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22話 告発
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22話 告発
沈黙は、答えだった。
アルトリアの問いに対し、誰一人として即座に口を開けない。その事実そのものが、この場に集まった者たちの立場を、はっきりと浮かび上がらせていた。
――断れる選択肢は、存在しなかった。
ルートヴィヒ王太子は、わずかに椅子にもたれ直し、咳払いを一つする。
「アルトリア、言い方が大げさだ。あれはあくまで要請だ。誰も“強制”など――」
「でしたら」
アルトリアは、王太子の言葉を遮らず、しかし確実に受け止めたうえで、淡々と切り返した。
「要請を断った場合に想定されていた“次の手”を、お聞かせくださいませ」
「……次の手?」
「はい。披露を断った場合、婚約を拒んだ場合、教会行事への参加を断った場合――」
一枚、また一枚と、書類が机に置かれていく。
「そのすべてにおいて、“では別の案を”という記録が、一切存在しておりませんの」
ざわめきが、明確な音を持って広間を満たした。
貴族の中には、書類の内容を覗き込み、眉をひそめる者もいる。
教会関係者の表情が、目に見えて硬くなっていく。
「お願い、という形式を取っておきながら」
アルトリアは、声を荒らげない。
「断るという前提が、最初から考慮されていない」
静かな声だった。
しかし、その言葉は、確実に刃を持っていた。
「それは――」
今度は、リシュリュー枢機卿が口を開く。
「聖女という立場上、ある程度の協力は避けられません。国の象徴として――」
「象徴には、拒否権は不要、と?」
アルトリアは、首を傾げる。
あまりに穏やかな仕草だったため、逆にその場の空気が凍りついた。
「枢機卿閣下。聖女とは、人ですか? それとも道具ですか?」
はっきりとした言葉だった。
誰かが、息を呑む音が聞こえた。
「……言葉が過ぎます」
「でしたら、訂正いたしますわ」
アルトリアは一歩も引かない。
「人であるならば、意思がある。意思があるならば、拒否ができる。拒否ができないのなら――」
一拍、間を置く。
「それは、強制です」
その瞬間、空気が決定的に変わった。
“告発”という言葉が、誰の頭にも浮かぶ。
しかしアルトリアは、まだ誰の名も挙げていない。
ただ、構造を示しているだけだ。
「婚約を前提に」
アルトリアの視線が、ルートヴィヒへと向けられる。
「奇跡の行使を求める」
「それに応じなければ、婚約者としての立場が危うくなる」
「婚約者でなくなれば、平民であるジャンヌ様には、何の後ろ盾も残らない」
淡々と、事実だけを並べる。
「これは、“選択”でしょうか?」
王太子は、口を開いたまま、言葉を失っていた。
否定すれば、構造を否定することになる。
肯定すれば、強制を認めることになる。
どちらを選んでも、逃げ道はない。
「私は」
アルトリアは、そこで初めて、自分の立場を明確にした。
「かつて、この婚約を守るべきだと考えていました」
貴族たちが、ざわりと反応する。
「それが、ジャンヌ様を守ることだと、思っていたからです」
静かな自嘲が、わずかに滲んだ。
「ですが、それは違いました」
アルトリアは、真っ直ぐに前を見据える。
「守っていたのは、“都合のいい構図”です」
「そして、その構図の中で、意思を持たない存在として扱われていたのが――」
一瞬、視線を伏せ。
次の瞬間、はっきりと言い切った。
「ジャンヌ様でした」
広間は、完全な静寂に包まれた。
誰も反論できない。
誰も、軽く流すこともできない。
アルトリアは、最後に一言、付け加える。
「本日ここに集まっていただいたのは、この事実を“共有”するためですわ」
断罪ではない。
感情論でもない。
ただ、逃げられない現実の提示。
――告発は、すでに終わっていた。
あとは、この事実をどう受け取るか。
