『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第24話 試されるのは沈黙

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第24話 試されるのは沈黙

 その日は、予定にない招集から始まった。

「……急で申し訳ありません」

 エドワルドの側近が、そう前置きして告げる。

「執務官会議の一部に、同席していただけないでしょうか」

 同席。
 参加ではない。

 その言葉の選び方に、シルフィーネは一瞬だけ考え、頷いた。

「承知しました」

 ――見る役。
 そして、問われるなら答える役。



 会議室は、驚くほど簡素だった。

 長い卓の周りに集まるのは、年齢も立場も異なる者たち。
 だが、誰一人として無駄な言葉を口にしない。

 議題は、隣接する地方で起きた水路整備の遅延。
 資金配分と人員の再配置が、焦点だった。

「……追加の徴税は、反発を招きます」

「だが、現行の予算では足りない」

 意見が交わされる。
 声は低く、感情は抑えられている。

 シルフィーネは、黙って聞いていた。

 求められているのは、感想ではない。
 まして、同調でもない。

 ――沈黙の質。

 それを、見られている気がした。



 議論は、次第に膠着する。

 どの案も、一長一短。
 決定打に欠ける。

 そのとき、エドワルドが視線を向けてきた。

「……シルフィーネ殿」

 名を呼ばれ、室内の空気がわずかに動く。

「意見を、伺っても?」

 全員の視線が集まる。
 だが、威圧はない。

 ただ――期待と、警戒。

 彼女は、深く息を吸った。

「……前提を、ひとつ確認してもよろしいですか」

 静かな声だった。

「この水路整備は、
 “完成を急ぐべき事業”でしょうか。
 それとも、“長期的に維持すべき基盤”でしょうか」

 一瞬の沈黙。

 やがて、年配の執務官が答える。

「後者だ」

「……ならば」

 シルフィーネは、言葉を続けた。

「短期的な不足を、恒常的な負担で埋めるのは、適切ではありません」

 視線を、卓上の資料に落とす。

「一時的な人員再配置と、
 完成時期の段階的延長を組み合わせるべきです」

 誰かが、眉をひそめる。

「遅延は、評価を下げる」

「“失敗”と“延期”は、同義ではありません」

 きっぱりとした言葉。

「維持を前提とする事業なら、
 完成時の評価より、十年後の安定が重要です」

 沈黙が落ちる。

 重くはない。
 考えるための、沈黙だ。



 やがて、エドワルドが口を開いた。

「……反論は?」

 誰も、すぐには答えなかった。

 否定できない。
 だが、全面的に賛成するにも、慎重になる。

 その空気を、彼女は感じ取っていた。

 ――ここで、押してはいけない。

 シルフィーネは、それ以上何も言わなかった。

 補足もしない。
 自己弁護もしない。

 ただ、黙る。

 その沈黙が、
 彼女の意見に“余白”を与えた。



 会議後。

 廊下で、エドワルドが並んで歩く。

「……見事でした」

「見事、ですか?」

「意見よりも、沈黙が」

 彼は、率直に言った。

「多くの者は、正しいと感じた瞬間、
 相手を説得しにかかる」

 だが、と続ける。

「あなたは、委ねた。
 考える時間を、相手に渡した」

 それは、支配ではない。
 対等な扱いだ。

「……黙るのは、勇気が要ります」

 シルフィーネは、正直に言った。

「ええ」

 エドワルドは頷く。

「だからこそ、価値がある」



 客室に戻り、シルフィーネは椅子に腰を下ろした。

 心臓が、少し遅れて鼓動を早める。

「……疲れましたね」

 だが、不快な疲労ではない。

 自分の言葉が、
 誰かの思考を妨げず、
 考える材料として扱われた。

 それだけで、胸が満たされる。

 ――ここでは、
 声を張り上げなくてもいい。

 ――沈黙さえ、意味を持つ。

 その事実を、身体で理解した一日だった。

 シルフィーネは、静かに目を閉じる。

 この国で、
 自分は“飾り”にも、“象徴”にもならない。

 思考する存在として、そこに立てる。

 それを、確かに感じていた。
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