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第27話 変わらぬ国、変わった私
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第27話 変わらぬ国、変わった私
帰国の道中、馬車の中は静かだった。
ノルディアでの滞在を思い返せば、胸の奥に穏やかな熱が残る。
だが、同時に――これから向き合う現実の重さも、確かに感じていた。
「……逃げなかった」
それだけで、心は少し軽い。
*
国境を越え、自国の空気に触れた瞬間、懐かしさと同時に違和感が走った。
――同じ匂い。
――同じ景色。
それなのに、息の仕方が、どこか違う。
迎えに出ていた公爵家の馬車へ乗り換え、王都へ向かう。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
控えめな声で迎える使用人たち。
礼は深く、距離は適切。
以前と同じ対応のはずなのに、
そこに混じる“慎重さ”を、シルフィーネは見逃さなかった。
「……ありがとうございます」
穏やかに応じながら、内心で静かに頷く。
――ここは、まだ変わっていない。
*
公爵邸に戻ると、父と母が揃って迎えてくれた。
「無事で何よりだ」
「おかえりなさい」
短い言葉。
だが、そこには確かな安堵がある。
「お疲れでしょう。今日は、ゆっくり休みなさい」
「はい」
甘えることも、拒むこともしない。
それが、今の自分にとって自然だった。
*
翌日。
王都の噂は、すでに届いていた。
「……ノルディアで、随分と評価が高かったそうですね」
遠縁の貴族が、探るように言う。
「王太子殿下と、親しく話されていたとか」
シルフィーネは、微笑んだまま答えた。
「必要な対話をしただけです」
それ以上でも、それ以下でもない。
相手は一瞬、拍子抜けしたような顔をし、
やがて曖昧に笑った。
「……なるほど」
――分かっていない。
だが、構わない。
*
午後、公爵の書斎で、改めて話し合いの場が持たれた。
「アメリア伯爵令嬢の件だが」
父の声は、淡々としている。
「証言が揃い、正式な調査に入ることになった」
それは、避けられない流れだった。
「……私は、出る必要がありますか?」
「いいや」
即答だった。
「お前が前に出れば、
“感情的な復讐”と受け取られかねない」
シルフィーネは、静かに頷く。
「……分かりました」
ここで、声を張り上げる必要はない。
真実は、
声の大きさで決まるものではない。
*
その夜。
自室で一人、窓辺に立つ。
見慣れた庭。
変わらぬ夜風。
けれど――。
「……もう、同じ場所には立てない」
ノルディアで知った“対話”。
沈黙の価値。
対等であるという感覚。
それらを知ってしまった今、
以前の自分には戻れない。
この国が変わるかどうかは、分からない。
だが、自分は変わった。
そして――。
「……決着を、つけましょう」
婚約破棄の真相。
事故の責任。
踏みにじられた尊厳。
それらを、騒がず、誇示せず、
きちんと終わらせる。
それが、次の一歩。
シルフィーネは、静かにカーテンを閉めた。
帰ってきたのは、過去の檻ではない。
――未来を選び直すための場所だ。
その確信を胸に、
彼女は、静かに夜を越えようとしていた。
帰国の道中、馬車の中は静かだった。
ノルディアでの滞在を思い返せば、胸の奥に穏やかな熱が残る。
だが、同時に――これから向き合う現実の重さも、確かに感じていた。
「……逃げなかった」
それだけで、心は少し軽い。
*
国境を越え、自国の空気に触れた瞬間、懐かしさと同時に違和感が走った。
――同じ匂い。
――同じ景色。
それなのに、息の仕方が、どこか違う。
迎えに出ていた公爵家の馬車へ乗り換え、王都へ向かう。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
控えめな声で迎える使用人たち。
礼は深く、距離は適切。
以前と同じ対応のはずなのに、
そこに混じる“慎重さ”を、シルフィーネは見逃さなかった。
「……ありがとうございます」
穏やかに応じながら、内心で静かに頷く。
――ここは、まだ変わっていない。
*
公爵邸に戻ると、父と母が揃って迎えてくれた。
「無事で何よりだ」
「おかえりなさい」
短い言葉。
だが、そこには確かな安堵がある。
「お疲れでしょう。今日は、ゆっくり休みなさい」
「はい」
甘えることも、拒むこともしない。
それが、今の自分にとって自然だった。
*
翌日。
王都の噂は、すでに届いていた。
「……ノルディアで、随分と評価が高かったそうですね」
遠縁の貴族が、探るように言う。
「王太子殿下と、親しく話されていたとか」
シルフィーネは、微笑んだまま答えた。
「必要な対話をしただけです」
それ以上でも、それ以下でもない。
相手は一瞬、拍子抜けしたような顔をし、
やがて曖昧に笑った。
「……なるほど」
――分かっていない。
だが、構わない。
*
午後、公爵の書斎で、改めて話し合いの場が持たれた。
「アメリア伯爵令嬢の件だが」
父の声は、淡々としている。
「証言が揃い、正式な調査に入ることになった」
それは、避けられない流れだった。
「……私は、出る必要がありますか?」
「いいや」
即答だった。
「お前が前に出れば、
“感情的な復讐”と受け取られかねない」
シルフィーネは、静かに頷く。
「……分かりました」
ここで、声を張り上げる必要はない。
真実は、
声の大きさで決まるものではない。
*
その夜。
自室で一人、窓辺に立つ。
見慣れた庭。
変わらぬ夜風。
けれど――。
「……もう、同じ場所には立てない」
ノルディアで知った“対話”。
沈黙の価値。
対等であるという感覚。
それらを知ってしまった今、
以前の自分には戻れない。
この国が変わるかどうかは、分からない。
だが、自分は変わった。
そして――。
「……決着を、つけましょう」
婚約破棄の真相。
事故の責任。
踏みにじられた尊厳。
それらを、騒がず、誇示せず、
きちんと終わらせる。
それが、次の一歩。
シルフィーネは、静かにカーテンを閉めた。
帰ってきたのは、過去の檻ではない。
――未来を選び直すための場所だ。
その確信を胸に、
彼女は、静かに夜を越えようとしていた。
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