『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第27話 変わらぬ国、変わった私

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第27話 変わらぬ国、変わった私

 帰国の道中、馬車の中は静かだった。

 ノルディアでの滞在を思い返せば、胸の奥に穏やかな熱が残る。
 だが、同時に――これから向き合う現実の重さも、確かに感じていた。

「……逃げなかった」

 それだけで、心は少し軽い。



 国境を越え、自国の空気に触れた瞬間、懐かしさと同時に違和感が走った。

 ――同じ匂い。
 ――同じ景色。

 それなのに、息の仕方が、どこか違う。

 迎えに出ていた公爵家の馬車へ乗り換え、王都へ向かう。

「お嬢様、お帰りなさいませ」

 控えめな声で迎える使用人たち。
 礼は深く、距離は適切。

 以前と同じ対応のはずなのに、
 そこに混じる“慎重さ”を、シルフィーネは見逃さなかった。

「……ありがとうございます」

 穏やかに応じながら、内心で静かに頷く。

 ――ここは、まだ変わっていない。



 公爵邸に戻ると、父と母が揃って迎えてくれた。

「無事で何よりだ」

「おかえりなさい」

 短い言葉。
 だが、そこには確かな安堵がある。

「お疲れでしょう。今日は、ゆっくり休みなさい」

「はい」

 甘えることも、拒むこともしない。
 それが、今の自分にとって自然だった。



 翌日。

 王都の噂は、すでに届いていた。

「……ノルディアで、随分と評価が高かったそうですね」

 遠縁の貴族が、探るように言う。

「王太子殿下と、親しく話されていたとか」

 シルフィーネは、微笑んだまま答えた。

「必要な対話をしただけです」

 それ以上でも、それ以下でもない。

 相手は一瞬、拍子抜けしたような顔をし、
 やがて曖昧に笑った。

「……なるほど」

 ――分かっていない。

 だが、構わない。



 午後、公爵の書斎で、改めて話し合いの場が持たれた。

「アメリア伯爵令嬢の件だが」

 父の声は、淡々としている。

「証言が揃い、正式な調査に入ることになった」

 それは、避けられない流れだった。

「……私は、出る必要がありますか?」

「いいや」

 即答だった。

「お前が前に出れば、
 “感情的な復讐”と受け取られかねない」

 シルフィーネは、静かに頷く。

「……分かりました」

 ここで、声を張り上げる必要はない。

 真実は、
 声の大きさで決まるものではない。



 その夜。

 自室で一人、窓辺に立つ。

 見慣れた庭。
 変わらぬ夜風。

 けれど――。

「……もう、同じ場所には立てない」

 ノルディアで知った“対話”。
 沈黙の価値。
 対等であるという感覚。

 それらを知ってしまった今、
 以前の自分には戻れない。

 この国が変わるかどうかは、分からない。
 だが、自分は変わった。

 そして――。

「……決着を、つけましょう」

 婚約破棄の真相。
 事故の責任。
 踏みにじられた尊厳。

 それらを、騒がず、誇示せず、
 きちんと終わらせる。

 それが、次の一歩。

 シルフィーネは、静かにカーテンを閉めた。

 帰ってきたのは、過去の檻ではない。
 ――未来を選び直すための場所だ。

 その確信を胸に、
 彼女は、静かに夜を越えようとしていた。
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