本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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13話 守るという名の檻

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13話 守るという名の檻

 その日の午後、アルトリア・カストゥスは自室の窓辺に立ち、庭園を見下ろしていた。陽光は穏やかで、噴水の水音もいつも通りだ。何一つ変わらない風景――それが、ひどく不自然に思えた。

(何も変わっていない、ですって?)

 指先でカーテンをつまみながら、アルトリアは内心で苦笑する。

(いいえ。変わりましたわ。確実に)

 昨日まで、“聖女という立場は盾になる”と考えていた。
 王太子の婚約者であり、教会が担ぎ上げる存在であれば、ジャンヌは簡単には切り捨てられない。平民の少女が一夜で失われるより、よほど安全だ――そう判断したのは、自分自身だ。

(理屈としては、間違っていないはずでしたのに)

 だが、今朝見た光景が、その理屈に小さなひびを入れた。

 丁寧な言葉。柔らかな声。
 それでも逃げ場のない「お願い」。

 拒否権のない選択肢。

 アルトリアは椅子に腰を下ろし、背もたれに身を預けた。

(……檻、ですわね)

 それは金色に装飾され、花で飾られた檻だ。外から見れば、守られているようにしか見えない。だが、中にいる者にとっては、自由が削られていく場所。

 ノックの音がした。

「失礼いたします、公爵令嬢様」

 入ってきたのは、長年仕える侍女だった。

「本日も、聖女ジャンヌ様の披露が行われるとのことです」

「……そう」

 アルトリアは静かに返事をした。

「殿下も、ご満足のご様子で……」

 侍女はそれ以上言わなかったが、その沈黙が逆に状況を物語っていた。

(満足、ですって)

 アルトリアは立ち上がり、歩き出す。

 向かった先は、またしてもジャンヌの部屋だった。

 扉を開けると、ジャンヌは椅子に座り、両手を膝の上に揃えていた。まるで叱られるのを待つ子供のように。

「アルトリア様……」

「今日は、何回目ですの?」

「……三回目です」

 小さな声だった。

「……お疲れでしょう」

「いえ……」

 否定の言葉は即座に出たが、その声には力がなかった。

 アルトリアは一歩、彼女に近づく。

「ジャンヌ。あなたは、断りたいと思ったことは?」

 ジャンヌは一瞬、驚いたように目を見開き、それから困ったように笑った。

「……たくさん、あります」

 あまりにも素直な答えだった。

「でも……」

「でも?」

「立場が、ありませんから」

 その一言で、すべてがつながった。

 聖女という立場。
 王太子の婚約者という立場。
 それらは“守り”ではなく、“逃げられない理由”になっている。

(……私が、考えていたのは)

(ジャンヌを守る方法、ではなく)

(ジャンヌを“安全に管理する方法”だったのでは……?)

 胸の奥が、じくりと痛んだ。

「……アルトリア様?」

「いいえ、何でもありませんわ」

 そう言って微笑んだものの、その笑みはどこかぎこちない。

 部屋を出た後、アルトリアは廊下を歩きながら、自分の判断を反芻する。

(婚約を守れば、安全)
(聖女であれば、切り捨てられない)

 それは確かに“貴族としての正解”だった。

 だが。

(それで、本人は……?)

 その問いに、まだ答えは出ない。

 アルトリアは立ち止まり、窓の外を見る。

 自由に飛ぶ鳥。
 何の権威も持たない存在。

(……守る、という言葉ほど、便利で危険なものはありませんわね)

 この時点では、まだ気づききれていなかった。
 自分が立っている場所が、すでに“檻の外”であることに。

 そして、ジャンヌを中に残したまま、扉の鍵を握っているのが――自分自身かもしれないということに。
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