『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第25話 帰る場所、進む場所

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第25話 帰る場所、進む場所

 会議への同席から一夜明けた朝。

 シルフィーネは、久しぶりに何も予定のない時間を与えられていた。
 窓辺に立ち、ノルディアの街を見下ろす。

 規則正しく動く人々。
 必要な言葉だけが交わされ、無駄な視線が絡まない空気。

「……落ち着きますね」

 思わず、そう呟いていた。

 この国に来てから、自分が「飾られていない」ことに、何度も救われている。



 午前中、公爵家からの書簡が届いた。

 母の筆跡。
 開いた瞬間、懐かしい匂いがする気がした。

> 体調は大丈夫?
王都では、あなたの話題で持ちきりです。
けれど、不思議と心配はしていません。
今のあなたなら、大丈夫だと分かるから。



 短い文面。
 だが、そこには揺るぎない信頼があった。

「……帰る場所は、ちゃんとありますね」

 胸の奥が、じんわりと温かくなる。

 逃げてきたのではない。
 切り捨てたわけでもない。

 戻れる場所があるからこそ、
 前に進める。



 午後、エドワルドから呼び出しがあった。

 案内されたのは、城の中でも高台に近い回廊。
 外がよく見える場所だ。

「昨日の件ですが」

 彼は、唐突に切り出した。

「正式な決定は、数日後になります。
 ですが――あなたの意見は、確かに残りました」

 それは、評価ではない。
 事実の共有だ。

「……それで十分です」

 シルフィーネは、素直に答えた。

「採用されなくても、構いません。
 考える材料になったのなら」

 エドワルドは、少しだけ目を細めた。

「……やはり、欲がない」

「欲は、あります」

 否定する。

「ただ、“自分の存在を証明したい欲”ではありません」

 静かな言葉。

「私は、自分がどう在りたいかを確かめたいだけです」

 エドワルドは、しばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

「……あなたは、ここに留まることもできます」

 それは、試すような言葉だった。

「国として、立場を用意することも可能です」

 ――魅力的な提案。
 だが。

「即答は、できません」

 シルフィーネは、はっきりと言った。

「私には、まだ整理すべき過去と、
 見届けるべき結末があります」

 彼女は、視線を遠くに向ける。

 ライオネルのこと。
 アメリアのこと。
 そして、自分が生まれ育った国の行方。

「……逃げないのですね」

「ええ」

 エドワルドの言葉に、微笑みで返す。

「ここに来たのも、
 逃げるためではありませんから」



 夕暮れ。

 回廊を一人で歩きながら、シルフィーネは考えていた。

 ここは、心地よい場所だ。
 だが、だからこそ――。

「……選ばなければいけませんね」

 帰る場所と、進む場所。
 どちらも、捨てる必要はない。

 けれど、順番はある。

 今はまだ、
 自分の物語の途中なのだ。

 彼女は、ゆっくりと歩みを止め、深く息を吸った。

 この滞在は、
 終着点ではない。

 だが、確実に――
 次の選択肢を与えてくれた場所だった。

 シルフィーネは、その事実を胸に刻みながら、
 静かに夜へと向かっていった。
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