本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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23話 拒否権なき状況は強制

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23話 拒否権なき状況は強制

 静寂は、ほんの数秒だった。

 だがその数秒が、異様なほど長く感じられた。

 アルトリアの告発が終わったあと、広間には誰の咳払いも、衣擦れの音すらなかった。まるで全員が、次に発する言葉の重さを測りかねているかのようだった。

 最初に動いたのは、貴族の一人だった。

「……アルトリア様」

 慎重に、しかしはっきりとした声。

「確認させていただきたい。あなたは、王太子殿下や教会が“強制”したと断じているわけではない、そうですね?」

 逃げ道を探る問いだった。

 断定していないなら、議論に持ち込める。
 感情論だと片付けられる。

 アルトリアは、その意図を即座に理解した上で、ゆっくりと頷いた。

「ええ。私は“誰かが悪意を持って強制した”とは、申し上げておりません」

 貴族の表情が、わずかに緩む。

 だが――次の瞬間。

「ただし」

 その一言で、空気が再び張り詰めた。

「拒否権が存在しない状況は、結果として強制と同義ですわ」

 ざわっ、と音が走る。

 今度は、はっきりとした動揺だった。

「状況がそうさせた、という言い訳は成り立ちません」

 アルトリアは、静かに続ける。

「立場、身分、将来、安全。それらすべてを人質に取られた状態での“お願い”は、お願いではございません」

 誰かが、小さく舌打ちをした。

 否定したい。
 だが、否定できない。

「もしも」

 アルトリアは、ここで一つ、仮定を提示する。

「ジャンヌ様が、奇跡の披露を断っていたら、どうなっていましたか?」

 誰も答えない。

「婚約は白紙になり、聖女としての評価は下がり、教会からの保護も失われる」

「平民の娘が、その先にどういう扱いを受けるか――」

 そこで、アルトリアは言葉を止めた。

 “言わなくても分かるでしょう?”
 その沈黙自体が、答えだった。

「選択肢が一つしかない状況を、選択と呼びますか?」

 貴族の中から、低い声が漏れる。

「……呼ばないな」

「それは、強制だ」

 ぽつり、ぽつりと、同意が広がっていく。

 アルトリアは、決して声を荒げない。
 だが、その理屈は、貴族社会そのものが最も重視する“形式”と“責任”を正面から突いていた。

「貴族は、力を持つからこそ、選択肢を与えねばなりません」

「拒否されたときに、代案を用意する。それが責任ですわ」

 視線が、自然と王太子と教会関係者へ集まっていく。

「しかし今回、その代案は存在しなかった」

「つまり」

 アルトリアは、淡々と結論を述べる。

「拒否権なき状況は、強制です」

 その言葉が、はっきりと広間に落ちた瞬間。

 もはや“言い逃れ”という選択肢は、完全に消えていた。

 リシュリュー枢機卿は、口を開こうとして、閉じる。

 反論すれば、聖女を“人ではない存在”として扱ったことを認めることになる。
 沈黙すれば、告発を事実として受け入れることになる。

 どちらも、教会にとって致命的だった。

 そして王太子ルートヴィヒは――

 初めて、この場で“政治的に詰んだ”という表情を浮かべていた。

 アルトリアは、その様子を一瞥しただけで、追撃はしない。

 もう十分だった。

「私は、断罪を望んでいるわけではありません」

 最後に、そう締めくくる。

「ただ、“なかったことにできない事実”を、共有したかっただけですわ」

 その言葉は、奇妙なほど穏やかだった。

 だが、広間にいる全員が理解していた。

 ――ここから先は、誰も目を逸らせない。

 告発は終わった。
 そして今、責任が、静かに動き始めていた。
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