永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾

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第21話 それでも日常は、遠慮なくやって来る

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第21話 それでも日常は、遠慮なくやって来る


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 平穏――それは、長く続くと人を油断させる。

 イソファガス領は、相変わらず静かだった。
 王都からの使者も来ない。
 聖職者の視察もない。
 勇者候補の召集状も、ぴたりと止まっている。

「……これはこれで、気味が悪いわね」

 キクコ・イソファガスは、縁側で紅茶を啜りながらぼそりと呟いた。

     ◆ ◆ ◆

 午前中は、完全な日常だった。

 書斎での読書。
 庭での軽い散歩。
 午後はファイエルとレオンの剣の稽古を“見守るだけ”。

「師匠、今日は指導しないんですか?」

 レオンが不思議そうに聞く。

「今日は見学」

「珍しいですね」

「ええ。
 平穏な日は、努力しなくてもいいのよ」

 ファイエルは苦笑した。

「それ、勇者としてどうなんですか……」

「勇者じゃない日も必要でしょう?」

     ◆ ◆ ◆

 ――その“日常”を破ったのは、一本の手紙だった。

 差出人は、王都の魔導院。

 キクコは、封を切った瞬間に察した。

「……ああ、これ」

 内容は簡潔。

『王都近郊にて、原因不明の魔力歪曲を観測。
 調査協力を願いたい』

 キクコは、静かに紙を畳んだ。

「平穏は、どうやら長居する気がないみたい」

     ◆ ◆ ◆

 その夜。

 食堂に集まった面々――
 ファイエル、リヒター、レオン、老執事ガイウス。

 キクコは、淡々と告げた。

「王都で、ちょっとした異変が起きてる」

「魔王絡みですか?」

「たぶん違う。
 もっと……人為的な匂い」

 リヒターが眉をひそめる。

「再び、聖女派閥でしょうか」

「可能性はあるわね」

 キクコは肩をすくめた。

「でも今回は、私が前に出るつもりはない」

 一同が、同時に顔を上げた。

「……え?」

「“助言”だけする。
 調査は、王都の人間に任せる」

 レオンが戸惑った声を出す。

「それで、解決するんですか?」

「失敗するかもしれないわね」

 キクコは、あっさり言った。

「でも、それでいいの」

     ◆ ◆ ◆

「国はね」

 キクコは、テーブルに指を置く。

「いつまでも、私に頼るべきじゃない」

「……」

「誰かが転ぶのを見て、学ぶこともある」

 ファイエルは、静かに頷いた。

「師匠は……本当に、引くつもりなんですね」

「ええ」

 微笑む。

「私はもう、“世界を救う役”は降りたの」

     ◆ ◆ ◆

 翌日。

 王都へ送られた返書は、短かった。

『調査の方向性について助言は行う。
 現地介入は行わない。
 判断と責任は、王都にて負うこと』

 署名:
 キクコ・イソファガス。

     ◆ ◆ ◆

 数日後。

 王都では、混乱しながらも調査が進められた。
 魔導院と騎士団が衝突し、意見は割れ、失敗も出た。

 ――だが。

 最終的に、歪曲の原因は
 未承認の魔導実験によるものだと判明する。

 被害は最小限。
 犠牲者も出なかった。

     ◆ ◆ ◆

 報告書を受け取ったキクコは、静かに目を通した。

「……上出来ね」

 誰にも聞こえないように、そう呟いた。

「ちゃんと、国が“自分で”動いた」

     ◆ ◆ ◆

 夕暮れ。

 庭で、レオンがぽつりと聞いた。

「師匠……助けに行きたくなりませんでしたか?」

「なったわよ」

「じゃあ……」

「それでも、行かないの」

 キクコは、空を見上げた。

「誰かの人生を奪わないために、
 自分が動かない選択もあるの」

     ◆ ◆ ◆

 その夜、キクコは日記にこう記した。

――今日は、助けなかった。
――でも、誰も死ななかった。
――たぶん、これが“次の時代”。

 ペンを置き、灯りを消す。

 永遠の十七歳は、
 ようやく世界から一歩、距離を取ることを覚え始めていた。

 だが――
 日常は、相変わらず遠慮なく、
 彼女のもとへやって来る。

 物語は、まだ続く。
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