婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

文字の大きさ
13 / 45

第十三話 おみせには、ばしょが ひつようです

しおりを挟む
第十三話 おみせには、ばしょが ひつようです

 

 新しい通帳を受け取ってから、タナーの胸の奥には、ずっと小さな灯りがともっていた。

 それは、嬉しさというよりも――
 「ここから始めていい」という、静かな許可のようなものだった。

 

 朝の王宮は、いつも通りだった。

 廊下は磨かれ、侍女たちは静かに歩き、朝食の香りが漂っている。
 誰も、昨日の出来事を話題にしない。

 

 それでも、タナーは分かっていた。

(……わたしは もう)

(いっぽ すすめた)

 

 食後、部屋に戻り、通帳を机の上に置いた。

 ぱらりと開く。

 そこに記された数字を、じっと見つめる。

 

「……」

 

 そして、ふと首をかしげた。

 

(あれ……?)

 

 小さな指で、机をとん、と叩く。

 

(おみせ……)

(どこに だすんでしょう)

 

 物は、これから集める。
 口座も、もうある。

 けれど――

 

(ばしょが ない)

 

 その当たり前の事実に気づいた瞬間、
 タナーは少しだけ恥ずかしくなった。

 

「……」

 

 考え込んだまま、椅子から降りる。

 そして、廊下へ出た。

 

 アンダーソンは、ちょうど王宮での用事を終えたところだった。

 

「アンダーソンさん」

 

 呼び止めると、すぐに振り返ってくれる。

 

「どうなさいました、姫様」

 

 タナーは、少しだけ言いにくそうにしながら、正直に言った。

 

「……あの」

「おみせを やろうと おもったんですけど」

 

「はい」

 

「……ばしょが ありません」

 

 一瞬。

 アンダーソンは、目を丸くした。

 

 そして――
 次の瞬間、声を出さずに笑った。

 

「……なるほど」

 

 口元を押さえ、軽く咳払いをする。

 

「大切なことですな」

 

「……やっぱり そう ですか」

 

「ええ」

 アンダーソンは、うなずいた。

「お店は、“何を売るか”と同じくらい」

「“どこにあるか”が大切です」

 

 タナーは、真剣な顔で聞いている。

 

「……じゃあ」

「どうすれば いい ですか」

 

「不動産屋です」

 

「……ふどうさんや?」

 

「ええ」

 アンダーソンは、穏やかに説明した。

「お店を置く場所を、探す専門の人たちです」

 

 タナーは、少し考えてから言った。

 

「……いっしょに いって くれますか」

 

 その言葉に、アンダーソンは迷いなく答えた。

 

「もちろんです」

 

 こうして、その日の午後。
 タナーは「お店の場所」を探しに行くことになった。

 

 向かったのは、王都の一角にある不動産屋だった。

 看板は少し色あせているが、窓は綺麗に拭かれている。

 

 扉を開けると、木の床が軽く鳴った。

 

「いらっしゃいませ……?」

 

 応対に出てきたのは、中年の男性だった。
 タナーを見ると、一瞬だけ言葉に詰まる。

 

「……ええと」

「お使いですか?」

 

 その問いかけに、タナーは首を振る。

 

「いいえ」

「おみせを さがしに きました」

 

 男性は、一瞬きょとんとした。

 

「……お店?」

 

「はい」

 タナーは、はっきりうなずいた。

「かう か……かりたい です」

 

 男性は、思わずアンダーソンを見る。

 そこで初めて、同行者の存在に気づいたようだった。

 

「……失礼ですが」

 

「王宮御用商人、アンダーソンです」

 

 その名を聞いた瞬間、男性の背筋が伸びる。

 

「こ、これは失礼いたしました!」

 

 だが、タナーはすぐに言った。

 

「……さっきみたいに ならなくて いい です」

 

 男性は、はっとして、口を閉じる。

 

