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第十一話 アンダーソンと、つうちょう
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第十一話 アンダーソンと、つうちょう
「……今の話、少し聞かせてもらってもよろしいかな」
背後からかけられた声は、低く、落ち着いていた。
タナーが振り返ると、そこに立っていたのは、年配の男性だった。
白髪が混じる髪をきちんと撫でつけ、仕立ての良い外套を身につけている。
派手ではないが、身のこなしに無駄がなく、周囲の空気がわずかに引き締まる。
「……はい」
タナーは、少しだけ首をかしげて答えた。
その様子を、銀行の行員たちも見ていた。
誰だろう、と探る視線が交錯する。
「失礼。名乗るのが先でしたな」
男性は、軽く帽子を持ち上げた。
「アンダーソンと申します」
その名を聞いた瞬間、近くにいた行員の一人が、ぴくりと肩を揺らした。
――王宮御用商人、アンダーソン。
王宮への物資調達を一手に担い、複数の商会を束ねる大商人。
銀行とも長年の取引がある、上客中の上客だ。
「……姫様」
アンダーソンは、タナーの前に膝をついた。
その動作に、周囲が一瞬で凍りつく。
「どうして、このような市井にお一人で?」
タナーは、驚いて目を丸くした。
「……しって いるんですか」
「もちろんです」
アンダーソンは、穏やかに微笑んだ。
「ファンタジア王国第三王女、タナー殿下」
次の瞬間。
銀行内が、はっきりとざわめいた。
「……王女?」
「今の子が……?」
行員たちの顔色が、目に見えて変わる。
先ほどまで「子どもの遊び」と言っていた者たちが、青ざめて立ち尽くしている。
「……あの」
タナーは、慌てて言った。
「べつに……かくして たわけじゃ ありません」
「ただ……あぶない って いわれたから」
「ええ、存じております」
アンダーソンは、静かに立ち上がった。
「それで……殿下」
「先ほどのお話ですが」
タナーは、素直に答えた。
「おみせを はじめようと おもって」
「おみせの こうざを つくりに きました」
「でも……おはなしを きいて もらえなかったんです」
その言葉を聞いた瞬間、アンダーソンの表情が変わった。
怒鳴らない。
声を荒げない。
だが、目だけが、はっきりと冷たくなる。
「……そうですか」
彼は、ゆっくりと銀行の行員たちを見回した。
「姫様のご用向きを」
「誰も、最初から聞こうとしなかった、と?」
行員たちは、言葉を失っている。
「な……なんて無礼なんだ!」
アンダーソンは、ついに声を上げた。
「姫様が、わざわざ危険を避けて平民の装いで来てくださったというのに!」
「そのご用向きを聞く前に、追い返すとは!」
「も、申し訳ございません!」
先ほどタナーを対応していた行員が、深く頭を下げた。
「すぐに……すぐに手続きを……!」
タナーは、その様子を見て、首を横に振った。
「……やめます」
その一言に、全員が固まる。
「この ぎんこうさんは」
「おきゃくさんに……ふしんせつです」
タナーは、小さな声で、しかしはっきり言った。
「わたしの こじんこうざに はいってる」
「おこづかい……ぜんぶ」
「ここから ひきだして……ほかの ぎんこうさんに いきます」
行員の一人が、内心で思った。
(どうせ……子どもの小遣いだ)
だが、アンダーソンが一歩前に出る。
「……通帳を、拝見しても?」
タナーは、鞄から一冊の通帳を取り出し、差し出した。
アンダーソンは、それを受け取り、確認する。
次の瞬間。
ほんの一瞬だけ――彼の目が見開かれた。
そして、通帳を見ていた行員が、青くなる。
「……あの」
「ほ、本当に……全額、でしょうか」
記されていた残高は――
二十億ファンタ。
銀行内が、静まり返った。
「私どもが護衛をお付けします!」
「頭取をすぐ呼べ!」
慌ただしく声が飛び交う。
奥の扉が開き、支店長、頭取まで駆けつけてくる。
だが、アンダーソンは手を上げて制した。
「結構」
そして、静かに告げる。
「姫様は、この銀行を信用できないと仰せだ」
タナーは、小さくうなずいた。
「……さっきは」
「こども だから だめ って いわれました」
その一言が、何よりも重かった。
「準備したまえ」
アンダーソンは、淡々と言う。
「姫様の資金は、すべて引き出す」
頭取が、震える声で言った。
「……お待ちください! 今一度……!」
「遅い」
その後。
タナーは別の銀行で、丁寧に迎えられることになる。
そして――
アンダーソンは、この銀行との取引を、すべて打ち切った。
誰も怒鳴られなかった。
誰も罰せられなかった。
ただ、信用だけが、静かに消えた。
タナーは、銀行を出る前に、振り返った。
「……さようなら」
