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第24話 試されるのは沈黙
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第24話 試されるのは沈黙
その日は、予定にない招集から始まった。
「……急で申し訳ありません」
エドワルドの側近が、そう前置きして告げる。
「執務官会議の一部に、同席していただけないでしょうか」
同席。
参加ではない。
その言葉の選び方に、シルフィーネは一瞬だけ考え、頷いた。
「承知しました」
――見る役。
そして、問われるなら答える役。
*
会議室は、驚くほど簡素だった。
長い卓の周りに集まるのは、年齢も立場も異なる者たち。
だが、誰一人として無駄な言葉を口にしない。
議題は、隣接する地方で起きた水路整備の遅延。
資金配分と人員の再配置が、焦点だった。
「……追加の徴税は、反発を招きます」
「だが、現行の予算では足りない」
意見が交わされる。
声は低く、感情は抑えられている。
シルフィーネは、黙って聞いていた。
求められているのは、感想ではない。
まして、同調でもない。
――沈黙の質。
それを、見られている気がした。
*
議論は、次第に膠着する。
どの案も、一長一短。
決定打に欠ける。
そのとき、エドワルドが視線を向けてきた。
「……シルフィーネ殿」
名を呼ばれ、室内の空気がわずかに動く。
「意見を、伺っても?」
全員の視線が集まる。
だが、威圧はない。
ただ――期待と、警戒。
彼女は、深く息を吸った。
「……前提を、ひとつ確認してもよろしいですか」
静かな声だった。
「この水路整備は、
“完成を急ぐべき事業”でしょうか。
それとも、“長期的に維持すべき基盤”でしょうか」
一瞬の沈黙。
やがて、年配の執務官が答える。
「後者だ」
「……ならば」
シルフィーネは、言葉を続けた。
「短期的な不足を、恒常的な負担で埋めるのは、適切ではありません」
視線を、卓上の資料に落とす。
「一時的な人員再配置と、
完成時期の段階的延長を組み合わせるべきです」
誰かが、眉をひそめる。
「遅延は、評価を下げる」
「“失敗”と“延期”は、同義ではありません」
きっぱりとした言葉。
「維持を前提とする事業なら、
完成時の評価より、十年後の安定が重要です」
沈黙が落ちる。
重くはない。
考えるための、沈黙だ。
*
やがて、エドワルドが口を開いた。
「……反論は?」
誰も、すぐには答えなかった。
否定できない。
だが、全面的に賛成するにも、慎重になる。
その空気を、彼女は感じ取っていた。
――ここで、押してはいけない。
シルフィーネは、それ以上何も言わなかった。
補足もしない。
自己弁護もしない。
ただ、黙る。
その沈黙が、
彼女の意見に“余白”を与えた。
*
会議後。
廊下で、エドワルドが並んで歩く。
「……見事でした」
「見事、ですか?」
「意見よりも、沈黙が」
彼は、率直に言った。
「多くの者は、正しいと感じた瞬間、
相手を説得しにかかる」
だが、と続ける。
「あなたは、委ねた。
考える時間を、相手に渡した」
それは、支配ではない。
対等な扱いだ。
「……黙るのは、勇気が要ります」
シルフィーネは、正直に言った。
「ええ」
エドワルドは頷く。
「だからこそ、価値がある」
*
客室に戻り、シルフィーネは椅子に腰を下ろした。
心臓が、少し遅れて鼓動を早める。
「……疲れましたね」
だが、不快な疲労ではない。
自分の言葉が、
誰かの思考を妨げず、
考える材料として扱われた。
それだけで、胸が満たされる。
――ここでは、
声を張り上げなくてもいい。
――沈黙さえ、意味を持つ。
その事実を、身体で理解した一日だった。
シルフィーネは、静かに目を閉じる。
この国で、
自分は“飾り”にも、“象徴”にもならない。
思考する存在として、そこに立てる。
それを、確かに感じていた。
その日は、予定にない招集から始まった。
「……急で申し訳ありません」
エドワルドの側近が、そう前置きして告げる。
「執務官会議の一部に、同席していただけないでしょうか」
同席。
参加ではない。
その言葉の選び方に、シルフィーネは一瞬だけ考え、頷いた。
「承知しました」
――見る役。
そして、問われるなら答える役。
*
会議室は、驚くほど簡素だった。
長い卓の周りに集まるのは、年齢も立場も異なる者たち。
だが、誰一人として無駄な言葉を口にしない。
議題は、隣接する地方で起きた水路整備の遅延。
資金配分と人員の再配置が、焦点だった。
「……追加の徴税は、反発を招きます」
「だが、現行の予算では足りない」
意見が交わされる。
声は低く、感情は抑えられている。
シルフィーネは、黙って聞いていた。
求められているのは、感想ではない。
まして、同調でもない。
――沈黙の質。
それを、見られている気がした。
*
議論は、次第に膠着する。
どの案も、一長一短。
決定打に欠ける。
そのとき、エドワルドが視線を向けてきた。
「……シルフィーネ殿」
名を呼ばれ、室内の空気がわずかに動く。
「意見を、伺っても?」
全員の視線が集まる。
だが、威圧はない。
ただ――期待と、警戒。
彼女は、深く息を吸った。
「……前提を、ひとつ確認してもよろしいですか」
静かな声だった。
「この水路整備は、
“完成を急ぐべき事業”でしょうか。
それとも、“長期的に維持すべき基盤”でしょうか」
一瞬の沈黙。
やがて、年配の執務官が答える。
「後者だ」
「……ならば」
シルフィーネは、言葉を続けた。
「短期的な不足を、恒常的な負担で埋めるのは、適切ではありません」
視線を、卓上の資料に落とす。
「一時的な人員再配置と、
完成時期の段階的延長を組み合わせるべきです」
誰かが、眉をひそめる。
「遅延は、評価を下げる」
「“失敗”と“延期”は、同義ではありません」
きっぱりとした言葉。
「維持を前提とする事業なら、
完成時の評価より、十年後の安定が重要です」
沈黙が落ちる。
重くはない。
考えるための、沈黙だ。
*
やがて、エドワルドが口を開いた。
「……反論は?」
誰も、すぐには答えなかった。
否定できない。
だが、全面的に賛成するにも、慎重になる。
その空気を、彼女は感じ取っていた。
――ここで、押してはいけない。
シルフィーネは、それ以上何も言わなかった。
補足もしない。
自己弁護もしない。
ただ、黙る。
その沈黙が、
彼女の意見に“余白”を与えた。
*
会議後。
廊下で、エドワルドが並んで歩く。
「……見事でした」
「見事、ですか?」
「意見よりも、沈黙が」
彼は、率直に言った。
「多くの者は、正しいと感じた瞬間、
相手を説得しにかかる」
だが、と続ける。
「あなたは、委ねた。
考える時間を、相手に渡した」
それは、支配ではない。
対等な扱いだ。
「……黙るのは、勇気が要ります」
シルフィーネは、正直に言った。
「ええ」
エドワルドは頷く。
「だからこそ、価値がある」
*
客室に戻り、シルフィーネは椅子に腰を下ろした。
心臓が、少し遅れて鼓動を早める。
「……疲れましたね」
だが、不快な疲労ではない。
自分の言葉が、
誰かの思考を妨げず、
考える材料として扱われた。
それだけで、胸が満たされる。
――ここでは、
声を張り上げなくてもいい。
――沈黙さえ、意味を持つ。
その事実を、身体で理解した一日だった。
シルフィーネは、静かに目を閉じる。
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自分は“飾り”にも、“象徴”にもならない。
思考する存在として、そこに立てる。
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