本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

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24話 市民の反応

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24話 市民の反応

 広間での告発は、拍子抜けするほど静かに終わった。

 怒号も、即座の断罪もない。
 剣を抜く者も、涙ながらに叫ぶ者もいなかった。

 ――だからこそ、その余波は、確実に、深く、広がっていった。

 翌朝。

 王都の朝市は、いつも通りの喧騒に包まれていた。パン屋の呼び声、野菜籠を担ぐ商人の怒鳴り声、噴水のそばで遊ぶ子どもたち。

 だが、噂は確実に混じり込んでいた。

「なあ、聞いたか?」 「聖女様の話だろ?」

 最初は、小声だった。

「奇跡をやらされてた、って」 「断れなかったらしいぞ」

 誰かが、眉をひそめる。

「え? でも聖女様って、ありがたい存在だろ?」 「自分からやってたんじゃないのか?」

 そこへ、別の声が割って入る。

「いや、それがな……断ったら、全部失う立場だったらしい」

 野菜を並べていた老婆が、ふん、と鼻を鳴らした。

「それ、お願いじゃないじゃないか」 「脅しだよ」

 市場の空気が、わずかに変わる。

 昼前には、酒場でも同じ話題が出始めた。

「婚約してるから安全、って話だったらしい」 「じゃあ婚約しなきゃ、聖女じゃいられないってことか?」

 男たちは、杯を傾けながら顔を見合わせる。

「それってさ……」 「立場を人質に取ってる、ってやつじゃないか?」

 一人がそう言うと、別の男が頷いた。

「貴族のやることにしちゃ、汚ねえな」

 それは、怒りというより、困惑に近かった。

 聖女は尊い存在であるべきだ。
 救いであり、象徴であり、希望であるはずだ。

 ――だが、その裏側が「逃げられない少女」だったとしたら?

「聖女様って、人間だろ?」 「浮いたり飛んだりする前にさ」

 その言葉に、酒場の空気が一瞬、静まった。

 夕方。

 王都の外れ、井戸端でも話は続く。

「私だったら……」 「断れないよね」

 洗濯物を干していた女たちが、ぽつりと漏らす。

「聖女様なんて言われたら、怖いよ」 「断ったら、何されるか分からないもの」

 誰かが、言葉を選びながら続ける。

「それを分かってて、“お願い”したなら……」 「それは、ちょっと……」

 最後まで言わなくても、意味は通じていた。

 夜。

 王都の通りを歩く人々の会話は、はっきりと変わっていた。

「非人道的だ」 「貴族は偉いが、何でもしていいわけじゃない」

 怒りは、爆発していない。
 だが、確実に“共感”が広がっていた。

 ――もし自分だったら?

 その問いが、誰の胸にも浮かんでいた。

 一方、城内。

 侍女たちの間でも、同じ話が囁かれていた。

「アルトリア様、怖いくらい冷静でしたね」 「でも……あれ、間違ってないと思います」

 年若い侍女が、小さく呟く。

「私だったら、断れません」 「立場がなかったら、なおさら」

 別の侍女が、静かに頷いた。

「だからこそ、ああいう言い方をされたんでしょうね」 「感情じゃなくて……事実として」

 その夜。

 王都全体が、ひとつの結論に向かって、静かに傾き始めていた。

 ――これは、誰か一人の問題ではない。
 ――力を持つ側が、どこまで許されるのか、という話だ。

 誰かを罰したいわけではない。
 だが、見なかったことには、できない。

 市民たちは、そう考え始めていた。

 そしてそれは、王太子にとって、最も厄介な流れだった。

 支持が崩れる音は、決して大きくない。

 だが一度ひびが入れば、元には戻らない。

 聖女を巡る物語は、もはや「奇跡」ではなくなっていた。

 それは――
 人として、どう扱うべきかという、問いに変わっていた。
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