『婚約破棄され追放されましたが、隣国の氷の公爵様に“白い結婚”を提案されましたので、心穏やかに幸せになりますわ

鷹 綾

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2-1 穏やかな朝と“才能”の芽吹き

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第2章 2-1 穏やかな朝と“才能”の芽吹き

 白い結婚の契約を交わしてから、一週間が経った。

 セレナの生活は、追放されたあの日の自分には想像もつかないほど穏やかで、静かな喜びに満ちていた。

 朝は、やわらかな陽光がレース越しに差し込む中で目覚める。
 ブランシェット家では、朝食前に父の説教と母の小言が日課のように続いたが、ここグレイス家にはそんなものはない。

 侍女が優しく「おはようございます」と声をかけ、温かいスープと新鮮なパンを運んでくれる。

(……幸せって、こんなに静かなものだったのね)

 誰にも責められず、誰にも監視されない。
 初めて“自分の人生”が始まったような気がしていた。

     ◇

 午前のうちにセレナは屋敷の中を歩いて回った。
 今日は庭の散策ではなく、屋敷の中の施設や倉庫を見せてもらう日だった。

「こちらは魔道具の保管庫です、セレナ様」

 案内役の侍女アリスが扉を開けると、整然と並んだ魔道具の数々が目に入る。

 照明用の魔石灯、温度調整の魔道具、治癒用の細工物――。
 どれも高品質で、王都の商会ではなかなか手に入らないものばかりだ。

「これほどの量を……公爵家では、普段から魔道具を?」

「ええ。領地は寒冷地であり、魔術による生活補助は必要不可欠なのです。
 特に冬場は命に関わりますから」

「なるほど……」

 セレナは一つ一つの道具を見ながら、手に取ったランタンに目を留めた。

(これ、火力が不安定……魔力の循環が偏っているわ)

 魔力の流れが乱れていて、点灯してもすぐに消えてしまうタイプだ。
 王都の初級魔道具商でもよく見かける不良品の原因と同じ。

(もしかして……)

 セレナは棚にあった小さな工具箱を見つけ、アリスに尋ねた。

「修理しても構いませんか?」

「えっ、セレナ様、魔道具修理ができるのですか?」

「少しだけ……以前、趣味で触っておりまして」

 趣味。
 そう言ってはいるが、実際は家の中で唯一“自由にしてよい”と言われた部屋が魔道具倉庫だっただけだ。

 両親から冷たくあしらわれる日々の中で、魔道具を弄る時間だけが、セレナに与えられた小さな息抜きだった。

 工具を手に取り、魔石ランタンの蓋を外す。

(魔力導線がよじれている……はんだ付けの魔法も中途半端。
 魔力の循環を整えて――)

 細かい作業を数分。
 セレナは慣れた手つきで導線を修復し、魔石の配置をわずかに調整した。

「これで、いいはず……」

 カチ、とスイッチを押すと。

 ――ぱっ。

 青白い光がふわりと灯り、室内を柔らかく照らし出した。

「……わあ」

 アリスが目を丸くしている。

「すごいです、セレナ様! このランタン、修理してもすぐ消えちゃうって評判で……」

「単に、魔力の流れの調整ですわ。難しくはありません」

 セレナは微笑んだが、アリスは首を振る。

「いえ、難しいことです! グレイス家の魔道具職人たちでも直せなかったんですよ!?」

「え……そうなの?」

「はい! それをこんなに簡単に……」

 アリスの声は驚きで震えていた。

「きっと、公爵様に報告しないといけません!」

「えっ、いえ、そんな大げさな……」

「いいえ、これは大事件です!」

 アリスは小走りで廊下へ駆け出した。

(お、大事件って何かしら……?)

 その疑問は数時間後、アーヴィングの行動で明らかになる。

     ◇

 夕方。
 セレナが庭を散歩していると、アーヴィングが珍しく自ら歩いて姿を現した。

「セレナ」

「公爵様?」

「魔道具を修理したそうだな」

「アリスが……報告を?」

「詳しく聞いた。魔石ランタンは職人でも修理できず、困っていたものだ。それを君が直したと?」

「は、はい……ですが本当に簡単なことで……」

 アーヴィングは魔石ランタンを手にし、じっと見つめた。

「魔力の循環……導線……配置……なるほど。
 職人では思いつかない発想か」

「公爵様?」

 アーヴィングは顔を上げ、まっすぐにセレナを見た。

「――セレナ。君には魔道具に関して、天賦の才がある」

「……天賦の、才?」

「君が直した技術は、王都の魔道具研究所でも応用されている高度な修復技術と同じだ。
 素人が無意識にやっていいレベルではない」

「そ、そんな……私はただ、昔から触るのが好きだっただけで……」

「好きだけで、この完成度は出ない」

 アーヴィングの声は、淡々としているのになぜか胸の奥に響いた。

(天賦の才なんて……言われたことがない)

 王都では、無表情でいるだけで「冷たい女」と言われた。
 婚約者には「つまらない」と言われ、家族には「政治価値のための飾り」として扱われた。

 誰も、セレナの能力を評価したことなどなかった。

「……嬉しいです」

 気づけば、涙がこぼれ落ちていた。

「どうした?」

「いえ……その……生まれて初めて……私のことを褒めてもらえた気がして」

 アーヴィングは驚いたように目を見開き、少しだけ柔らかな声で言った。

「そうか。……それなら良かった」

 それだけで、セレナの胸は満たされていく。

(私……ここなら、生きていけるかもしれない)

     ◇

 その夜。
 セレナは自室の机に向かい、小さな魔道具の部品を並べていた。

 ライターのように火を灯す魔石具、温度調整用の風魔石、湿気を吸収する保冷魔道具。
 どれも壊れていて、王都の貴族なら“捨てる”しか選ばないものだ。

(……もったいない。直せばまだまだ使えるのに)

 工具を持つと、不思議と心が落ち着く。

(これが……私の好きなこと)

 追放され、捨てられ、居場所をなくしたはずなのに。
 今は、小さな魔道具ひとつで胸が温かくなる。

(きっと私は、こういう日々を求めていたのね)

 火花が散り、導線を調整し、魔石の光がゆらりと灯る。

 白い結婚の契約――
 恋愛感情は求めない、干渉しない、自由な毎日。

 だが、その自由はセレナにとって、
 かつてない幸福の形だった。

(明日は、もう少し大きな魔道具にも挑戦してみよう)

 窓の外には、満天の星が輝いている。
 王都で味わったことのない静けさと、明日への期待が、胸に広がっていた。

 ――この日、氷の公爵家に “天才魔道具職人” の才能を持つ公爵夫人が誕生した。

 誰も知らぬうちに、静かに、確かに。


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