『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第16話 外見しか見ていない人

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 夜会の翌朝。

 シルフィーネは、いつもより早く目を覚ましていた。
 窓から差し込む朝の光は穏やかで、昨夜の喧騒が嘘のように静かだ。

「……夢では、なかったのね」

 小さく呟き、ベッドから身を起こす。
 身体はすっかり回復している。だが、心の奥には、まだ整理しきれない感情が残っていた。

 ――ライオネル。
 ――エドワルド王太子。

 二人の視線は、あまりにも対照的だった。



 朝食を終え、書斎で本を読んでいると、マリアが少し困った顔で入ってきた。

「お嬢様……お取り次ぎしてよろしいでしょうか」

 その言い方で、誰か分かってしまう。

「……ライオネル様、です」

 ほんの一瞬、胸の奥が静かに波打つ。
 だが、それは動揺ではない。

「お通しして」

 そう答えた自分の声が、思った以上に落ち着いていることに、シルフィーネは気づいた。



 応接間に現れたライオネルは、どこか緊張した面持ちだった。

「……突然、すまない」

「いえ。ご用件は?」

 彼女は、椅子に腰掛けたまま、立ち上がらなかった。
 その距離感が、すでに以前とは違う。

「昨夜は……」

 言葉を探すように視線を泳がせ、やがて彼は切り出した。

「本当に、驚いた。君が……あんなにも」

 言い淀んだ末に、口にした言葉は。

「……美しくなっているとは、思わなかった」

 その瞬間、シルフィーネの中で、何かが静かに定まった。

 ――やはり、そうなのね。

「それで?」

 穏やかに促す。

「……正直に言う」

 ライオネルは、意を決したように顔を上げた。

「私は、判断を誤ったのかもしれない。
 もし、今の君を見ていたなら……」

 その続きを、彼女は待たなかった。

「見かけが変わっても、中身は同じです」

 静かな声だった。

 だが、その一言に、確かな重みがある。

「……え?」

 戸惑うライオネルを、まっすぐに見つめる。

「一年眠っても、私は何も変わっていません。
 考え方も、価値観も、あなたへの向き合い方も」

 そして、ゆっくりと続けた。

「それでも……あなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」

 空気が、凍りついた。

「ち、違う。私は……」

「いいえ」

 はっきりと遮る。

「もし違うのなら、
 昨日のあなたの最初の言葉は“無事でよかった”だったはずです」

 その指摘に、ライオネルは言葉を失う。

「美しくなった、ではなく。
 生きていてよかった、でもなく。
 ――変わらない君で安心した、でもない」

 彼女は、穏やかに、だが一切の情を込めずに言った。

「あなたが見ていたのは、“今の私”だけ。
 それ以前の私は、存在していなかった」

 ライオネルの顔色が、みるみるうちに失われていく。

「……そんな、つもりでは……」

「つもり、ではないのでしょうね」

 だからこそ、厄介なのだ。

「ですが、それが答えです」

 シルフィーネは、ゆっくりと立ち上がった。

「私は、あなたを責めません。
 ただ――戻ることも、ありません」

 その言葉は、宣告だった。

「……シルフィーネ」

「どうか、アメリア様を大切になさってください」

 丁寧な言葉遣い。
 しかし、そこに未練はない。

「それが、あなたの選んだ未来でしょう?」

 沈黙が、長く続いた。

 やがて、ライオネルは深く俯いた。

「……失礼する」

 それだけを言い残し、彼は部屋を去っていった。



 扉が閉まったあと。

 シルフィーネは、そっと息を吐いた。

 胸の奥に、痛みはない。
 あるのは、静かな納得だけ。

「……終わったのね」

 過去は、きちんと過去になった。

 窓の外では、朝の風が庭を揺らしている。
 新しい一日が、始まっていた。

 ――私はもう、外見で測られる場所には戻らない。

 そう、はっきりと心に刻みながら、
 シルフィーネは次の一歩へと、静かに視線を向けた。
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