34 / 39
35話 失墜
しおりを挟む
35話 失墜
評判というものは、音もなく崩れる。
昨日まで王城の回廊で囁かれていた称賛は、
今日にはもう、存在しない。
ルートヴィヒ・マシアス王太子の名は、依然として口にされていた。
だがそれは、誇りや期待を伴うものではなく――
「避けるべき話題」として、だった。
貴族たちは、あからさまに距離を取った。
社交の場で、彼が近づけば、会話は自然と途切れる。
笑顔は保たれるが、話題は変えられ、目線は逸らされる。
誰も無礼な態度は取らない。
だが、誰も親しくもしない。
それは、貴族社会における最も冷酷な拒絶だった。
――評価が、消えた。
王太子としての権威が消えたわけではない。
命令権も、地位も、形式上は残っている。
しかし――
「信頼」という土台が、完全に失われていた。
ルートヴィヒは、それをまだ完全には理解できていなかった。
「なぜだ……」
私室で、彼は苛立ちを隠さず呟く。
「私は、国のために行動しただけだ」
「象徴が必要だっただけだ……」
だが、その言葉に応じる者はいない。
側近たちは、以前よりも言葉数が減っていた。
助言は形式的になり、
本心を語ることは、もうない。
なぜなら、
彼の判断が「誤りだった」と、
全員が理解してしまったからだ。
決定的だったのは、
“聖女”の件が終わったあとも、
誰一人として彼を擁護しなかったことだった。
教会は沈黙を選んだ。
貴族たちは距離を取った。
市民の声は、もはや彼を称えない。
それは、誰かに陥れられた結果ではない。
自分自身の選択が、
自分自身を孤立させた結果だ。
王城の外でも、変化は起きていた。
市井では、露骨な批判こそ少ないが、
囁きは確実に広がっている。
「聖女様、かわいそうだったよね」
「王太子様って、あんな人だったの?」
「力がある人ほど、慎重でなきゃだめだよ」
それは、怒りではない。
失望だ。
そして失望は、
支持よりも、はるかに致命的だった。
一方で、アルトリア・カストゥスは、静かに日常へと戻っていた。
特別な振る舞いはしない。
勝者のように振る舞うこともない。
ただ、いつも通りに振る舞う。
それが、最も強い態度だと知っているからだ。
彼女の評価は、逆に上がっていた。
声高に称賛されることはない。
だが、貴族たちは皆、理解している。
――彼女は、間違えなかった。
そして、間違いを正すことができた。
それだけで十分だった。
ルートヴィヒは、次第に気づき始める。
自分は今、
誰かから罰せられているわけではない。
ただ――
「選ばれなくなった」だけなのだ。
信頼されない。
期待されない。
未来を任せたいと思われない。
それは、王太子にとって、
致命的な失墜だった。
誰も彼を引きずり下ろしていない。
だが、誰も彼を支えようともしない。
それが、
この国が下した、静かな評価だった。
ルートヴィヒ・マシアスは、
この日を境に、
王太子でありながら――
未来を失った存在になっていく。
その事実を、
彼自身が完全に理解するまで、
もう、そう長くはかからなかった。
評判というものは、音もなく崩れる。
昨日まで王城の回廊で囁かれていた称賛は、
今日にはもう、存在しない。
ルートヴィヒ・マシアス王太子の名は、依然として口にされていた。
だがそれは、誇りや期待を伴うものではなく――
「避けるべき話題」として、だった。
貴族たちは、あからさまに距離を取った。
社交の場で、彼が近づけば、会話は自然と途切れる。
笑顔は保たれるが、話題は変えられ、目線は逸らされる。
誰も無礼な態度は取らない。
だが、誰も親しくもしない。
それは、貴族社会における最も冷酷な拒絶だった。
――評価が、消えた。
王太子としての権威が消えたわけではない。
命令権も、地位も、形式上は残っている。
しかし――
「信頼」という土台が、完全に失われていた。
ルートヴィヒは、それをまだ完全には理解できていなかった。
「なぜだ……」
私室で、彼は苛立ちを隠さず呟く。
「私は、国のために行動しただけだ」
「象徴が必要だっただけだ……」
だが、その言葉に応じる者はいない。
側近たちは、以前よりも言葉数が減っていた。
助言は形式的になり、
本心を語ることは、もうない。
なぜなら、
彼の判断が「誤りだった」と、
全員が理解してしまったからだ。
決定的だったのは、
“聖女”の件が終わったあとも、
誰一人として彼を擁護しなかったことだった。
教会は沈黙を選んだ。
貴族たちは距離を取った。
市民の声は、もはや彼を称えない。
