『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第17話 選ばれなかった者たち

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第17話 選ばれなかった者たち

 ライオネルが去った応接間には、静寂だけが残っていた。

 シルフィーネは、しばらくその場に立ったまま、何も考えずに窓の外を眺めていた。
 胸の奥に痛みはない。
 あるのは、静かに区切りがついたという実感だけだった。

「……やっと、ですね」

 小さく呟くと、背後で扉が控えめに叩かれる。

「お嬢様……」

 マリアだった。
 その表情は、どこか緊張している。

「何か、ありましたか?」

「王都からの使者が……それから、公爵様がお呼びです」

 ――もう、動き始めたのね。



 書斎では、公爵と公爵夫人が待っていた。

「ライオネルが来ていたそうだな」

「ええ」

 隠す必要はない。

「……どうだった?」

 父の問いは、結果ではなく、娘の心を気遣うものだった。

「きちんと、終わらせました」

 その言葉に、公爵は深く息を吐き、ゆっくりと頷いた。

「そうか」

 それ以上は聞かない。
 それが、父なりの信頼だった。

 そして、話題は自然と次に移る。

「王都の様子だが……」

 公爵の声が、少しだけ低くなる。

「アメリア伯爵令嬢の周辺が、騒がしくなっている」

 シルフィーネは、わずかに目を細めた。

「噂、ですか?」

「噂だけでは済まなくなりつつある」

 公爵は、書類を一枚差し出した。

「例の夜会の日、階段付近にいた者たちの証言が、ようやく揃った」

 そこに書かれていたのは、断片的だが一致する内容。

 ――背後に、アメリアがいた。
 ――言い争うような声が聞こえた。
 ――次の瞬間、シルフィーネが落ちた。

「……そう」

 それだけを呟く。

 怒りは湧かない。
 復讐心も、ない。

 ただ、事実が事実として、形を取り始めているだけだ。

「お前が目覚めたことで、
 この件を“なかったこと”にはできなくなった」

 公爵夫人が、静かに言った。

「そして……」

 公爵は、少し間を置いて続ける。

「裏で糸を引いていた貴族派閥も、動揺している」

 婚約破棄。
 事故。
 眠り続ける公爵令嬢。

 すべてが、都合よく重なりすぎていた。

「……私は、何もしません」

 シルフィーネは、はっきりと言った。

「事実が明らかになるなら、それで十分です」

 誰かを追い詰めたいわけではない。
 ただ、自分が踏みにじられた理由が、曖昧なまま終わるのは嫌だった。

「……それでいい」

 公爵は、静かに頷いた。

「お前は、もう“守られるだけの存在”ではない」



 その日の夕方。

 シルフィーネは庭を歩いていた。
 身体を慣らすための、短い散策。

 風に揺れる木々の間で、ふと立ち止まる。

「……不思議ですね」

 かつて、自分を見下し、切り捨てた人々が、
 今になって慌ただしく足元を固め始めている。

 自分は、何もしていない。
 変わったのは、外見と――立場だけ。

 それなのに。

「選ばれなかったのは……私ではなく、あなたたち」

 誰に向けるでもなく、そう呟いた。

 人は、自分が“選ばなかった”と思っている間は、優位に立った気でいられる。
 だが、実際には――
 自分が選ばれていなかったことに、後から気づくのだ。

 ライオネルも。
 アメリアも。
 そして、裏で糸を引いていた者たちも。

 彼らは皆、
 シルフィーネという人間を、最初から選ばなかった。

 だから今、彼女に選ばれない現実に、耐えられなくなっている。

 庭の奥で、鳥が羽ばたいた。

 シルフィーネは、その音を聞きながら、静かに微笑む。

 復讐は、しない。
 ざまぁ、と笑うこともない。

 ただ――前に進む。

 それだけで、
 十分すぎるほどの答えなのだから。
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