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7話|噛み合わない会議
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7話|噛み合わない会議
王宮の大評議室では、定例の政務会議が開かれていた。
長い楕円形の卓を囲み、各部門の責任者たちが席に着いている。
だが――空気が、重い。
「……では、次の議題に移ります」
進行役を務める文官の声が、どこか心許ない。
以前なら、議題ごとに要点が整理され、結論までの道筋が自然と見えていた。
今は違う。
「国境地帯の警備費用ですが、追加予算が必要との報告があります」
「その根拠は?」
「それが……詳細な算出は、まだ」
卓のあちこちから、ため息が漏れた。
ロネスは玉座寄りの席で腕を組み、苛立ちを隠そうともせずにいる。
「結論の出ない話を、いつまで続けるつもりだ」
その言葉に、責任者たちは一斉に視線を伏せた。
――以前なら。
誰もが、同じことを思っていた。
以前なら、エルゼリア・クローヴェルが、すでに数字を揃え、代替案を提示し、
この場で迷いが生じる前に決着がついていたはずだ。
「財務と軍務で、意見が食い違っております」
「それなら、どちらが妥当か判断すればいいだけだろう」
「……判断材料が、足りません」
その一言で、会議室は完全に沈黙した。
ロネスの眉間に、深い皺が刻まれる。
「材料が足りない?
では、なぜ今日この会議を開いた」
誰も答えない。
否――答えられない。
これまでは、材料そのものを準備していた人物がいた。
各部門の主張を事前にすり合わせ、衝突を避け、
それでも残る問題だけを会議に上げる。
その役割が、今は存在しない。
「……一度、持ち帰ろう」
誰かが、弱々しく提案した。
「次回までに、再検討を」
ロネスは舌打ちをした。
「また先送りか。
それで、何が解決する」
答えはない。
結局、その議題は結論が出ないまま棚上げされた。
次の議題。
そして、その次も。
気づけば、予定されていた時間はとうに過ぎている。
だが、決まったことは、ほとんどなかった。
会議が終わる頃には、誰の顔にも疲労の色が濃く浮かんでいた。
「……お疲れさまでした」
形だけの挨拶が交わされ、人々は重い足取りで部屋を後にする。
廊下に出た文官の一人が、思わず呟いた。
「……こんな会議、初めてだ」
「時間だけかかって、何も決まらない」
「前は、違ったよな……」
言葉の続きを、誰も口にしない。
だが、名前は全員の頭に浮かんでいた。
その頃、ロネスは執務室で側近を相手に苛立ちをぶつけていた。
「なぜ、あれほど混乱する。
人手が足りないわけでもあるまい」
「は……ですが、殿下」
側近は言いよどむ。
「各部門の調整を、これまで誰が行っていたのか……」
ロネスは、ぴくりと眉を動かした。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「……いえ」
側近は頭を下げ、それ以上は口を閉ざした。
ロネスは、机の上の議事録を手に取る。
びっしりと書かれた発言内容。
だが、結論欄は、ほとんど空白だった。
「……使えない」
彼は苛立ちを込めて書類を机に戻す。
その夜、王宮の別室では、数名の高官が非公式に集まっていた。
「今日の会議、どう思われますか」
「正直に言えば……不安だ」
「判断が遅すぎる」
年配の高官が、低い声で言う。
「国は、会議をするためにあるのではない。
決断するためにある」
沈黙が落ちる。
誰かが、ぽつりと口を開いた。
「……エルゼリア嬢がいた頃は」
その瞬間、空気が張り詰めた。
否定する者はいない。
だが、今さら戻れるわけもない。
同じ頃、クローヴェル侯爵家の屋敷では、
エルゼリアが静かに紅茶を口にしていた。
久しぶりに、何の予定もない夜。
王宮の喧騒から離れた時間。
それでも、彼女の耳には、かすかなざわめきが届く気がしていた。
――噛み合わなくなり始めている。
理由を、彼女は説明できた。
だが、それを伝える義務は、もうない。
エルゼリアは、カップを置き、窓の外を見つめる。
歯車は、一つ外れただけで、
ここまで音を立てるものなのか。
その答えを、王宮はこれから思い知ることになる。
この「噛み合わない会議」が、
