婚約破棄して「無能」と捨てた元婚約者様へ。私が隣国の魔導予算を握っていますが、今さら戻ってこいなんて冗談ですよね?』

鷹 綾

文字の大きさ
22 / 40

第22話 王を通さないという決定が、静かに下された

しおりを挟む
第22話 王を通さないという決定が、静かに下された

 その朝、王宮の回廊はいつもより静かだった。

 ざわめきが消えたわけではない。
 むしろ逆だ。
 話す必要がなくなった――その静けさだった。

 書記官が、分厚い封書を抱えて評議室へ入る。
 封蝋は三つ。
 いずれも、国外の紋章。

「……到着しました」

 低い声で告げられ、重臣たちが顔を上げる。

「差出人は?」

「北方連合国、東方交易同盟、そして……聖教庁です」

 その名が出た瞬間、室内の空気がわずかに引き締まった。

 いずれも、旧王国にとって無視できない相手だ。
 軍事、経済、宗教。
 国の三本柱に、等しく影響を持つ。

「……開けろ」

 財務卿の指示で、封書が開かれる。

 書記官が、内容を読み上げた。

「――“今後の魔導基盤に関する協議について、
 本件はエルフレイド・ヴァルシュタイン顧問を窓口とし、
 直接協議を行いたく存じます”」

 読み終えた瞬間、誰も驚かなかった。

 ――来るべきものが、来ただけだ。

「……他は?」

「東方交易同盟も、同様です。
 “王宮を経由しない専門協議”を希望しています」

「聖教庁は?」

 一拍、間。

「……“神域結界の安定に関する技術的見解を、
 エルフレイド殿より直接伺いたい”と」

 沈黙。

 それは、
 王権を完全に迂回する宣言だった。

 評議室の奥、王太子アラルガンは、その場にいた。

 だが、誰も彼を見ない。

「……返答は?」

 軍務卿が問う。

「従来通りで良いでしょう」

 財務卿が即答した。

「すでに、実務は顧問主導で回っています」

「異論は?」

 ない。

 王太子は、唇を噛みしめた。

「……待て」

 ようやく声を出す。

 重臣たちの視線が、
 一瞬だけ彼に向く。

「それは、どういう意味だ」

 王太子は、言葉を選びながら続ける。

「諸外国が、
 この国の王を通さずに交渉するなど……
 前例がない」

「あります」

 ローディアスが、淡々と答えた。

「技術独占が発生した場合、
 専門責任者を窓口とするのは、
 国際慣例です」

「……私は、王太子だぞ」

「はい」

 ローディアスは、頷く。

「形式上は」

 その言葉は、
 刃のように正確だった。

「実務上、
 各国が必要としているのは、
 判断できる者です」

 王太子の喉が、鳴る。

「……それが、
 私ではないと?」

 誰も、答えなかった。

 答えは、
 すでに文書に書かれている。

 ――窓口:エルフレイド・ヴァルシュタイン。

 会議は、そのまま進んだ。

 王太子の意見は、
 求められなかった。

 終了後。

 王太子は、
 一人、評議室に残った。

「……王を、
 通さない……?」

 呟きが、虚空に落ちる。

 それは、
 追放でも、剥奪でもない。

 不要判断。

 最も残酷で、
 最も静かな処分だった。

 一方、隣国。

 エルフレイドは、
 立て続けに届く書簡を整理していた。

「……予想通りですね」

 補佐官が言う。

「はい」

 彼女は、淡々と答える。

「危機が去れば、
 各国は次の“安定”を求めます」

「王宮を通さずに、
 直接、顧問へ……」

「合理的です」

 エルフレイドは、ペンを置く。

「王位は、
 責任と判断力が一致して初めて意味を持ちます」

 ゼノス・フォン・バルドールが、静かに言った。

「一致しなければ?」

「飾りになります」

 即答だった。

「そして、
 飾りは、
 実務の場では使われません」

 補佐官は、息を呑む。

 その言葉は、
 旧王国の現状を、
 正確に言い表していた。

 同日夕刻。

 王宮には、
 追加の報告が届く。

「……殿下」

 書記官が、慎重に告げる。

「北方連合国が、
 次回会談を、
 隣国皇城での開催を希望しています」

「……王宮ではなく?」

「はい。
 “技術顧問の都合を優先したい”と」

 王太子は、
 何も言えなかった。

 その夜。

 王都の酒場では、
 こんな会話が交わされていた。

「聞いたか?」

「何を?」

「もう、
 外国は王様に会いに来ないらしい」

「じゃあ、
 誰に会うんだ?」

 答えは、
 誰もが知っている。

「あの人だろ」

「……エルフレイド様か」

 その名は、
 自然に出てくる。

 もはや、
 危険な囁きではない。

 常識になっていた。

 王太子は、
 夜の回廊を歩きながら、
 ふと立ち止まった。

 壁に掛けられた歴代王の肖像。

 誰もが、
 堂々と正面を見据えている。

「……彼らは」

 呟く。

「……何を、
 恐れなかったんだ……」

 答えは、
 肖像画は返さない。

 だが、
 エルフレイドなら、
 こう答えるだろう。

 ――責任から、
 逃げなかっただけです。

 王を通さないという決定は、
 誰かの陰謀ではない。

 静かに、
 自然に、
 合理の積み重ねで、
 下された。

 それは、
 王位が空いたという意味ではない。

 王位が、
 世界の地図から消えたという意味だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語

つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。 物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか? 王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか? これは、めでたしめでたしのその後のお話です。 番外編がスタートしました。 意外な人物が出てきます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

処理中です...