33 / 40
第33話 評価されない仕事が、街を支えている
しおりを挟む
第33話 評価されない仕事が、街を支えている
朝の点検は、いつも通りに始まった。
警告灯は沈黙し、
計器の針は規定値の範囲で揃っている。
派手な異常も、緊急の呼び出しもない。
それは、
現場にとって最良の状態だった。
「……異常なし、か」
アラルガンは記録板に目を落とし、
淡々と確認欄に印を付ける。
誰も拍手しない。
誰も報告書を読まない。
だが、
街は今日も目覚め、
魔導灯は夜を越え、
結界は人々の頭上に、何事もなかったかのように張られている。
――評価されない仕事。
それが、
すべてを支えている。
午前。
第三区画の巡回中、
中年の技師が足を止めた。
「……補佐官、
ここ、音が違います」
彼は耳を澄ませ、
制御盤に手を当てる。
低く、わずかな振動。
「……負荷の偏りだな」
「数値は、
まだ基準内ですが」
「だからこそだ」
アラルガンは、
即座に判断する。
「今のうちに、
流量を分散する」
「作業、
出しますか?」
「出せ。
短時間で済む」
技師は、
頷いて走り出す。
誰も、
“殿下の英断”などと呼ばない。
ただ、
必要な判断として処理される。
それでいい。
昼前。
魔導庁の窓口に、
小さな人だかりができていた。
「……何だ?」
若い技師が、
様子を見に行く。
戻ってきた彼が、
少し困った顔で報告した。
「補佐官、
商業区の代表が……
礼を言いたいと」
「礼?」
「先月、
夜間停電が起きなかったのは、
こちらのおかげだと」
アラルガンは、
一瞬だけ考え、
首を横に振った。
「代表対応は、
窓口に任せろ」
「ですが……」
「個人名は、
出すな」
技師は、
少し驚いた表情を浮かべたが、
すぐに理解したように頷く。
「……分かりました」
礼は、
嬉しくないわけではない。
だが、
個人に向けられた評価は、
次の判断を歪める。
現場に必要なのは、
賞賛ではなく、
継続だ。
昼。
食堂の片隅で、
静かに食事を取っていると、
向かいに腰を下ろす影があった。
見覚えのある顔。
以前、
彼が重用していた貴族出身の元官僚だった。
「……久しぶりだな」
声は、
少し気まずそうだ。
「……そうだな」
短く答える。
「……今は、
ここで働いているのか」
「見ての通りだ」
沈黙。
彼は、
箸を置き、
ぽつりと言った。
「……裁かれなかったのに、
辛くないのか」
アラルガンは、
しばらく考え、
正直に答えた。
「……辛い日もある」
「なら、
なぜ……」
「評価されないからだ」
元官僚は、
眉をひそめる。
「……どういう意味だ」
「評価されない仕事は、
誤魔化せない」
静かな声。
「成果が出ても、
褒められない。
失敗すれば、
すぐに分かる」
彼は、
目を伏せた。
「……それが、
本来の仕事だ」
元官僚は、
何も言わなかった。
午後。
第四区画の作業が終わり、
数値は安定している。
報告書は、
簡潔だ。
異常兆候確認。
即時対応。
問題なし。
それだけ。
誰かの名前は、
書かれていない。
夕方。
帰路の途中、
王都の通りを歩く。
商人が声を張り、
子どもが走り、
魔導灯が柔らかく光っている。
誰も、
彼に気づかない。
それでいい。
この光が、
当たり前にあること。
それが、
何よりの成果だ。
夜。
机に向かい、
今日の記録をまとめる。
派手な出来事は、
一つもない。
だが、
空欄もない。
「……良い日だ」
小さく呟く。
評価されない仕事は、
物語にならない。
英雄も、
悪役も、
生まれない。
だが、
街は壊れない。
人は眠り、
朝を迎える。
アラルガンは、
灯りを落とし、
静かに横になる。
評価されない仕事が、
街を支えている。
それを知ったことが、
彼に残された、
数少ない――
そして、
十分すぎる報酬だった。
明日もまた、
誰にも気づかれず、
街は守られる。
それでいい。
それが、
正しい仕事なのだから。
朝の点検は、いつも通りに始まった。
警告灯は沈黙し、
計器の針は規定値の範囲で揃っている。
派手な異常も、緊急の呼び出しもない。
それは、
現場にとって最良の状態だった。
「……異常なし、か」
アラルガンは記録板に目を落とし、
淡々と確認欄に印を付ける。
誰も拍手しない。
誰も報告書を読まない。
だが、
街は今日も目覚め、
魔導灯は夜を越え、
結界は人々の頭上に、何事もなかったかのように張られている。
――評価されない仕事。
それが、
すべてを支えている。
午前。
第三区画の巡回中、
中年の技師が足を止めた。
「……補佐官、
ここ、音が違います」
彼は耳を澄ませ、
制御盤に手を当てる。
低く、わずかな振動。
「……負荷の偏りだな」
「数値は、
まだ基準内ですが」
「だからこそだ」
アラルガンは、
即座に判断する。
「今のうちに、
流量を分散する」
「作業、
出しますか?」
「出せ。
短時間で済む」
技師は、
頷いて走り出す。
誰も、
“殿下の英断”などと呼ばない。
ただ、
必要な判断として処理される。
それでいい。
昼前。
魔導庁の窓口に、
小さな人だかりができていた。
「……何だ?」
若い技師が、
様子を見に行く。
戻ってきた彼が、
少し困った顔で報告した。
「補佐官、
商業区の代表が……
礼を言いたいと」
「礼?」
「先月、
夜間停電が起きなかったのは、
こちらのおかげだと」
アラルガンは、
一瞬だけ考え、
首を横に振った。
