婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾

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第三十五話 ふつう の かわいい/まほう の かわいい

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第三十五話 ふつう の かわいい/まほう の かわいい

 午後の光は、やわらかかった。

 店の奥まで差し込む陽射しが、棚の上の雑貨を静かに照らす。
 影は長く、色は淡い。

 タナーは、カウンターの向こうで、じっと様子を見ていた。

 この時間帯は、朝ほど人は来ない。
 けれど、来るときは――だいたい、迷っている人だ。

 こん、こん。

 扉が開き、今度は二人組が入ってきた。
 母親と、まだ小さな女の子。

 女の子は、入るなり目を輝かせた。

「……わあ」

 声は、自然に漏れた。

 母親は、少しだけ困った顔をする。

「見るだけよ」

「うん……」

 女の子は、うなずきつつ、すでに棚の前にいた。

 小さな手が、ティーカップに伸びる。

「……これ かわいい」

「それ は
 ふつう の です」

 タナーが、静かに言う。

 女の子は、首をかしげた。

「ふつう?」

「はい」

 隣の棚を指さす。

「こっち は
 まほう の
 かわいい です」

 母親が、興味深そうに近づいてくる。

「……どう違うんですか?」

「さめ ません」

「……それだけ?」

「はい」

 母親は、少し笑った。

「正直ですね」

「うそ は
 つき ません」

 女の子は、二つのカップを交互に見比べた。

 同じ形。
 同じ色。
 同じ絵柄。

「……いっしょ に みえる」

「はい」

「じゃあ
 どっち が いい の」

 タナーは、すぐには答えなかった。

 女の子の目線に合わせて、少し屈む。

「どっち も
 いい です」

「?」

「つかう ひ と が
 きめ ます」

 女の子は、しばらく考えた。

「……あの ね」

「はい」

「ママ は
 いそがしい の」

 母親が、少し驚いた顔をする。

「……ちょっと」

「だから
 さめ ない ほう が
 いい と
 おもう」

 タナーは、ゆっくり頷いた。

「そう です ね」

 母親は、苦笑しながらも、値札を見る。

「……少し高いですね」

「はい」

「でも……理由がある値段ですね」

 タナーは、何も言わない。

 代わりに、テイデイ・バトラーが動いた。

 静かに歩み寄り、ティーポットを置く。
 カップにお茶を注ぐ。

 湯気が、ふわりと立った。

「……どうぞ」

 母親は、少し戸惑いながら、一口。

「……あ」

 驚きは、小さかった。
 けれど、確かだった。

「……冷めない」

「はい」

 女の子は、にこにこしている。

「ね」

 母親は、息を吐いた。

「……買います」

「ありがとう ございます」

 会計を終え、二人は帰っていった。

 扉が閉まる。

 しばらく、静けさ。

 タナーは、棚を見渡した。

 普通のかわいい。
 魔法のかわいい。

 どちらも、ちゃんと並んでいる。

「……どっち も
 いります」

 誰にともなく、そう言った。

 テイデイ・バトラーは、答えない。
 でも、その沈黙は、否定ではなかった。

 夕方。

 別の客が、同じ質問をした。

「これと、これ。違いは?」

 タナーは、同じように答える。

「こっち は
 ふつう で」

「こっち は?」

「まほう です」

「……どっちが人気?」

 少しだけ、考える。

「ひ と に より ます」

 その答えに、客は笑った。

「……商売向きじゃないね」

「はい」

 即答だった。

 でも、その人は、結局、両方を買っていった。

 夜。

 店を閉める前。

 タナーは、カウンターに肘をついた。

「……かわいい は
 だまさ ない」

 それが、この店の決まりだった。

 飾らない。
 誇らない。
 でも、手を抜かない。

 魔法は、足すもの。
 かわいさを、壊さないためのもの。

 テイデイ・バトラーが、静かにカップを洗っている。
 ゴム手袋が、きゅっと鳴る。

 その音を聞きながら、タナーは思った。

「……つぎ は
 だれ が
 くる かな」

 答えは、ない。

 けれど、それでいい。

 明日もまた、
 ふつうの かわいい と
 まほうの かわいい は、
 同じ棚に並ぶのだから。


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