22 / 39
23話 拒否権なき状況は強制
しおりを挟む
23話 拒否権なき状況は強制
静寂は、ほんの数秒だった。
だがその数秒が、異様なほど長く感じられた。
アルトリアの告発が終わったあと、広間には誰の咳払いも、衣擦れの音すらなかった。まるで全員が、次に発する言葉の重さを測りかねているかのようだった。
最初に動いたのは、貴族の一人だった。
「……アルトリア様」
慎重に、しかしはっきりとした声。
「確認させていただきたい。あなたは、王太子殿下や教会が“強制”したと断じているわけではない、そうですね?」
逃げ道を探る問いだった。
断定していないなら、議論に持ち込める。
感情論だと片付けられる。
アルトリアは、その意図を即座に理解した上で、ゆっくりと頷いた。
「ええ。私は“誰かが悪意を持って強制した”とは、申し上げておりません」
貴族の表情が、わずかに緩む。
だが――次の瞬間。
「ただし」
その一言で、空気が再び張り詰めた。
「拒否権が存在しない状況は、結果として強制と同義ですわ」
ざわっ、と音が走る。
今度は、はっきりとした動揺だった。
「状況がそうさせた、という言い訳は成り立ちません」
アルトリアは、静かに続ける。
「立場、身分、将来、安全。それらすべてを人質に取られた状態での“お願い”は、お願いではございません」
誰かが、小さく舌打ちをした。
否定したい。
だが、否定できない。
「もしも」
アルトリアは、ここで一つ、仮定を提示する。
「ジャンヌ様が、奇跡の披露を断っていたら、どうなっていましたか?」
誰も答えない。
「婚約は白紙になり、聖女としての評価は下がり、教会からの保護も失われる」
「平民の娘が、その先にどういう扱いを受けるか――」
そこで、アルトリアは言葉を止めた。
“言わなくても分かるでしょう?”
その沈黙自体が、答えだった。
「選択肢が一つしかない状況を、選択と呼びますか?」
貴族の中から、低い声が漏れる。
「……呼ばないな」
「それは、強制だ」
ぽつり、ぽつりと、同意が広がっていく。
アルトリアは、決して声を荒げない。
だが、その理屈は、貴族社会そのものが最も重視する“形式”と“責任”を正面から突いていた。
「貴族は、力を持つからこそ、選択肢を与えねばなりません」
「拒否されたときに、代案を用意する。それが責任ですわ」
視線が、自然と王太子と教会関係者へ集まっていく。
「しかし今回、その代案は存在しなかった」
「つまり」
アルトリアは、淡々と結論を述べる。
「拒否権なき状況は、強制です」
その言葉が、はっきりと広間に落ちた瞬間。
もはや“言い逃れ”という選択肢は、完全に消えていた。
リシュリュー枢機卿は、口を開こうとして、閉じる。
反論すれば、聖女を“人ではない存在”として扱ったことを認めることになる。
沈黙すれば、告発を事実として受け入れることになる。
どちらも、教会にとって致命的だった。
そして王太子ルートヴィヒは――
初めて、この場で“政治的に詰んだ”という表情を浮かべていた。
アルトリアは、その様子を一瞥しただけで、追撃はしない。
もう十分だった。
「私は、断罪を望んでいるわけではありません」
最後に、そう締めくくる。
「ただ、“なかったことにできない事実”を、共有したかっただけですわ」
その言葉は、奇妙なほど穏やかだった。
だが、広間にいる全員が理解していた。
――ここから先は、誰も目を逸らせない。
告発は終わった。
そして今、責任が、静かに動き始めていた。
静寂は、ほんの数秒だった。
だがその数秒が、異様なほど長く感じられた。
アルトリアの告発が終わったあと、広間には誰の咳払いも、衣擦れの音すらなかった。まるで全員が、次に発する言葉の重さを測りかねているかのようだった。
最初に動いたのは、貴族の一人だった。
「……アルトリア様」
慎重に、しかしはっきりとした声。
「確認させていただきたい。あなたは、王太子殿下や教会が“強制”したと断じているわけではない、そうですね?」
逃げ道を探る問いだった。
断定していないなら、議論に持ち込める。
感情論だと片付けられる。
アルトリアは、その意図を即座に理解した上で、ゆっくりと頷いた。
「ええ。私は“誰かが悪意を持って強制した”とは、申し上げておりません」
貴族の表情が、わずかに緩む。
だが――次の瞬間。
「ただし」
その一言で、空気が再び張り詰めた。
「拒否権が存在しない状況は、結果として強制と同義ですわ」
ざわっ、と音が走る。
今度は、はっきりとした動揺だった。
「状況がそうさせた、という言い訳は成り立ちません」
アルトリアは、静かに続ける。
「立場、身分、将来、安全。それらすべてを人質に取られた状態での“お願い”は、お願いではございません」
誰かが、小さく舌打ちをした。
否定したい。
だが、否定できない。
「もしも」
アルトリアは、ここで一つ、仮定を提示する。
「ジャンヌ様が、奇跡の披露を断っていたら、どうなっていましたか?」
誰も答えない。
「婚約は白紙になり、聖女としての評価は下がり、教会からの保護も失われる」
「平民の娘が、その先にどういう扱いを受けるか――」
そこで、アルトリアは言葉を止めた。
“言わなくても分かるでしょう?”
その沈黙自体が、答えだった。
「選択肢が一つしかない状況を、選択と呼びますか?」
貴族の中から、低い声が漏れる。
「……呼ばないな」
「それは、強制だ」
ぽつり、ぽつりと、同意が広がっていく。
アルトリアは、決して声を荒げない。
だが、その理屈は、貴族社会そのものが最も重視する“形式”と“責任”を正面から突いていた。
「貴族は、力を持つからこそ、選択肢を与えねばなりません」
「拒否されたときに、代案を用意する。それが責任ですわ」
視線が、自然と王太子と教会関係者へ集まっていく。
「しかし今回、その代案は存在しなかった」
「つまり」
アルトリアは、淡々と結論を述べる。
「拒否権なき状況は、強制です」
その言葉が、はっきりと広間に落ちた瞬間。
もはや“言い逃れ”という選択肢は、完全に消えていた。
リシュリュー枢機卿は、口を開こうとして、閉じる。
反論すれば、聖女を“人ではない存在”として扱ったことを認めることになる。
沈黙すれば、告発を事実として受け入れることになる。
どちらも、教会にとって致命的だった。
そして王太子ルートヴィヒは――
初めて、この場で“政治的に詰んだ”という表情を浮かべていた。
アルトリアは、その様子を一瞥しただけで、追撃はしない。
もう十分だった。
「私は、断罪を望んでいるわけではありません」
最後に、そう締めくくる。
「ただ、“なかったことにできない事実”を、共有したかっただけですわ」
その言葉は、奇妙なほど穏やかだった。
だが、広間にいる全員が理解していた。
――ここから先は、誰も目を逸らせない。
告発は終わった。
そして今、責任が、静かに動き始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる