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第6話 貴族院、静かな開戦
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第6話 貴族院、静かな開戦
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王都・貴族院。
重厚な石造りの議場には、朝から張り詰めた空気が漂っていた。
「これより、イソファガス家に関する件を審議する」
議長の低い声が響く。
キクコ・イソファガスは、控えめに席に座り、膝の上で手を重ねていた。
淡い色のドレス、視線は伏し目がち。
――どこからどう見ても、緊張気味の若い令嬢だ。
(……ふふ、よく釣れてる)
心の中でだけ、そう呟く。
最初に立ち上がったのは、王太子派の中堅貴族だった。
「イソファガス家は、長年にわたり特別待遇を受けてきました。しかし近年、その立場に甘え、王家への敬意を欠いているとの声が上がっております」
ざわり、と議場が揺れる。
「特に、その孫娘――キクコ嬢。王太子殿下への不敬な態度は、もはや看過できません」
視線が一斉にキクコへ集まる。
だが彼女は、慌てる様子もなく、ただ小さく首を傾げた。
「……申し訳ございません」
小さな声。
弱々しく、控えめな謝罪。
(あら、謝ったぞ?) (やはり噂ほどでは……)
貴族たちの間に、油断が広がる。
次に別の貴族が声を上げた。
「加えて、イソファガス領は税の免除、軍事協力の優遇など、特例が多すぎる! 今の時代にそぐわぬ!」
「そうだ!」 「平等であるべきだ!」
声が重なり、空気が勢いづいていく。
――今だ。
キクコは、そっと顔を上げた。
「……あの」
場が、ぴたりと静まる。
「無知な私のために、ひとつ教えていただけますか?」
きょとん、とした表情。
本当に分からない、という顔。
「その“特例”とは、どの王の時代に、どの勅命によって与えられたものなのでしょう?」
問いは、あまりにも素朴だった。
「そ、それは……昔からの慣例で……」
「“昔”とは、何年前でしょう?」
「……」
言葉に詰まる貴族。
キクコは、困ったように微笑んだ。
「私、十七歳なものですから。三百年前のことは……さっぱりで」
――くすり。
誰かが笑った。
だが、その笑いはすぐに凍りつく。
「……ですので」
キクコは、静かに立ち上がった。
「こちらを、ご確認ください」
老執事ガイウスが、一歩前に出る。
彼の手には、古びた文書の束。
「王暦一二七年。初代国王陛下の勅命書です」
ざわっ、と空気が一変する。
「イソファガス家は、建国戦争において聖女とともに戦い、国を救った。その功績により、永代にわたる特例を認める――」
議場が、静まり返った。
「……そんな、古文書……」
「続きがございます」
今度は、別の文書。
「王暦二三四年、疫病鎮圧における貢献」 「王暦三一〇年、魔獣大侵攻時の防衛協定」
一つ、また一つ。
積み重なる“証拠”。
キクコは、涼やかに微笑んだ。
「これらはすべて、“その時代を生きていた者”が確認し、署名したものです」
視線が、彼女に集まる。
「……偶然でしょうけれど」
扇子を開き、口元を隠す。
「私、その全てを“知っておりますの”」
息を呑む音が、あちこちから聞こえた。
「な、なぜ……?」
誰かが、震える声で問いかける。
キクコは、首を傾げた。
「さあ? なぜでしょう」
そして、柔らかく告げる。
「ただ――
“何も知らない若い娘”だと思って、侮るのはおすすめしませんわ」
沈黙。
王太子派の貴族たちは、顔色を失っていた。
「……以上です」
キクコは、再び席に戻る。
議長が、しばし呆然とした後、咳払いをした。
「イソファガス家に関する審議は……本日、これにて終了とする」
木槌が鳴る。
その音は、まるで――
静かな開戦の合図のようだった。
◆ ◆ ◆
貴族院を後にする廊下。
「……キクコ様」
ガイウスが、小声で言う。
「少し、やりすぎでは?」
「いいえ」
キクコは、軽やかに歩きながら答えた。
「まだ“挨拶”よ」
くすり、と笑う。
「本当に面倒になるのは、ここから」
永遠の十七歳。
