婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第十二話 ちいさな ぎんこうを、えらびました

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第十二話 ちいさな ぎんこうを、えらびました

 

 大きな銀行の扉を出たあと、タナーはその場で立ち止まった。

 王都の大通りは、相変わらず賑やかだ。
 馬車が行き交い、商人の声が響き、焼き菓子の甘い匂いが漂っている。

 けれど、ついさっきまでいた場所だけが、遠い別世界のように感じられた。

 

「……だいじょうぶですか、姫様」

 

 隣を歩くアンダーソンが、静かに声をかける。

 

「はい」

 タナーはすぐにうなずいた。

 怒ってはいない。
 悲しくもない。

 ただ、はっきりと分かったことがあった。

 

(あの ぎんこうさんは……)

(わたしを みて いなかった)

 

 王女だからでも、お金を持っているからでもない。
 「話をしようとした人」として、最初から見られていなかった。

 

 アンダーソンは、背後の大きな銀行を一度だけ振り返った。

 王都でも指折りの老舗。
 立派な建物と歴史ある看板。

 

「殿下」

 彼は、低く落ち着いた声で言う。

「この国には、銀行はいくつもございます」

 

「はい」

 タナーは前を向いたまま答えた。

 

 二人は大通りを少し歩き、一本脇道へ入る。
 人通りは減り、建物も低くなる。

 

 そこで、タナーは足を止めた。

 

 ――大きな銀行のすぐ近く。

 けれど、存在に気づかれにくい場所に、
 小さな銀行があった。

 

 建物は新しく、飾り気はない。
 入口は狭く、看板も控えめだ。

 大銀行の影に隠れるように、静かにそこにある。

 

「……ここです」

 

 アンダーソンは、少し驚いたように眉を上げた。

 

「こちらは、まだ規模の小さい銀行ですな」

「大口取引も、多くはありませんが……」

 

「はい」

 タナーは、こくりとうなずいた。

 

「でも……さっきの ぎんこうさんから」

「いちばん ちかい です」

 

 アンダーソンは、一瞬考え込むような表情を見せ、やがて小さく笑った。

 

「なるほど」

「距離の話だけでは、なさそうですな」

 

 タナーは、銀行の扉を見上げて言った。

 

「おおきい ぎんこうさんは」

「りっぱ でした」

「でも……こわかった です」

 

 声は小さいが、迷いはない。

 

「ここは……」

「なんだか、はいりやすそう です」

 

 それだけで、理由としては十分だった。

 

「では」

 アンダーソンは、穏やかに言った。

「こちらにいたしましょう」

 

 扉を開けると、小さな鈴の音が鳴った。

 

「いらっしゃいませ」

 

 若い行員が、少し驚いたように顔を上げる。
 だがすぐに、にこやかに微笑んだ。

 

「本日は、どのようなご用件でしょうか」

 

 年齢を測る視線はない。
 服装を値踏みする様子もない。

 ただ、“来た人”として向き合われた。

 

 タナーは、胸の前で手を重ね、深呼吸してから言った。

 

「おみせの こうざを……つくりたいです」

 

 行員は瞬きをしてから、興味深そうに尋ねる。

 

「お店、ですか」

「差し支えなければ、どのようなお店でしょう」

 

「……かわいい ものを あつめた」

「ちいさな おみせです」

 

 行員は、ぱっと表情を明るくした。

 

「素敵ですね」

「では、詳しくお話をお聞かせください」

 

 それだけで、タナーの胸の奥がふっと軽くなった。

 

(……ここだ)

(ここなら、ちゃんと きいて もらえる)

 

 手続きは、ゆっくりと進んだ。

 難しい言葉は、かみ砕いて説明してくれる。
 分からないところがあれば、何度でも聞いていいと言ってくれる。

 

 年齢の話が出たのは、最後だった。

 

「……八歳、ですか」

 行員は一瞬驚いたが、すぐに姿勢を正した。

「それでは、後見の方が必要になりますが……」

 

「こちらで問題ありません」

 アンダーソンが、静かに名乗る。

「王宮御用商人、アンダーソンです」

 

 行員は驚きつつも、慌てすぎることなく頭を下げた。

 

「承知しました」

 

 態度は変わらない。
 過剰にへりくだることもない。

 

 やがて、通帳が差し出された。

 

「こちらが、お店の口座になります」

 

 タナーは、両手で受け取る。

 

「……ありがとう ございます」

 

 その言葉に、行員は少し照れたように笑った。

 

「こちらこそ」

「どうぞ、末永くよろしくお願いいたします」

 

 銀行を出ると、午後の光が差し込んでいた。

 タナーは通帳を胸に抱きしめ、小さく息をつく。

 

「……ここに して よかった です」

 

 アンダーソンは、穏やかにうなずいた。

 

「ええ」

「この銀行は、きっと伸びます」

 

「どうして ですか?」

 

「“話を聞く”という、一番大切なことを忘れていないからです」

 

 タナーは、少し考えてから言った。

 

「ありがとうございます」

「わたしも……ひとつ べんきょう しました」

 

 アンダーソンは、意外そうに目を細める。

 

「ほう?」

 

「だれが えらい とか」

「どれだけ おおきい とか じゃなくて」

「ちゃんと きいて くれる ところが……だいじ なんだって」

 

 アンダーソンは、静かに息を吐いた。

 

「……ありがとうございます」

 

 その声は、深く、真剣だった。

 

「私も、姫様に教えていただきました」

 

 タナーは、ぱちりと目を瞬かせる。

 

「?」

 

「わたしは……」

 少し困ったように首を振る。

 

「アンダーソンさんに たすけて もらった だけで……」

「なにも してませんよ?」

 

 足を止めて、振り返る。

 

「アンダーソンさんの おかげで」

「はなしを きいて もらえました」

 

 そして、小さく首をかしげて続けた。

 

「おれいを いう ひとは……」

「わたしの ほう じゃ ない ですか……?」

 

 一瞬、アンダーソンは言葉を失った。

 やがて、深く頭を下げる。

 

「……殿下」

 

「声を上げたのは、私です」

「ですが――」

 

 顔を上げ、穏やかに微笑む。

 

「“選ぶ”という一番大切なことをなさったのは、姫様です」

 

 タナーは、よく分からないまま、でも納得したように小さくうなずいた。

 

「……そう ですか」

 

 その日。

 小さな銀行は、未来の女王が最初に選んだ場所となった。

 

 大きな銀行は、立派だった。
 けれど――

 

 一番近くにいた未来を、見なかった。

 

 その差は、静かに、確かに、
 これからの時代を分けていくことになる。
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