『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第20話 国境の向こう側

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第20話 国境の向こう側

 馬車の揺れが、微かに変わった。

 舗装の質が変わったのだと、シルフィーネはすぐに気づく。
 硬く、無駄のない道――維持に手間を惜しまない国の姿勢が、そのまま表れている。

「……国境を越えました」

 護衛の低い声が、車内に届いた。

 ノルディア王国。
 その名を頭で反芻しながら、シルフィーネは背筋を伸ばす。

 ここから先は、客人であり、同時に――観察される存在だ。



 国境の関所は、驚くほど静かだった。

 無駄な装飾はなく、整然と配置された兵士たちが、必要な動きだけを見せている。
 形式的な確認を終えると、責任者らしき将校が一歩前に出た。

「公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク殿。
 ノルディア王国を代表し、歓迎いたします」

 丁寧で、過不足のない口調。
 媚びも、過剰な敬意もない。

「ご厚情、感謝いたします」

 シルフィーネは、同じ温度で応じた。

 この国では、過度な感情表現は評価されない。
 ――そう、直感的に理解する。



 王都へ向かう道中、景色は一変した。

 機能性を重視した街並み。
 整った区画。
 行き交う人々の足取りは速いが、荒さはない。

「……活気がありますね」

 思わず漏らすと、同乗していたノルディア側の随行官が小さく頷いた。

「必要なものが、必要な場所にある。
 それだけのことです」

 簡潔な答え。
 だが、その背後にある自信は、はっきりと伝わってくる。



 王城に到着したのは、日が傾き始めた頃だった。

 壮麗だが、威圧的ではない。
 力を誇示するためではなく、統治のための城――そんな印象を受ける。

「……落ち着く、わね」

 思わず呟いた言葉に、自分でも驚いた。

 初めての場所。
 初めての国。

 それなのに、不思議と息がしやすい。



 客室へ案内され、ひと息ついた直後。

 控えめなノックが響いた。

「シルフィーネ殿。
 王太子殿下が、短いご挨拶の時間を頂きたいと」

 早い。
 だが、唐突ではない。

「……承知しました」

 身支度を整え、案内された小広間。

 そこに立っていたのは、夜会で会ったままの――
 落ち着いた佇まいの青年だった。

「遠路、ようこそ」

 エドワルドは、正式な礼を取る。

「旅の疲れは?」

「思ったほどではありません」

 率直に答えると、彼は小さく笑った。

「それは何よりです。
 形式ばった歓迎は、後日に回しました」

 ――この国らしい。

「今夜は、顔合わせだけで十分でしょう」

 彼の視線は、変わらずまっすぐだった。
 値踏みではない。
 確認でもない。

「ここでは、あなたを“元婚約者に捨てられた令嬢”としては扱いません」

 はっきりと、そう告げる。

「一人の賓客として。
 そして――対等な話し相手として」

 その言葉に、胸の奥が静かに温かくなる。

「……ありがとうございます」

 短く答えると、エドワルドは頷いた。

「今夜は、ゆっくり休んでください。
 本当の話は、明日からです」

 それは、試される予告であり、
 同時に――信頼の証でもあった。



 客室に戻り、扉が閉まる。

 シルフィーネは、ゆっくりと息を吐いた。

「……ここから、なのね」

 過去を引きずらず、
 外見に頼らず、
 肩書きに甘えず。

 国境の向こう側で始まるのは、
 “選ばれる物語”ではない。

 ――選び合う物語だ。

 その予感を胸に、
 彼女は静かに夜を迎えた。
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