本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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14話 迷い

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14話 迷い

 夜が更けても、アルトリア・カストゥスは眠れずにいた。

 天蓋付きの寝台に横になりながら、天井の装飾をぼんやりと眺める。金と白で描かれた蔦模様は、幼い頃から見慣れたものだ。安心するはずの光景なのに、今夜はどうにも落ち着かない。

(……迷っておりますわね、完全に)

 小さく息を吐く。

 今日一日で、何度「守る」という言葉を考えただろうか。

 ジャンヌを守る。
 平民である彼女を、権威の暴風から守る。
 聖女という立場を与え、王太子の婚約者にすることで、簡単には切り捨てられない存在にする。

(理屈だけなら、美しいのですけれど)

 アルトリアは寝返りを打った。

 頭に浮かぶのは、ジャンヌの表情だ。
 断れないときの、あの小さな笑顔。
 「大丈夫です」と言いながら、指先がわずかに震えていたこと。

(あれは……本当に守られている顔でしたかしら?)

 胸の奥が、またじくりと痛む。

 貴族として育ってきたアルトリアは、「立場」の力をよく知っている。立場があるからこそ、守られる。立場がない者は、簡単に踏みつぶされる。

 だからこそ、こう考えてきた。

(立場を与えることこそ、最大の保護)

 それは、これまでの人生で何度も通用してきた答えだった。

(……けれど)

 アルトリアは、ゆっくりと目を閉じる。

 立場は、自由と引き換えに与えられる。

 断る自由。
 逃げる自由。
 何もしない自由。

 それらを失った状態を、人は「守られている」と呼ぶのだろうか。

(守る、というより……管理、ですわね)

 思わず、苦笑が漏れた。

 それは、あまりにも貴族的で、あまりにも冷静で、あまりにも――人の心を無視した発想だった。

(私は、ジャンヌのために最善を尽くしているつもりでしたのに)

(実際には、私自身が安心したかっただけ……?)

 “この子は大丈夫だ”
 “私は正しいことをしている”

 そう思える場所に、ジャンヌを押し込めていただけではないのか。

 アルトリアは、布団の上で両手を組む。

(もし、婚約がなければ)

 その想像に、はっとする。

(もし、聖女でなければ)

 ジャンヌはどうなるのか。

 王太子に利用され、教会に演出され、価値がないと判断された瞬間に――切り捨てられる。

(……だから、守らなければならない)

 すぐに、別の考えが頭をもたげる。

(でも、それは“檻”でもあります)

 堂々巡りだった。

 守れば縛る。
 縛らなければ、失われる。

 どちらを選んでも、誰かが傷つく。

(……正解が、ありませんわ)

 アルトリアは天井を見つめたまま、小さく呟く。

 貴族の世界では、「正解」が常に存在した。
 感情より合理。
 個人より体裁。

 だが今、自分が向き合っているのは、そうした世界の“外側”にある問題だ。

(ジャンヌは、聖女ではなく……)

(婚約者でもなく……)

(一人の、少女ですのに)

 その当たり前の事実が、ひどく重くのしかかる。

 守るべきは立場か。
 それとも、意思か。

 アルトリアは、まだ答えを出せずにいた。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。

(……このままでは、いけませんわ)

 今の判断は、暫定でしかない。
 いつか必ず、選ばなければならない瞬間が来る。

 守るという名の檻を、完成させるのか。
 それとも、別の方法を探すのか。

 夜は静かに更けていく。

 その静けさの中で、アルトリアの迷いだけが、はっきりと輪郭を持ち始めていた。
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