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第20話 国境の向こう側
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第20話 国境の向こう側
馬車の揺れが、微かに変わった。
舗装の質が変わったのだと、シルフィーネはすぐに気づく。
硬く、無駄のない道――維持に手間を惜しまない国の姿勢が、そのまま表れている。
「……国境を越えました」
護衛の低い声が、車内に届いた。
ノルディア王国。
その名を頭で反芻しながら、シルフィーネは背筋を伸ばす。
ここから先は、客人であり、同時に――観察される存在だ。
*
国境の関所は、驚くほど静かだった。
無駄な装飾はなく、整然と配置された兵士たちが、必要な動きだけを見せている。
形式的な確認を終えると、責任者らしき将校が一歩前に出た。
「公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク殿。
ノルディア王国を代表し、歓迎いたします」
丁寧で、過不足のない口調。
媚びも、過剰な敬意もない。
「ご厚情、感謝いたします」
シルフィーネは、同じ温度で応じた。
この国では、過度な感情表現は評価されない。
――そう、直感的に理解する。
*
王都へ向かう道中、景色は一変した。
機能性を重視した街並み。
整った区画。
行き交う人々の足取りは速いが、荒さはない。
「……活気がありますね」
思わず漏らすと、同乗していたノルディア側の随行官が小さく頷いた。
「必要なものが、必要な場所にある。
それだけのことです」
簡潔な答え。
だが、その背後にある自信は、はっきりと伝わってくる。
*
王城に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。
壮麗だが、威圧的ではない。
力を誇示するためではなく、統治のための城――そんな印象を受ける。
「……落ち着く、わね」
思わず呟いた言葉に、自分でも驚いた。
初めての場所。
初めての国。
それなのに、不思議と息がしやすい。
*
客室へ案内され、ひと息ついた直後。
控えめなノックが響いた。
「シルフィーネ殿。
王太子殿下が、短いご挨拶の時間を頂きたいと」
早い。
だが、唐突ではない。
「……承知しました」
身支度を整え、案内された小広間。
そこに立っていたのは、夜会で会ったままの――
落ち着いた佇まいの青年だった。
「遠路、ようこそ」
エドワルドは、正式な礼を取る。
「旅の疲れは?」
「思ったほどではありません」
率直に答えると、彼は小さく笑った。
「それは何よりです。
形式ばった歓迎は、後日に回しました」
――この国らしい。
「今夜は、顔合わせだけで十分でしょう」
彼の視線は、変わらずまっすぐだった。
値踏みではない。
確認でもない。
「ここでは、あなたを“元婚約者に捨てられた令嬢”としては扱いません」
はっきりと、そう告げる。
「一人の賓客として。
そして――対等な話し相手として」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。
「……ありがとうございます」
短く答えると、エドワルドは頷いた。
「今夜は、ゆっくり休んでください。
本当の話は、明日からです」
それは、試される予告であり、
同時に――信頼の証でもあった。
*
客室に戻り、扉が閉まる。
シルフィーネは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ここから、なのね」
過去を引きずらず、
外見に頼らず、
肩書きに甘えず。
国境の向こう側で始まるのは、
“選ばれる物語”ではない。
――選び合う物語だ。
その予感を胸に、
彼女は静かに夜を迎えた。
馬車の揺れが、微かに変わった。
舗装の質が変わったのだと、シルフィーネはすぐに気づく。
硬く、無駄のない道――維持に手間を惜しまない国の姿勢が、そのまま表れている。
「……国境を越えました」
護衛の低い声が、車内に届いた。
ノルディア王国。
その名を頭で反芻しながら、シルフィーネは背筋を伸ばす。
ここから先は、客人であり、同時に――観察される存在だ。
*
国境の関所は、驚くほど静かだった。
無駄な装飾はなく、整然と配置された兵士たちが、必要な動きだけを見せている。
形式的な確認を終えると、責任者らしき将校が一歩前に出た。
「公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク殿。
ノルディア王国を代表し、歓迎いたします」
丁寧で、過不足のない口調。
媚びも、過剰な敬意もない。
「ご厚情、感謝いたします」
シルフィーネは、同じ温度で応じた。
この国では、過度な感情表現は評価されない。
――そう、直感的に理解する。
*
王都へ向かう道中、景色は一変した。
機能性を重視した街並み。
整った区画。
行き交う人々の足取りは速いが、荒さはない。
「……活気がありますね」
思わず漏らすと、同乗していたノルディア側の随行官が小さく頷いた。
「必要なものが、必要な場所にある。
それだけのことです」
簡潔な答え。
だが、その背後にある自信は、はっきりと伝わってくる。
*
王城に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。
壮麗だが、威圧的ではない。
力を誇示するためではなく、統治のための城――そんな印象を受ける。
「……落ち着く、わね」
思わず呟いた言葉に、自分でも驚いた。
初めての場所。
初めての国。
それなのに、不思議と息がしやすい。
*
客室へ案内され、ひと息ついた直後。
控えめなノックが響いた。
「シルフィーネ殿。
王太子殿下が、短いご挨拶の時間を頂きたいと」
早い。
だが、唐突ではない。
「……承知しました」
身支度を整え、案内された小広間。
そこに立っていたのは、夜会で会ったままの――
落ち着いた佇まいの青年だった。
「遠路、ようこそ」
エドワルドは、正式な礼を取る。
「旅の疲れは?」
「思ったほどではありません」
率直に答えると、彼は小さく笑った。
「それは何よりです。
形式ばった歓迎は、後日に回しました」
――この国らしい。
「今夜は、顔合わせだけで十分でしょう」
彼の視線は、変わらずまっすぐだった。
値踏みではない。
確認でもない。
「ここでは、あなたを“元婚約者に捨てられた令嬢”としては扱いません」
はっきりと、そう告げる。
「一人の賓客として。
そして――対等な話し相手として」
その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。
「……ありがとうございます」
短く答えると、エドワルドは頷いた。
「今夜は、ゆっくり休んでください。
本当の話は、明日からです」
それは、試される予告であり、
同時に――信頼の証でもあった。
*
客室に戻り、扉が閉まる。
シルフィーネは、ゆっくりと息を吐いた。
「……ここから、なのね」
過去を引きずらず、
外見に頼らず、
肩書きに甘えず。
国境の向こう側で始まるのは、
“選ばれる物語”ではない。
――選び合う物語だ。
その予感を胸に、
彼女は静かに夜を迎えた。
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