それは、王女の言葉ではなかった。
未来の「大きなお客さま」が、
選ばなかった場所への、静かな別れだった。
「……今の話、少し聞かせてもらってもよろしいかな」
背後からかけられた声は、低く、落ち着いていた。
タナーが振り返ると、そこに立っていたのは、年配の男性だった。
白髪が混じる髪をきちんと撫でつけ、仕立ての良い外套を身につけている。
派手ではないが、身のこなしに無駄がなく、周囲の空気がわずかに引き締まる。
「……はい」
タナーは、少しだけ首をかしげて答えた。
その様子を、銀行の行員たちも見ていた。
誰だろう、と探る視線が交錯する。
「失礼。名乗るのが先でしたな」
男性は、軽く帽子を持ち上げた。
「アンダーソンと申します」
その名を聞いた瞬間、近くにいた行員の一人が、ぴくりと肩を揺らした。
――王宮御用商人、アンダーソン。
王宮への物資調達を一手に担い、複数の商会を束ねる大商人。
銀行とも長年の取引がある、上客中の上客だ。
「……姫様」
アンダーソンは、タナーの前に膝をついた。
その動作に、周囲が一瞬で凍りつく。
「どうして、このような市井にお一人で?」
タナーは、驚いて目を丸くした。
「……しって いるんですか」
「もちろんです」
アンダーソンは、穏やかに微笑んだ。
「ファンタジア王国第三王女、タナー殿下」
次の瞬間。
銀行内が、はっきりとざわめいた。
「……王女?」
「今の子が……?」
行員たちの顔色が、目に見えて変わる。
先ほどまで「子どもの遊び」と言っていた者たちが、青ざめて立ち尽くしている。
「……あの」
タナーは、慌てて言った。
「べつに……かくして たわけじゃ ありません」
「ただ……あぶない って いわれたから」
「ええ、存じております」
アンダーソンは、静かに立ち上がった。
「それで……殿下」
「先ほどのお話ですが」
タナーは、素直に答えた。
「おみせを はじめようと おもって」
「おみせの こうざを つくりに きました」
「でも……おはなしを きいて もらえなかったんです」
その言葉を聞いた瞬間、アンダーソンの表情が変わった。
怒鳴らない。
声を荒げない。
だが、目だけが、はっきりと冷たくなる。
「……そうですか」
彼は、ゆっくりと銀行の行員たちを見回した。
「姫様のご用向きを」
「誰も、最初から聞こうとしなかった、と?」
行員たちは、言葉を失っている。
「な……なんて無礼なんだ!」
アンダーソンは、ついに声を上げた。
「姫様が、わざわざ危険を避けて平民の装いで来てくださったというのに!」
「そのご用向きを聞く前に、追い返すとは!」
「も、申し訳ございません!」
先ほどタナーを対応していた行員が、深く頭を下げた。
「すぐに……すぐに手続きを……!」
タナーは、その様子を見て、首を横に振った。
「……やめます」
その一言に、全員が固まる。
「この ぎんこうさんは」
「おきゃくさんに……ふしんせつです」
タナーは、小さな声で、しかしはっきり言った。
「わたしの こじんこうざに はいってる」
「おこづかい……ぜんぶ」
「ここから ひきだして……ほかの ぎんこうさんに いきます」
行員の一人が、内心で思った。
(どうせ……子どもの小遣いだ)
だが、アンダーソンが一歩前に出る。
「……通帳を、拝見しても?」
タナーは、鞄から一冊の通帳を取り出し、差し出した。
アンダーソンは、それを受け取り、確認する。
次の瞬間。
ほんの一瞬だけ――彼の目が見開かれた。
そして、通帳を見ていた行員が、青くなる。
「……あの」
「ほ、本当に……全額、でしょうか」
記されていた残高は――
二十億ファンタ。
銀行内が、静まり返った。
「私どもが護衛をお付けします!」
「頭取をすぐ呼べ!」
慌ただしく声が飛び交う。
奥の扉が開き、支店長、頭取まで駆けつけてくる。
だが、アンダーソンは手を上げて制した。
「結構」
そして、静かに告げる。
「姫様は、この銀行を信用できないと仰せだ」
タナーは、小さくうなずいた。
「……さっきは」
「こども だから だめ って いわれました」
その一言が、何よりも重かった。
「準備したまえ」
アンダーソンは、淡々と言う。
「姫様の資金は、すべて引き出す」
頭取が、震える声で言った。
「……お待ちください! 今一度……!」
「遅い」
その後。
タナーは別の銀行で、丁寧に迎えられることになる。
そして――
アンダーソンは、この銀行との取引を、すべて打ち切った。
誰も怒鳴られなかった。
誰も罰せられなかった。
ただ、信用だけが、静かに消えた。
タナーは、銀行を出る前に、振り返った。
「……さようなら」
それは、王女の言葉ではなかった。
未来の「大きなお客さま」が、
選ばなかった場所への、静かな別れだった。
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