本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾

文字の大きさ
24 / 39

25話 貴族の反応

しおりを挟む
25話 貴族の反応

 市民の空気が変わった翌日、最初に異変を察知したのは、貴族たちだった。

 彼らは噂に疎いわけではない。むしろ、市井の声には常に敏感だ。
 ――なぜなら、民意は遅れて刃になるから。

 午前の社交茶会。

 王都有数の貴族夫人たちが集う広間は、いつもより静かだった。
 紅茶の香りは変わらない。菓子の出来も上等。
 それでも、会話の端々に、微妙な間が生まれていた。

「……昨日の件、ご存じ?」 「ええ。ええ……」

 声は低く、慎重だった。

「まさか、あの形で“強制”だと指摘されるとは」 「言われてみれば、否定できませんわね」

 誰かが扇子の向こうで、小さく息を吐いた。

「お願い、という形でしたもの」 「でも、断れない立場なら……それはもう」

 言葉を濁しながらも、視線は同じ結論を示していた。

 ――まずい。

 それは同情ではなく、判断だった。

 午後、男爵家以上の当主たちが集まる非公式の談話室でも、同じ話題が上がる。

「王太子殿下は、やり過ぎたな」 「いや、“やり方”を誤った」

 一人がそう言うと、別の貴族が頷く。

「奇跡を使うこと自体は、責められない」 「だが、婚約を盾にしたのは悪手だ」

 声は冷静だった。
 そこに、激情はない。

「貴族とは、責任を負う存在だ」 「立場の弱い者を使うなら、なおさらだろう」

 沈黙が落ちる。

 その沈黙は、王太子への評価が“下がった”ことを意味していた。

 別の席では、若い貴族たちが、より率直だった。

「正直、引きました」 「同じ貴族として、やりたくないやり方だ」

 誰かが苦笑する。

「感情論じゃない。損だ」 「民に嫌われる」

 それは、致命的だった。

 王太子は、象徴でなければならない。
 尊敬され、模範であり、将来を託される存在でなければならない。

 ――その前提が、崩れ始めている。

 夕刻。

 アルトリアの名も、自然と話題に上がった。

「カストゥス公爵令嬢は……」 「あれは、上手だった」

 誰かが、静かに評価する。

「声を荒げなかった」 「感情を混ぜなかった」

 別の者が続けた。

「“事実”だけを並べた」 「だから、否定できない」

 それは、賞賛に近かった。

 ――あれは、貴族のやり方だ。

 夜。

 王宮内の回廊では、噂が形を変えて流れていた。

「殿下、少し距離を置かれたほうがよいのでは」 「今は……関わらないほうが賢明ですな」

 助言という名の、回避。

 誰も王太子を公然と批判しない。
 だが、誰も擁護しなくなった。

 それが、貴族社会における“拒絶”だった。

 一方、王太子ルートヴィヒは、それに気づいていなかった。

 いや――
 気づいてはいたが、理解していなかった。

「なぜだ」 「私は、国のためにやっただけだ」

 その言葉は、誰にも届かない。

 なぜなら、問題は動機ではなく、方法だったからだ。

 貴族たちは、すでに結論に達していた。

 ――これは、貴族のすることではない。

 その評価が広まるのに、時間はかからなかった。

 王太子は、まだ王太子である。
 だが、もはや“次代の王”として見られてはいなかった。

 支持は、音もなく、静かに、確実に失われていく。

 それこそが――
 この国の貴族社会における、最も冷酷な裁きだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜

水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。 魔王乱立の時代。 王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。 だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。 にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。 抗議はしない。 訂正もしない。 ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。 ――それが、誰にとっての不合格なのか。 まだ、誰も気づいていない。 欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。

病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します

佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。 セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。 婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。

聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)

蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。 聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。 愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。 いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。 ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。 それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。 心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました

日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。 だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。 もしかして、婚約破棄⁉

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

完結 私は何を見せられているのでしょう?

音爽(ネソウ)
恋愛
「あり得ない」最初に出た言葉がそれだった

処理中です...