だが、その沈黙の裏には、三百年分の“切り札”が眠っている。
それを、誰もまだ知らない。
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王都・貴族院。
重厚な石造りの議場には、朝から張り詰めた空気が漂っていた。
「これより、イソファガス家に関する件を審議する」
議長の低い声が響く。
キクコ・イソファガスは、控えめに席に座り、膝の上で手を重ねていた。
淡い色のドレス、視線は伏し目がち。
――どこからどう見ても、緊張気味の若い令嬢だ。
(……ふふ、よく釣れてる)
心の中でだけ、そう呟く。
最初に立ち上がったのは、王太子派の中堅貴族だった。
「イソファガス家は、長年にわたり特別待遇を受けてきました。しかし近年、その立場に甘え、王家への敬意を欠いているとの声が上がっております」
ざわり、と議場が揺れる。
「特に、その孫娘――キクコ嬢。王太子殿下への不敬な態度は、もはや看過できません」
視線が一斉にキクコへ集まる。
だが彼女は、慌てる様子もなく、ただ小さく首を傾げた。
「……申し訳ございません」
小さな声。
弱々しく、控えめな謝罪。
(あら、謝ったぞ?) (やはり噂ほどでは……)
貴族たちの間に、油断が広がる。
次に別の貴族が声を上げた。
「加えて、イソファガス領は税の免除、軍事協力の優遇など、特例が多すぎる! 今の時代にそぐわぬ!」
「そうだ!」 「平等であるべきだ!」
声が重なり、空気が勢いづいていく。
――今だ。
キクコは、そっと顔を上げた。
「……あの」
場が、ぴたりと静まる。
「無知な私のために、ひとつ教えていただけますか?」
きょとん、とした表情。
本当に分からない、という顔。
「その“特例”とは、どの王の時代に、どの勅命によって与えられたものなのでしょう?」
問いは、あまりにも素朴だった。
「そ、それは……昔からの慣例で……」
「“昔”とは、何年前でしょう?」
「……」
言葉に詰まる貴族。
キクコは、困ったように微笑んだ。
「私、十七歳なものですから。三百年前のことは……さっぱりで」
――くすり。
誰かが笑った。
だが、その笑いはすぐに凍りつく。
「……ですので」
キクコは、静かに立ち上がった。
「こちらを、ご確認ください」
老執事ガイウスが、一歩前に出る。
彼の手には、古びた文書の束。
「王暦一二七年。初代国王陛下の勅命書です」
ざわっ、と空気が一変する。
「イソファガス家は、建国戦争において聖女とともに戦い、国を救った。その功績により、永代にわたる特例を認める――」
議場が、静まり返った。
「……そんな、古文書……」
「続きがございます」
今度は、別の文書。
「王暦二三四年、疫病鎮圧における貢献」 「王暦三一〇年、魔獣大侵攻時の防衛協定」
一つ、また一つ。
積み重なる“証拠”。
キクコは、涼やかに微笑んだ。
「これらはすべて、“その時代を生きていた者”が確認し、署名したものです」
視線が、彼女に集まる。
「……偶然でしょうけれど」
扇子を開き、口元を隠す。
「私、その全てを“知っておりますの”」
息を呑む音が、あちこちから聞こえた。
「な、なぜ……?」
誰かが、震える声で問いかける。
キクコは、首を傾げた。
「さあ? なぜでしょう」
そして、柔らかく告げる。
「ただ――
“何も知らない若い娘”だと思って、侮るのはおすすめしませんわ」
沈黙。
王太子派の貴族たちは、顔色を失っていた。
「……以上です」
キクコは、再び席に戻る。
議長が、しばし呆然とした後、咳払いをした。
「イソファガス家に関する審議は……本日、これにて終了とする」
木槌が鳴る。
その音は、まるで――
静かな開戦の合図のようだった。
◆ ◆ ◆
貴族院を後にする廊下。
「……キクコ様」
ガイウスが、小声で言う。
「少し、やりすぎでは?」
「いいえ」
キクコは、軽やかに歩きながら答えた。
「まだ“挨拶”よ」
くすり、と笑う。
「本当に面倒になるのは、ここから」
永遠の十七歳。
だが、その沈黙の裏には、三百年分の“切り札”が眠っている。
それを、誰もまだ知らない。
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