ただの前兆にすぎないことを――
まだ、誰も理解していなかった。
王宮の大評議室では、定例の政務会議が開かれていた。
長い楕円形の卓を囲み、各部門の責任者たちが席に着いている。
だが――空気が、重い。
「……では、次の議題に移ります」
進行役を務める文官の声が、どこか心許ない。
以前なら、議題ごとに要点が整理され、結論までの道筋が自然と見えていた。
今は違う。
「国境地帯の警備費用ですが、追加予算が必要との報告があります」
「その根拠は?」
「それが……詳細な算出は、まだ」
卓のあちこちから、ため息が漏れた。
ロネスは玉座寄りの席で腕を組み、苛立ちを隠そうともせずにいる。
「結論の出ない話を、いつまで続けるつもりだ」
その言葉に、責任者たちは一斉に視線を伏せた。
――以前なら。
誰もが、同じことを思っていた。
以前なら、エルゼリア・クローヴェルが、すでに数字を揃え、代替案を提示し、
この場で迷いが生じる前に決着がついていたはずだ。
「財務と軍務で、意見が食い違っております」
「それなら、どちらが妥当か判断すればいいだけだろう」
「……判断材料が、足りません」
その一言で、会議室は完全に沈黙した。
ロネスの眉間に、深い皺が刻まれる。
「材料が足りない?
では、なぜ今日この会議を開いた」
誰も答えない。
否――答えられない。
これまでは、材料そのものを準備していた人物がいた。
各部門の主張を事前にすり合わせ、衝突を避け、
それでも残る問題だけを会議に上げる。
その役割が、今は存在しない。
「……一度、持ち帰ろう」
誰かが、弱々しく提案した。
「次回までに、再検討を」
ロネスは舌打ちをした。
「また先送りか。
それで、何が解決する」
答えはない。
結局、その議題は結論が出ないまま棚上げされた。
次の議題。
そして、その次も。
気づけば、予定されていた時間はとうに過ぎている。
だが、決まったことは、ほとんどなかった。
会議が終わる頃には、誰の顔にも疲労の色が濃く浮かんでいた。
「……お疲れさまでした」
形だけの挨拶が交わされ、人々は重い足取りで部屋を後にする。
廊下に出た文官の一人が、思わず呟いた。
「……こんな会議、初めてだ」
「時間だけかかって、何も決まらない」
「前は、違ったよな……」
言葉の続きを、誰も口にしない。
だが、名前は全員の頭に浮かんでいた。
その頃、ロネスは執務室で側近を相手に苛立ちをぶつけていた。
「なぜ、あれほど混乱する。
人手が足りないわけでもあるまい」
「は……ですが、殿下」
側近は言いよどむ。
「各部門の調整を、これまで誰が行っていたのか……」
ロネスは、ぴくりと眉を動かした。
「……言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「……いえ」
側近は頭を下げ、それ以上は口を閉ざした。
ロネスは、机の上の議事録を手に取る。
びっしりと書かれた発言内容。
だが、結論欄は、ほとんど空白だった。
「……使えない」
彼は苛立ちを込めて書類を机に戻す。
その夜、王宮の別室では、数名の高官が非公式に集まっていた。
「今日の会議、どう思われますか」
「正直に言えば……不安だ」
「判断が遅すぎる」
年配の高官が、低い声で言う。
「国は、会議をするためにあるのではない。
決断するためにある」
沈黙が落ちる。
誰かが、ぽつりと口を開いた。
「……エルゼリア嬢がいた頃は」
その瞬間、空気が張り詰めた。
否定する者はいない。
だが、今さら戻れるわけもない。
同じ頃、クローヴェル侯爵家の屋敷では、
エルゼリアが静かに紅茶を口にしていた。
久しぶりに、何の予定もない夜。
王宮の喧騒から離れた時間。
それでも、彼女の耳には、かすかなざわめきが届く気がしていた。
――噛み合わなくなり始めている。
理由を、彼女は説明できた。
だが、それを伝える義務は、もうない。
エルゼリアは、カップを置き、窓の外を見つめる。
歯車は、一つ外れただけで、
ここまで音を立てるものなのか。
その答えを、王宮はこれから思い知ることになる。
この「噛み合わない会議」が、
ただの前兆にすぎないことを――
まだ、誰も理解していなかった。
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