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第16話 外見しか見ていない人
しおりを挟む夜会の翌朝。
シルフィーネは、いつもより早く目を覚ましていた。
窓から差し込む朝の光は穏やかで、昨夜の喧騒が嘘のように静かだ。
「……夢では、なかったのね」
小さく呟き、ベッドから身を起こす。
身体はすっかり回復している。だが、心の奥には、まだ整理しきれない感情が残っていた。
――ライオネル。
――エドワルド王太子。
二人の視線は、あまりにも対照的だった。
*
朝食を終え、書斎で本を読んでいると、マリアが少し困った顔で入ってきた。
「お嬢様……お取り次ぎしてよろしいでしょうか」
その言い方で、誰か分かってしまう。
「……ライオネル様、です」
ほんの一瞬、胸の奥が静かに波打つ。
だが、それは動揺ではない。
「お通しして」
そう答えた自分の声が、思った以上に落ち着いていることに、シルフィーネは気づいた。
*
応接間に現れたライオネルは、どこか緊張した面持ちだった。
「……突然、すまない」
「いえ。ご用件は?」
彼女は、椅子に腰掛けたまま、立ち上がらなかった。
その距離感が、すでに以前とは違う。
「昨夜は……」
言葉を探すように視線を泳がせ、やがて彼は切り出した。
「本当に、驚いた。君が……あんなにも」
言い淀んだ末に、口にした言葉は。
「……美しくなっているとは、思わなかった」
その瞬間、シルフィーネの中で、何かが静かに定まった。
――やはり、そうなのね。
「それで?」
穏やかに促す。
「……正直に言う」
ライオネルは、意を決したように顔を上げた。
「私は、判断を誤ったのかもしれない。
もし、今の君を見ていたなら……」
その続きを、彼女は待たなかった。
「見かけが変わっても、中身は同じです」
静かな声だった。
だが、その一言に、確かな重みがある。
「……え?」
戸惑うライオネルを、まっすぐに見つめる。
「一年眠っても、私は何も変わっていません。
考え方も、価値観も、あなたへの向き合い方も」
そして、ゆっくりと続けた。
「それでも……あなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
空気が、凍りついた。
「ち、違う。私は……」
「いいえ」
はっきりと遮る。
「もし違うのなら、
昨日のあなたの最初の言葉は“無事でよかった”だったはずです」
その指摘に、ライオネルは言葉を失う。
「美しくなった、ではなく。
生きていてよかった、でもなく。
――変わらない君で安心した、でもない」
彼女は、穏やかに、だが一切の情を込めずに言った。
「あなたが見ていたのは、“今の私”だけ。
それ以前の私は、存在していなかった」
ライオネルの顔色が、みるみるうちに失われていく。
「……そんな、つもりでは……」
「つもり、ではないのでしょうね」
だからこそ、厄介なのだ。
「ですが、それが答えです」
シルフィーネは、ゆっくりと立ち上がった。
「私は、あなたを責めません。
ただ――戻ることも、ありません」
その言葉は、宣告だった。
「……シルフィーネ」
「どうか、アメリア様を大切になさってください」
丁寧な言葉遣い。
しかし、そこに未練はない。
「それが、あなたの選んだ未来でしょう?」
沈黙が、長く続いた。
やがて、ライオネルは深く俯いた。
「……失礼する」
それだけを言い残し、彼は部屋を去っていった。
*
扉が閉まったあと。
シルフィーネは、そっと息を吐いた。
胸の奥に、痛みはない。
あるのは、静かな納得だけ。
「……終わったのね」
過去は、きちんと過去になった。
窓の外では、朝の風が庭を揺らしている。
新しい一日が、始まっていた。
――私はもう、外見で測られる場所には戻らない。
そう、はっきりと心に刻みながら、
シルフィーネは次の一歩へと、静かに視線を向けた。
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