それは、この国の良心に委ねられる段階へと、静かに移行していた。
沈黙は、答えだった。
アルトリアの問いに対し、誰一人として即座に口を開けない。その事実そのものが、この場に集まった者たちの立場を、はっきりと浮かび上がらせていた。
――断れる選択肢は、存在しなかった。
ルートヴィヒ王太子は、わずかに椅子にもたれ直し、咳払いを一つする。
「アルトリア、言い方が大げさだ。あれはあくまで要請だ。誰も“強制”など――」
「でしたら」
アルトリアは、王太子の言葉を遮らず、しかし確実に受け止めたうえで、淡々と切り返した。
「要請を断った場合に想定されていた“次の手”を、お聞かせくださいませ」
「……次の手?」
「はい。披露を断った場合、婚約を拒んだ場合、教会行事への参加を断った場合――」
一枚、また一枚と、書類が机に置かれていく。
「そのすべてにおいて、“では別の案を”という記録が、一切存在しておりませんの」
ざわめきが、明確な音を持って広間を満たした。
貴族の中には、書類の内容を覗き込み、眉をひそめる者もいる。
教会関係者の表情が、目に見えて硬くなっていく。
「お願い、という形式を取っておきながら」
アルトリアは、声を荒らげない。
「断るという前提が、最初から考慮されていない」
静かな声だった。
しかし、その言葉は、確実に刃を持っていた。
「それは――」
今度は、リシュリュー枢機卿が口を開く。
「聖女という立場上、ある程度の協力は避けられません。国の象徴として――」
「象徴には、拒否権は不要、と?」
アルトリアは、首を傾げる。
あまりに穏やかな仕草だったため、逆にその場の空気が凍りついた。
「枢機卿閣下。聖女とは、人ですか? それとも道具ですか?」
はっきりとした言葉だった。
誰かが、息を呑む音が聞こえた。
「……言葉が過ぎます」
「でしたら、訂正いたしますわ」
アルトリアは一歩も引かない。
「人であるならば、意思がある。意思があるならば、拒否ができる。拒否ができないのなら――」
一拍、間を置く。
「それは、強制です」
その瞬間、空気が決定的に変わった。
“告発”という言葉が、誰の頭にも浮かぶ。
しかしアルトリアは、まだ誰の名も挙げていない。
ただ、構造を示しているだけだ。
「婚約を前提に」
アルトリアの視線が、ルートヴィヒへと向けられる。
「奇跡の行使を求める」
「それに応じなければ、婚約者としての立場が危うくなる」
「婚約者でなくなれば、平民であるジャンヌ様には、何の後ろ盾も残らない」
淡々と、事実だけを並べる。
「これは、“選択”でしょうか?」
王太子は、口を開いたまま、言葉を失っていた。
否定すれば、構造を否定することになる。
肯定すれば、強制を認めることになる。
どちらを選んでも、逃げ道はない。
「私は」
アルトリアは、そこで初めて、自分の立場を明確にした。
「かつて、この婚約を守るべきだと考えていました」
貴族たちが、ざわりと反応する。
「それが、ジャンヌ様を守ることだと、思っていたからです」
静かな自嘲が、わずかに滲んだ。
「ですが、それは違いました」
アルトリアは、真っ直ぐに前を見据える。
「守っていたのは、“都合のいい構図”です」
「そして、その構図の中で、意思を持たない存在として扱われていたのが――」
一瞬、視線を伏せ。
次の瞬間、はっきりと言い切った。
「ジャンヌ様でした」
広間は、完全な静寂に包まれた。
誰も反論できない。
誰も、軽く流すこともできない。
アルトリアは、最後に一言、付け加える。
「本日ここに集まっていただいたのは、この事実を“共有”するためですわ」
断罪ではない。
感情論でもない。
ただ、逃げられない現実の提示。
――告発は、すでに終わっていた。
あとは、この事実をどう受け取るか。
それは、この国の良心に委ねられる段階へと、静かに移行していた。
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