『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第15話 揺れる立場

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第15話 揺れる立場

 エドワルド王太子との会話を終えたあとも、夜会は続いていた。

 だが、シルフィーネにとって、もはや先ほどまでと同じ夜会ではない。
 周囲の空気が、わずかに――しかし確実に変わっているのを感じていた。

「……今のお相手、どなたかしら」 「まさか、ノルディアの……?」

 抑えた声が、あちこちから漏れ聞こえる。
 視線は一層慎重になり、軽々しく近づく者はいなくなった。

 ――立場が、動いた。

 それをはっきりと自覚した瞬間、胸の奥に小さな苦味が広がる。

 外見が変わったからではない。
 王太子と話したからだ。

「……分かりやすいですわね」

 誰にも聞こえないほど小さく呟く。

 自分が何を語ったかよりも、
 誰と語ったか。

 それだけで評価が変わる世界。

 シルフィーネは、静かにグラスを置いた。



 一方その頃。

 少し離れた場所で、ライオネルは落ち着かない様子で会場を見渡していた。

(……今の男は)

 先ほどから、何度も視線がそちらへ向く。

 シルフィーネと話していた青年。
 落ち着いた態度。
 そして、周囲の反応。

「……まさか」

 胸の奥に、ざわりとした不安が生まれる。

 ――彼女は、ただの“過去”ではなかったのか?

 その疑念が浮かんだ瞬間、背後から声がかかった。

「ライオネル様?」

 アメリアだった。

「顔色が優れませんわ。お疲れでは?」

 心配そうな声。
 けれど、その視線は、彼が見ていた先を正確に捉えている。

「……いや」

 短く答えると、彼は無意識に拳を握りしめていた。

「今、シルフィーネ様と話していらした方……」

 アメリアは、何気ない調子を装いながら続ける。

「とても高貴な雰囲気でしたわね」

 その言葉に、ライオネルの胸が強く脈打つ。

「……知っているのか?」

「さあ……」

 アメリアは微笑んだまま、答えを濁す。

「ただ、噂では……隣国からの要人が来ている、と」

 その瞬間、ライオネルの顔色が変わった。

 ――要人。

 もし、それが事実なら。
 もし、彼女が――。

「……」

 言葉を失ったまま、彼は視線を逸らす。

 アメリアの指先が、彼の袖をぎゅっと掴んだ。

「……ライオネル様」

 その声は、かすかに震えていた。

「あなたは、私の婚約者ですわよね?」

 問いかけは、確認に近い。

「ああ……そうだ」

 そう答えながらも、彼の心は落ち着かない。

 シルフィーネと話していた、あの青年の姿が、何度も脳裏をよぎる。



 その夜会の終盤。

 再びエドワルドが、シルフィーネの前に現れた。

「少し、騒がしくなってしまいましたね」

「……ええ」

 彼女は、正直に頷いた。

「ですが、慣れています。視線にも、噂にも」

「それは……不本意でしょう」

 エドワルドの言葉は、率直だった。

「ですが、覚えておいてください」

 彼は、声を低くする。

「今夜、あなたを値踏みしている者たちは、
 あなたが“選ぶ側”であることを、まだ理解していません」

 その言葉に、シルフィーネは目を伏せ、やがて静かに笑った。

「理解されなくても、構いません」

 誰に分かってもらうためでもない。

「私は……自分で決めますから」

 エドワルドは、満足そうに頷いた。

「ええ。それでこそ」

 彼は一歩下がり、正式な礼を取る。

「今夜は、これで失礼します。
 ――また、改めてお話ししましょう」

 その言葉には、確かな意志が込められていた。

 彼が去ったあと、シルフィーネは静かに息を吐く。

 夜会は終わりに近づいている。
 だが、彼女の人生は――。

 この夜を境に、
 確実に、別の段階へと踏み出していた。

 それを、誰よりも強く感じていたのは、
 他でもない、彼女自身だった。
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