本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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19話 より大きな権威で止める

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19話 より大きな権威で止める

 守る対象を定めた瞬間から、アルトリア・カストゥスの思考は一気に現実へと引き戻された。

(……覚悟だけでは、止まりませんわね)

 窓の外では、聖女披露の準備が相変わらず進んでいる。白い布が運ばれ、花が飾られ、噂が先行する。世界は、誰かの意思など待ってはくれない。

 アルトリアは机に向かい、書類を一枚ずつ確認していた。王宮からの通達、教会からの要請、社交界の予定表。それらはすべて、「聖女は使われるもの」という前提で組み上げられている。

(止めるには……)

 ふと、手が止まる。

(説得では足りません)

 王太子ルートヴィヒは派手さに酔っている。教会は奇跡の広告価値しか見ていない。彼らに「人道」を訴えても、聞こえないふりをされるだけだ。

(権威で従わせているのなら)

 その考えが、静かに、しかし確実に形を取る。

(より大きな権威で、止めるしかありませんわ)

 それは、感情的な反発ではない。冷静な判断だった。

 アルトリアは、ペンを取り、一通の書簡を書き始める。宛先は――王宮中枢。形式は、あくまで正式な問い合わせ。内容は、慎重に、しかし逃げ道を残さないものだ。

(事実を、整理するだけでいい)

 婚約を前提に、奇跡行使を求めていること。
 拒否権が存在しない状況であること。
 平民であるジャンヌが、立場上断れないこと。

(感情を入れない。評価もしない)

(ただ、構造を提示する)

 それだけで十分だと、アルトリアは知っていた。

 権威は、感情よりも「前例」と「形式」に弱い。
 そして、形式が崩れれば、権威は自壊する。

 ノックの音がした。

「公爵令嬢様。王太子殿下より、お呼びです」

 予想通りだった。

「……参りますわ」

 廊下を歩きながら、アルトリアは自分の心の静けさに気づく。恐怖がないわけではない。だが、迷いはなかった。

 応接室で待っていたルートヴィヒは、いつも通りの笑顔を浮かべていた。

「アルトリア。最近、ずいぶんと聖女に近いようだね」

「ええ。必要なことですので」

「君は相変わらず、話が早くて助かる」

 その言葉に、アルトリアは微笑み返した。

(ええ、話は早いですわ)

(だからこそ、遠回しにはしません)

「殿下」

 声は穏やかだった。

「ジャンヌ様への要請ですが……今後は、事前に正式な承認が必要かと存じます」

 ルートヴィヒは、きょとんとした表情を浮かべた。

「承認? 何を言っている。彼女は聖女で、僕の婚約者だ」

「だからこそ、ですわ」

 アルトリアは、一歩も引かない。

「婚約を前提にした奇跡行使は、個人の善意の範疇を超えます。形式上の整理が必要です」

 ルートヴィヒの眉が、わずかにひそめられた。

「面倒なことを言うね。今さら――」

「今さら、だからです」

 その一言で、空気が張り詰める。

「聖女の力が“国家的資源”として扱われるのであれば」

 アルトリアは、淡々と続ける。

「その使用条件と意思確認は、王権の管轄事項になりますわ」

 沈黙。

 ルートヴィヒは、しばらく言葉を探していた。

「……君は、何が言いたい?」

「一点だけです」

 アルトリアは、まっすぐに告げた。

「拒否権のない状況での要請は、強制です」

 それは、まだ告発ではない。
 だが、明確な線引きだった。

 ルートヴィヒは、笑顔を消した。

「アルトリア。君は、誰の味方だ?」

「人の味方ですわ」

 即答だった。

「少なくとも、“役割”よりも」

 その返答に、ルートヴィヒは何も言えなかった。

 部屋を出た後、アルトリアは深く息を吐く。

(……引き金は、引きました)

 もう、後戻りはできない。

 だが、これでいい。

 小さな権威が人を縛るのなら。
 その上にある、より大きな権威を動かす。

 感情ではなく、構造で。
 同情ではなく、形式で。

(それが、私にできるやり方ですわ)

 アルトリア・カストゥスは、静かに次の一手を見据えていた。

 ここから先は、個人の問題ではない。
 国家と、権威と、尊厳の問題だ。

 そしてその舞台は、すでに整いつつあった。
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