本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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5話 聖女様様ですわ!!!

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5話 聖女様様ですわ!!!

屋敷の門が閉まった瞬間だった。

「——はぁぁぁぁ……っ」

アルトリア・カストゥスは、全身の力を一気に抜いた。
背筋を伸ばし、完璧な令嬢の姿勢を保ち続けていた反動が、どっと押し寄せる。

「お嬢様……?」 「大丈夫ですか?」

心配そうに覗き込む侍女に、アルトリアは片手を振った。

「ええ、大丈夫よ。ちょっと……疲れただけ」

そう言って階段を上り、自室の扉の前に立つ。
ノックもされない、気遣いもない、完全な私室。

扉が閉まる。

――カチリ。

その音を合図に、アルトリアは振り返った。

「……っ!」

次の瞬間、彼女は両手を高く掲げた。

「やりましたわぁぁぁぁ!!!」

勢いよくベッドへ飛び込み、上等なクッションを抱きしめる。

「婚・約・破・棄!!」 「しかも向こうから!!」 「なんて素晴らしい日なのでしょう!!」

ベッドの上でごろりと転がり、天井を見上げる。

「復讐? 不要ですわ」 「恨み? 持ちませんわ」 「だって、自由ですもの!!」

声を殺す必要はない。
ここには誰もいない。

アルトリアは仰向けになったまま、両腕を広げた。

「……聖女様様ですわ」

思わず、くすりと笑みが漏れる。

「まさか、本物の聖女が現れるなんて……」 「御伽話だと思っていましたのに」

空中浮遊。
たった三十センチ。

「……三十センチ、ですけれど」

天井を見つめながら、指先で空をなぞる。

「正直、役に立つとは言えませんわね」 「階段の一段も飛ばせませんし」

それでも。

「派手ですわ」 「とても」

思い出すのは、あの広場の光景。
群衆の歓声。
目を輝かせる市民たち。
そして――あの方。

「派手さに弱いのは、昔から変わりませんのね、ルートヴィヒ殿下」

くるりと寝返りを打ち、枕に顔を埋める。

「……ですが」

声の調子が、ほんの少しだけ変わった。

「問題は、そこではありませんわ」

アルトリアは起き上がり、ベッドの端に腰掛ける。
頬の熱が、少し引いてきた。

「三十センチ浮く聖女様に、ここまでの価値を見出す」 「いえ……見出した“つもり”になっている」

王太子。
教会。
そして市民。

(全員、奇跡そのものを見ていない)

見ているのは、“絵面”だけだ。

「……まずいですわね」

小さく呟く。

「この事実、誰にも気づかせてはいけませんわ」

ジャンヌ・テレーゼ。
平民の少女。

彼女が持つのは、確かに奇跡だ。
だが、それは実用的な力ではない。

「派手で、無害で、代替が利く……」

もし、この力が「役に立たない」と理解されたら。

「……切り捨てられますわね」

そうなった時、矛先はどこへ向くか。

教会は手を引く。
王太子は失望する。
市民は興味を失う。

残るのは――平民の少女一人。

「それだけは、だめですわ」

アルトリアは、きっぱりと言い切った。

「聖女様を守らなければなりません」

立ち上がり、窓の外を見る。
夕暮れの王都が、静かに広がっている。

「正式な婚約が成立するまで」 「いいえ……成立した後も」

自分でも気づかぬうちに、言葉に力がこもる。

「王太子殿下と聖女様の婚約は、守られるべきですわ」

それが一番安全だ。
立場があれば、切り捨てられない。
檻ではあるが、雨風はしのげる。

(……ええ、最善ですわ)

今のところは。

アルトリアは、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。

「私が支えます」 「表に出ることはありませんが」

あくまで“元婚約者”として。
あくまで“公爵令嬢”として。

「……それにしても」

ふと、思い出す。

あの空中浮遊の高さ。

「三十センチ……」

くすっと笑う。

「本当に、見世物にしかなりませんわね」

だが、その見世物が命綱になるなら。

「守りきってみせますわ」

それが“正しい”かどうかは、まだ考えない。

アルトリア・カストゥスは、そう決めてしまった。

――この時点では。


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