それは、誰かに陥れられた結果ではない。
自分自身の選択が、
自分自身を孤立させた結果だ。
王城の外でも、変化は起きていた。
市井では、露骨な批判こそ少ないが、
囁きは確実に広がっている。
「聖女様、かわいそうだったよね」
「王太子様って、あんな人だったの?」
「力がある人ほど、慎重でなきゃだめだよ」
それは、怒りではない。
失望だ。
そして失望は、
支持よりも、はるかに致命的だった。
一方で、アルトリア・カストゥスは、静かに日常へと戻っていた。
特別な振る舞いはしない。
勝者のように振る舞うこともない。
ただ、いつも通りに振る舞う。
それが、最も強い態度だと知っているからだ。
彼女の評価は、逆に上がっていた。
声高に称賛されることはない。
だが、貴族たちは皆、理解している。
――彼女は、間違えなかった。
そして、間違いを正すことができた。
それだけで十分だった。
ルートヴィヒは、次第に気づき始める。
自分は今、
誰かから罰せられているわけではない。
ただ――
「選ばれなくなった」だけなのだ。
信頼されない。
期待されない。
未来を任せたいと思われない。
それは、王太子にとって、
致命的な失墜だった。
誰も彼を引きずり下ろしていない。
だが、誰も彼を支えようともしない。
それが、
この国が下した、静かな評価だった。
ルートヴィヒ・マシアスは、
この日を境に、
王太子でありながら――
未来を失った存在になっていく。
その事実を、
彼自身が完全に理解するまで、
もう、そう長くはかからなかった。
1
あなたにおすすめの小説
欠席魔の公爵令嬢、冤罪断罪も欠席す 〜メイリーン戦記〜
水戸直樹
ファンタジー
王太子との婚約――それは、彼に恋したからでも、権力のためでもなかった。
魔王乱立の時代。
王も公爵も外征に出ている王都で、公爵令嬢メイリーンは“地味な婚約者”として王城に現れる。
だが、王太子は初顔合わせに現れなかった。
にもかかわらず、記録に残ったのは「公爵令嬢の欠席」。
抗議はしない。
訂正もしない。
ただ一つ、欠席という事実だけを積み上げていく。
――それが、誰にとっての不合格なのか。
まだ、誰も気づいていない。
欠席から始まる、静かなるファンタジー戦記。
病弱な幼馴染を守る彼との婚約を解消、十年の恋を捨てて結婚します
佐藤 美奈
恋愛
セフィーナ・グラディウスという貴族の娘が、婚約者であるアルディン・オルステリア伯爵令息との関係に苦悩し、彼の優しさが他の女性に向けられることに心を痛める。
セフィーナは、アルディンが幼馴染のリーシャ・ランスロット男爵令嬢に特別な優しさを注ぐ姿を見て、自らの立場に苦しみながらも、理想的な婚約者を演じ続ける日々を送っていた。
婚約して十年間、心の中で自分を演じ続けてきたが、それももう耐えられなくなっていた。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです
古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。
皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。
他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。
救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。
セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。
だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。
「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」
今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。
愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
婚約者が妹と結婚したいと言ってきたので、私は身を引こうと決めました
日下奈緒
恋愛
アーリンは皇太子・クリフと婚約をし幸せな生活をしていた。
だがある日、クリフが妹のセシリーと結婚したいと言ってきた。
もしかして、婚約破棄⁉
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる