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21話 公の場へ
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21話 公の場へ
準備は、静かに、しかし確実に整っていった。
アルトリア・カストゥスは、自室の机に座り、最後の確認を終える。書類はすべて揃っている。日付、署名、発信元、要請内容――どれもが「普通」で、「問題がないように見える」ものばかりだ。
(だからこそ……公の場が必要ですわね)
密室では意味がない。
水面下での抗議も、裏取引も、この件では通用しない。
なぜなら、ジャンヌが置かれている状況そのものが、「公然と正しい顔をしている」からだ。
聖女。
王太子の婚約者。
国民の希望。
その看板を掲げたまま行われてきたことを、同じ看板が並ぶ場所で示さなければ、誰も“構造”を認識しない。
(貴族とは、そういう生き物ですもの)
アルトリアは、淡々と立ち上がった。
本日の場は、王宮内の大広間。
名目は「聖女披露に関する今後の運営確認」。
王太子ルートヴィヒ。
教会代表としてリシュリュー枢機卿。
主要貴族数名。
形式上は、あくまで協議の場だ。
誰も、自分が糾弾されるとは思っていない。
(……ええ、分かっておりますわ)
(今日、空気が変わるのは一瞬)
(でも、その一瞬で十分です)
広間へ向かう廊下を歩きながら、アルトリアは周囲の視線を感じていた。
同情。
憐憫。
あるいは、興味本位。
――婚約を破棄された公爵令嬢。
――それでも騒がず、静かに振る舞う女。
(好きに評価なさって結構ですわ)
(今日で、その見方も変わりますから)
広間に入ると、すでに多くの者が集まっていた。
「アルトリア様」
声をかけてきたのは、年配の侯爵だった。
「本日は、確認だけとのことでしたな」
「ええ、確認ですわ」
アルトリアは微笑む。
「“どういう確認”かは……これから明らかになりますけれど」
侯爵は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、それ以上は踏み込まなかった。
やがて、重々しい音とともに扉が閉められ、会合が始まる。
中央に座るルートヴィヒは、いつも通り自信に満ちた表情だった。
「さて。本日は、聖女ジャンヌの今後の披露や活動について、形式を整える場だ」
教会側も頷く。
「国民の期待も高まっております。奇跡は、正しく伝えられねばなりません」
アルトリアは、黙って聞いていた。
焦らない。
遮らない。
話が進み、披露回数や演出についての意見が出揃ったところで、アルトリアは静かに手を挙げた。
「一点、よろしいでしょうか」
空気がわずかに引き締まる。
「どうした、アルトリア」
「本日、“確認”したいのは、運営ではありません」
ルートヴィヒが眉をひそめる。
「では何だ?」
アルトリアは、ゆっくりと視線を巡らせた。
王太子。
枢機卿。
貴族たち。
全員が揃っていることを、確かめるように。
「構造ですわ」
一瞬、沈黙。
「聖女ジャンヌ様に対して行われている一連の要請が、どの権限に基づき、どの責任のもとで行われているのか」
ざわ、と小さなざわめきが起こる。
「それは、当然――」
リシュリュー枢機卿が口を開きかけた、その前に。
「“当然”という言葉は、ここでは使わないでいただきたいですわ」
アルトリアは、穏やかに、しかしはっきりと言った。
「私は、確認を求めていますの」
彼女は、用意していた書類を一枚、机の上に置いた。
「こちらは、聖女披露の要請文です。命令ではありません。お願い、という形式です」
もう一枚。
「こちらは、婚約発表後に増えた、非公式な要請の記録」
さらに一枚。
「こちらは、断った場合の代替案が一切提示されていない点を示した一覧です」
言葉は淡々としていた。
感情は、一切込めていない。
「お伺いします」
アルトリアは、まっすぐに問いかける。
「これらの要請に対し、ジャンヌ様が“不利益なく断れる選択肢”は、存在していましたか?」
沈黙が落ちた。
ルートヴィヒは、即答しなかった。
枢機卿も、言葉を探している。
貴族たちの視線が、一斉に中央に集まる。
(……ここですわ)
アルトリアは確信する。
まだ誰も非難していない。
まだ誰も断罪していない。
ただ、問いを置いただけ。
だがその問いは、逃げ場を持たない。
なぜなら――。
(“ない”と答えれば、強制を認めることになりますもの)
空気が、ゆっくりと変わり始めていた。
アルトリアは、次の言葉を発する準備を整えながら、静かに息を吸う。
ここから先は、個人の感情ではない。
王国の在り方そのものを問う段階だ。
――公の場は、整った。
静かなざまぁの舞台が、今、完全に開かれた。
準備は、静かに、しかし確実に整っていった。
アルトリア・カストゥスは、自室の机に座り、最後の確認を終える。書類はすべて揃っている。日付、署名、発信元、要請内容――どれもが「普通」で、「問題がないように見える」ものばかりだ。
(だからこそ……公の場が必要ですわね)
密室では意味がない。
水面下での抗議も、裏取引も、この件では通用しない。
なぜなら、ジャンヌが置かれている状況そのものが、「公然と正しい顔をしている」からだ。
聖女。
王太子の婚約者。
国民の希望。
その看板を掲げたまま行われてきたことを、同じ看板が並ぶ場所で示さなければ、誰も“構造”を認識しない。
(貴族とは、そういう生き物ですもの)
アルトリアは、淡々と立ち上がった。
本日の場は、王宮内の大広間。
名目は「聖女披露に関する今後の運営確認」。
王太子ルートヴィヒ。
教会代表としてリシュリュー枢機卿。
主要貴族数名。
形式上は、あくまで協議の場だ。
誰も、自分が糾弾されるとは思っていない。
(……ええ、分かっておりますわ)
(今日、空気が変わるのは一瞬)
(でも、その一瞬で十分です)
広間へ向かう廊下を歩きながら、アルトリアは周囲の視線を感じていた。
同情。
憐憫。
あるいは、興味本位。
――婚約を破棄された公爵令嬢。
――それでも騒がず、静かに振る舞う女。
(好きに評価なさって結構ですわ)
(今日で、その見方も変わりますから)
広間に入ると、すでに多くの者が集まっていた。
「アルトリア様」
声をかけてきたのは、年配の侯爵だった。
「本日は、確認だけとのことでしたな」
「ええ、確認ですわ」
アルトリアは微笑む。
「“どういう確認”かは……これから明らかになりますけれど」
侯爵は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、それ以上は踏み込まなかった。
やがて、重々しい音とともに扉が閉められ、会合が始まる。
中央に座るルートヴィヒは、いつも通り自信に満ちた表情だった。
「さて。本日は、聖女ジャンヌの今後の披露や活動について、形式を整える場だ」
教会側も頷く。
「国民の期待も高まっております。奇跡は、正しく伝えられねばなりません」
アルトリアは、黙って聞いていた。
焦らない。
遮らない。
話が進み、披露回数や演出についての意見が出揃ったところで、アルトリアは静かに手を挙げた。
「一点、よろしいでしょうか」
空気がわずかに引き締まる。
「どうした、アルトリア」
「本日、“確認”したいのは、運営ではありません」
ルートヴィヒが眉をひそめる。
「では何だ?」
アルトリアは、ゆっくりと視線を巡らせた。
王太子。
枢機卿。
貴族たち。
全員が揃っていることを、確かめるように。
「構造ですわ」
一瞬、沈黙。
「聖女ジャンヌ様に対して行われている一連の要請が、どの権限に基づき、どの責任のもとで行われているのか」
ざわ、と小さなざわめきが起こる。
「それは、当然――」
リシュリュー枢機卿が口を開きかけた、その前に。
「“当然”という言葉は、ここでは使わないでいただきたいですわ」
アルトリアは、穏やかに、しかしはっきりと言った。
「私は、確認を求めていますの」
彼女は、用意していた書類を一枚、机の上に置いた。
「こちらは、聖女披露の要請文です。命令ではありません。お願い、という形式です」
もう一枚。
「こちらは、婚約発表後に増えた、非公式な要請の記録」
さらに一枚。
「こちらは、断った場合の代替案が一切提示されていない点を示した一覧です」
言葉は淡々としていた。
感情は、一切込めていない。
「お伺いします」
アルトリアは、まっすぐに問いかける。
「これらの要請に対し、ジャンヌ様が“不利益なく断れる選択肢”は、存在していましたか?」
沈黙が落ちた。
ルートヴィヒは、即答しなかった。
枢機卿も、言葉を探している。
貴族たちの視線が、一斉に中央に集まる。
(……ここですわ)
アルトリアは確信する。
まだ誰も非難していない。
まだ誰も断罪していない。
ただ、問いを置いただけ。
だがその問いは、逃げ場を持たない。
なぜなら――。
(“ない”と答えれば、強制を認めることになりますもの)
空気が、ゆっくりと変わり始めていた。
アルトリアは、次の言葉を発する準備を整えながら、静かに息を吸う。
ここから先は、個人の感情ではない。
王国の在り方そのものを問う段階だ。
――公の場は、整った。
静かなざまぁの舞台が、今、完全に開かれた。
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