「代表対応は、
窓口に任せろ」
「ですが……」
「個人名は、
出すな」
技師は、
少し驚いた表情を浮かべたが、
すぐに理解したように頷く。
「……分かりました」
礼は、
嬉しくないわけではない。
だが、
個人に向けられた評価は、
次の判断を歪める。
現場に必要なのは、
賞賛ではなく、
継続だ。
昼。
食堂の片隅で、
静かに食事を取っていると、
向かいに腰を下ろす影があった。
見覚えのある顔。
以前、
彼が重用していた貴族出身の元官僚だった。
「……久しぶりだな」
声は、
少し気まずそうだ。
「……そうだな」
短く答える。
「……今は、
ここで働いているのか」
「見ての通りだ」
沈黙。
彼は、
箸を置き、
ぽつりと言った。
「……裁かれなかったのに、
辛くないのか」
アラルガンは、
しばらく考え、
正直に答えた。
「……辛い日もある」
「なら、
なぜ……」
「評価されないからだ」
元官僚は、
眉をひそめる。
「……どういう意味だ」
「評価されない仕事は、
誤魔化せない」
静かな声。
「成果が出ても、
褒められない。
失敗すれば、
すぐに分かる」
彼は、
目を伏せた。
「……それが、
本来の仕事だ」
元官僚は、
何も言わなかった。
午後。
第四区画の作業が終わり、
数値は安定している。
報告書は、
簡潔だ。
異常兆候確認。
即時対応。
問題なし。
それだけ。
誰かの名前は、
書かれていない。
夕方。
帰路の途中、
王都の通りを歩く。
商人が声を張り、
子どもが走り、
魔導灯が柔らかく光っている。
誰も、
彼に気づかない。
それでいい。
この光が、
当たり前にあること。
それが、
何よりの成果だ。
夜。
机に向かい、
今日の記録をまとめる。
派手な出来事は、
一つもない。
だが、
空欄もない。
「……良い日だ」
小さく呟く。
評価されない仕事は、
物語にならない。
英雄も、
悪役も、
生まれない。
だが、
街は壊れない。
人は眠り、
朝を迎える。
アラルガンは、
灯りを落とし、
静かに横になる。
評価されない仕事が、
街を支えている。
それを知ったことが、
彼に残された、
数少ない――
そして、
十分すぎる報酬だった。
明日もまた、
誰にも気づかれず、
街は守られる。
それでいい。
それが、
正しい仕事なのだから。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています
由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、
悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。
王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。
だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、
冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。
再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。
広場で語られる真実。
そして、無自覚に人を惹きつけてしまう
リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。
これは、
悪役令嬢として断罪された少女が、
「誰かの物語の脇役」ではなく、
自分自身の人生を取り戻す物語。
過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、
彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。
【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?
つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです!
文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか!
結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。
目を覚ましたら幼い自分の姿が……。
何故か十二歳に巻き戻っていたのです。
最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。
そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか?
他サイトにも公開中。
【完結】「めでたし めでたし」から始まる物語
つくも茄子
恋愛
身分違の恋に落ちた王子様は「真実の愛」を貫き幸せになりました。
物語では「幸せになりました」と終わりましたが、現実はそうはいかないもの。果たして王子様と本当に幸せだったのでしょうか?
王子様には婚約者の公爵令嬢がいました。彼女は本当に王子様の恋を応援したのでしょうか?
これは、めでたしめでたしのその後のお話です。
番外編がスタートしました。
意外な人物が出てきます!
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる