、心の中で静かに数える。
(……一つ、二つ、三つ)
――もうすぐ。
この国は、自分が“誰に喧嘩を売ったのか”を思い知る。
そう、確信しながら。
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