「わたし」

 タナーは、ゆっくり続けた。

「おみせを さがしに きました」

「それだけ です」

 

 その言葉に、男性は一度深く息を吸い、姿勢を正した。

 

「……承知しました」

「では、お話をお聞かせください」

 

 タナーは、少しだけ安心して言った。

 

「ちいさくて」

「きれいで」

「かわいい おみせが いいです」

 

 それは、曖昧な条件だった。

 だが、男性は否定しなかった。

 

「……分かりました」

「では、いくつか見て回りましょう」

 

 最初に案内されたのは、大通りに面した店だった。

 人通りは多く、看板も目立つ。

 

「……すごい です」

 

 タナーは、そう言いながらも、少し後ずさった。

 

「……でも」

 

「でも?」

 

「ここは……ちょっと こわい です」

 

 次は、裏通りの安い店。

 家賃は安いが、暗く、湿っぽい。

 

「……ここは」

 タナーは首を振った。

「ほっと しません」

 

 三軒目、四軒目。

 どれも、決め手に欠けた。

 

 最後に案内されたのは、大通りから一本入った角地の小さな店だった。

 白い壁。
 大きな窓。
 午後の光が、やさしく差し込んでいる。

 

 タナーは、扉を開けた瞬間、足を止めた。

 

「……ここ」

 

 中に入る。

 床は古いが、きしみはない。
 空気が、やわらかい。

 

 タナーは、ぽつりと言った。

 

「……ここ、すきです」

 

 不動産屋の男性が、理由を尋ねる。

 

「どうしてでしょう?」

 

 タナーは、少し考えてから答えた。

 

「はいってきた とき」

「すこし……ほっと しました」

 

 その言葉に、アンダーソンは何も言わず、静かにうなずいた。

 

 それで、決まった。

 

 鍵を受け取ったとき、タナーはそれを両手で握りしめた。

 

(……ここが)

(わたしの ばしょ)

 

 まだ、何も置かれていない空間。

 けれど、確かに「始まり」の匂いがした。

 

 王宮へ戻る道すがら、タナーは小さくつぶやいた。

 

「……おみせ」

「ほんとうに……はじまります」

 

 アンダーソンは、微笑みながら答えた。

 

「ええ」

「ここは、殿下に選ばれた場所です」

 

 それは、
 後に多くの人が「居心地がいい」と口にする店になる。

 

 けれど今はまだ――
 ただの、小さな空き店舗。

 

 そこに、物語が入ってくるのは、
 もう少し先の話だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はハニートラップと共に

あんど もあ
ファンタジー
卒業パーティーで、平民の血を引いた子爵令嬢を連れた王太子が婚約者の公爵令嬢に婚約破棄を宣言した! さて、この婚約破棄の裏側は……。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

『選ばれなかった令嬢は、世界の外で静かに微笑む』

ふわふわ
恋愛
婚約者エステランス・ショウシユウに一方的な婚約破棄を告げられ、 偽ヒロイン・エア・ソフィアの引き立て役として切り捨てられた令嬢 シャウ・エッセン。 「君はもう必要ない」 そう言われた瞬間、彼女は絶望しなかった。 ――なぜなら、その言葉は“自由”の始まりだったから。 王宮の表舞台から退き、誰にも選ばれない立場を自ら選んだシャウ。 だが皮肉なことに、彼女が去った後の世界は、少しずつ歪みを正し始める。 奇跡に頼らず、誰かを神格化せず、 一人に負担を押し付けない仕組みへ―― それは、彼女がかつて静かに築き、手放した「考え方」そのものだった。 元婚約者はようやく理解し、 偽ヒロインは役割を降り、 世界は「彼女がいなくても回る場所」へと変わっていく。 復讐も断罪もない。 あるのは、物語の中心から降りるという、最も静かな“ざまぁ”。 これは、 選ばれなかった令嬢が、 誰の期待にも縛られず、 名もなき日々を生きることを選ぶ物語。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処理中です...