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第19話 出立の前に
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第19話 出立の前に
ノルディア王国への招待を受ける――
その返書を出した翌日から、公爵邸は静かな慌ただしさに包まれていた。
旅程の調整。
護衛の選定。
礼装の準備。
どれも形式的なものではあるが、その一つひとつが「国家間の訪問」であることを示している。
「……ずいぶん、大事になってしまいましたね」
シルフィーネは、仕立て直し中のドレスを前に、思わず苦笑した。
「当然でございます」
マリアは、きっぱりと言う。
「お嬢様は、ノルディア王国の王太子殿下から正式に招かれた“賓客”なのですから」
その言葉に、胸の奥がわずかに引き締まる。
賓客。
それは、守られる存在であると同時に、
見られる存在でもある。
*
出立を数日後に控えたある午後。
書斎に、王都からの報告が届いた。
「……アメリア伯爵令嬢が、事情聴取を受けている?」
シルフィーネは、書類に目を落としながら、淡々と確認した。
「はい。あくまで“参考人”としてですが」
執事の声は慎重だ。
「階段事故の件について、証言の食い違いが多く……」
「そう」
それ以上、感想は述べなかった。
彼女の中で、その件はすでに整理がついている。
誰かが罰を受けることを望んでいるわけではない。
ただ、真実が闇に沈むのが嫌なだけ。
「ライオネル様のご家でも……動きがあるようです」
「……」
その名に、反応はしなかった。
関心がないわけではない。
ただ、もう自分の進む道とは重ならない。
「必要以上の報告は、結構です」
そう告げると、執事は静かに一礼して下がった。
*
その夜。
シルフィーネは、ひとり庭に出ていた。
旅立つ前に、この場所を目に焼き付けておきたかった。
「……変わらないですね」
庭は、いつもと同じ。
風の匂いも、石畳の冷たさも。
――変わったのは、私。
それとも、
世界の方なのだろうか。
足を止め、夜空を仰ぐ。
「……怖くないと言えば、嘘です」
異国。
王太子。
政略。
そこに、感情が絡む可能性もある。
だが、同時に。
「……楽しみ、でもある」
自分で選んだ道の先に、何があるのか。
それを知りたい。
ただ、それだけだ。
*
翌朝。
公爵夫妻とともに、簡素な朝食を取る。
「無理はするな」
「分かっています」
「困ったことがあれば、すぐに連絡を」
「はい」
一つひとつの言葉が、温かい。
守られている、という実感。
だが、同時に――送り出される、という感覚。
「……行ってまいります」
そう告げる声は、震えていなかった。
この家を出るのは、逃げではない。
戻る場所があるからこそ、踏み出せる。
シルフィーネは、玄関に立ち、深く一礼する。
――過去を置いていくためではない。
――未来を迎えに行くために。
その一歩は、確かに――
彼女自身の意思で踏み出されたものだった。
馬車が動き出す。
窓の外で、公爵邸が少しずつ遠ざかっていく。
シルフィーネは、静かに前を見つめていた。
次に待つのは、異国の地。
そして、試されるのは――
肩書きでも、美貌でもない、彼女自身。
ノルディア王国への招待を受ける――
その返書を出した翌日から、公爵邸は静かな慌ただしさに包まれていた。
旅程の調整。
護衛の選定。
礼装の準備。
どれも形式的なものではあるが、その一つひとつが「国家間の訪問」であることを示している。
「……ずいぶん、大事になってしまいましたね」
シルフィーネは、仕立て直し中のドレスを前に、思わず苦笑した。
「当然でございます」
マリアは、きっぱりと言う。
「お嬢様は、ノルディア王国の王太子殿下から正式に招かれた“賓客”なのですから」
その言葉に、胸の奥がわずかに引き締まる。
賓客。
それは、守られる存在であると同時に、
見られる存在でもある。
*
出立を数日後に控えたある午後。
書斎に、王都からの報告が届いた。
「……アメリア伯爵令嬢が、事情聴取を受けている?」
シルフィーネは、書類に目を落としながら、淡々と確認した。
「はい。あくまで“参考人”としてですが」
執事の声は慎重だ。
「階段事故の件について、証言の食い違いが多く……」
「そう」
それ以上、感想は述べなかった。
彼女の中で、その件はすでに整理がついている。
誰かが罰を受けることを望んでいるわけではない。
ただ、真実が闇に沈むのが嫌なだけ。
「ライオネル様のご家でも……動きがあるようです」
「……」
その名に、反応はしなかった。
関心がないわけではない。
ただ、もう自分の進む道とは重ならない。
「必要以上の報告は、結構です」
そう告げると、執事は静かに一礼して下がった。
*
その夜。
シルフィーネは、ひとり庭に出ていた。
旅立つ前に、この場所を目に焼き付けておきたかった。
「……変わらないですね」
庭は、いつもと同じ。
風の匂いも、石畳の冷たさも。
――変わったのは、私。
それとも、
世界の方なのだろうか。
足を止め、夜空を仰ぐ。
「……怖くないと言えば、嘘です」
異国。
王太子。
政略。
そこに、感情が絡む可能性もある。
だが、同時に。
「……楽しみ、でもある」
自分で選んだ道の先に、何があるのか。
それを知りたい。
ただ、それだけだ。
*
翌朝。
公爵夫妻とともに、簡素な朝食を取る。
「無理はするな」
「分かっています」
「困ったことがあれば、すぐに連絡を」
「はい」
一つひとつの言葉が、温かい。
守られている、という実感。
だが、同時に――送り出される、という感覚。
「……行ってまいります」
そう告げる声は、震えていなかった。
この家を出るのは、逃げではない。
戻る場所があるからこそ、踏み出せる。
シルフィーネは、玄関に立ち、深く一礼する。
――過去を置いていくためではない。
――未来を迎えに行くために。
その一歩は、確かに――
彼女自身の意思で踏み出されたものだった。
馬車が動き出す。
窓の外で、公爵邸が少しずつ遠ざかっていく。
シルフィーネは、静かに前を見つめていた。
次に待つのは、異国の地。
そして、試されるのは――
肩書きでも、美貌でもない、彼女自身。
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