婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

文字の大きさ
28 / 45

第二十八話 付与は、まだしません

しおりを挟む
第二十八話 付与は、まだしません

 ドールは、店の奥の部屋に立っていた。

 朝の光が窓から差し込み、埃の粒をゆっくりと照らす。
 その中で、人形は微動だにせず、ただ真っ直ぐに立っている。

 タナーは、少し離れた場所から、その姿を見ていた。

「……」

 アンダーソンは、腕を組み、考え込むようにドールを眺めている。

「姫様」

 やがて、慎重に声をかけた。

「この人形……
 店に置くのであれば、魔法をかけた方がよいのでは?」

 彼の頭には、自然な発想があった。
 動くクマがいるのなら、
 同じように、人形も動いた方が「商品」として分かりやすい。

「動けば、掃除もできますし。
 接客も……」

 言いかけて、止まる。

 タナーが、静かに首を横に振ったからだ。

「……うごかなくて、いいです」

 即答だった。

「でも……」

「この こ は」

 タナーは、ドールを見上げて言った。

「たって いる だけ で
 いい です」

 アンダーソンは、言葉を失った。

 動かない人形。
 話さない人形。
 それを、店の中に置く意味。

「……理由を、伺っても?」

 タナーは、少し考えた。

 魔法をかけること自体は、難しくない。
 ほんの一瞬で、動くようにもできる。

 けれど――

「いま まほう を かける と」

 タナーは、ぽつりと答えた。

「こわれます」

「……壊れる?」

「はい」

 ドールの肩に、そっと手を置く。

「この こ は
 まだ
 “うつわ” です」

 アンダーソンは、ゆっくりと息を吐いた。

 魔法をかければ完成、ではない。
 完成していないから、魔法をかけない。

 その逆転した考え方に、彼は静かに納得し始めていた。

「……いつなら、よいのですか?」

「まだ です」

 短い答え。

「この こ は
 まちがえられる ため に
 ここ に います」

 アンダーソンは、思わず眉をひそめた。

「……誤解、ですか?」

「はい」

 タナーは、淡々と続ける。

「ひと は
 ひと に にて いる もの を
 かって に
 ひと だと おもいます」

 笑顔を期待する。
 言葉を返すと思い込む。
 好意に応えるはずだと、決めつける。

「この こ は」

 ドールの前に立つ。

「それ を
 なにも しません」

 だから、壊れない。
 怒られない。
 責められない。

「……なるほど」

 アンダーソンは、ようやく理解した。

 この人形は、
 “動かないからこそ完成する存在”なのだ。

「魔法は、必要なときにだけ」

 タナーは、静かに言った。

「いま つかう と
 この こ の
 いみ が
 かわって しまいます」

 部屋に、静寂が落ちた。

 ドールは、何も語らない。
 けれど、その沈黙が、妙に重く、確かなものに感じられた。

 ――動かないのに、人の目を引く。
 ――何も返さないのに、誤解される。

 それは、魔法よりも厄介で、
 そして、後に最も強く効く。

「……姫様」

 アンダーソンは、深く頭を下げた。

「私は、商人ですが……
 今日は、少し、勉強になりました」

 タナーは、きょとんとした顔で首を傾げた。

「?
 わたし は
 まほう を
 つかって いませんよ」

 その言葉に、アンダーソンは苦笑した。

 ――それでも。

 この小さな王女は、
 誰よりも正確に、人と世界を見ている。

 ドールは、その日も、動かない。

 だが、その「動かなさ」は、
 確実に、店の一部として組み込まれていった。

 静かに。
 何も主張せず。

 ――付与は、まだ。

 それが、最も正しい選択だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

不実なあなたに感謝を

黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。 ※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。 ※曖昧設定。 ※一旦完結。 ※性描写は匂わせ程度。 ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。

ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」 実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて…… 「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」 信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。 微ざまぁあり。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

王妃を蔑ろにし、愛妾を寵愛していた王が冷遇していた王妃と入れ替わるお話。

ましゅぺちーの
恋愛
王妃を蔑ろにして、愛妾を寵愛していた王がある日突然その王妃と入れ替わってしまう。 王と王妃は体が元に戻るまで周囲に気づかれないようにそのまま過ごすことを決める。 しかし王は王妃の体に入ったことで今まで見えてこなかった愛妾の醜い部分が見え始めて・・・!? 全18話。

処理中です...