『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第36話 自分の言葉で立つ

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第36話 自分の言葉で立つ

 翌朝、シルフィーネは城内の小さな会議室に呼ばれていた。

 とはいえ、正式な会議ではない。
 集まっているのは、エドワルドの側近数名と、実務官が二人。

 ――“評価の場”ではないと、空気が語っていた。



「本日は、
 殿下の提案でお時間をいただきました」

 年配の実務官が、穏やかに切り出す。

「我々は、
 あなたを“未来の妃候補”としてではなく、
 “一人の対話者”として招いています」

 シルフィーネは、静かに頷いた。

「承知しています」

 だからこそ、ここにいる。



 議題は、難しいものではなかった。

 近年、ノルディアに流入する移民への対応。
 労働力としての受け入れと、文化摩擦。

 どの国でも起こりうる問題だ。

「……率直に伺います」

 若い実務官が、少し緊張した様子で言う。

「もし、あなたがこの国に留まるなら、
 この問題をどう捉えますか?」

 仮定の話。
 だが、試す意図は隠していない。

 シルフィーネは、すぐには答えなかった。

 考える時間を、遠慮なく使う。

「……私なら」

 ゆっくりと、言葉を選ぶ。

「“解決する側”に、
 自分を置こうとは思いません」

 側近の一人が、わずかに眉を動かす。

「なぜですか?」

「私は、
 この国で育った人間ではないからです」

 当然の事実を、当然のように言う。

「外から来た者が、
 正解を示すことはできません」

 だが、と続けた。

「だからこそ、
 “問いを整理する役”にはなれると思います」



「整理、ですか」

「ええ」

 シルフィーネは、視線を一人一人に向ける。

「受け入れるか、拒むか、ではなく――
 “どこで摩擦が起きているのか”を
 言葉にする」

 沈黙が落ちる。

 それは、拒絶ではない。

「移民の側か、
 受け入れる側か、
 どちらが悪いかを決める前に」

 一拍、置く。

「何が不安で、
 何が誤解で、
 何が制度の不足なのか」

 それを、
 “誰の言葉で語るか”が重要だ。



「……あなたは、
 随分と距離を取りますね」

 年配の実務官が、興味深そうに言った。

「ええ」

 肯定する。

「感情的な正義は、
 一時的には心地よいですが、
 長くは続きません」

 それは、
 彼女自身が学んできたことだった。

「私は、
 拍手される役割よりも、
 摩擦を減らす役割を選びます」



 しばらくして、エドワルドが口を開いた。

「……十分です」

 それ以上、掘り下げない。

 評価も、賛辞もない。

 だが、その沈黙こそが、
 何よりの答えだった。



 会が終わり、廊下を歩きながら、
 エドワルドが隣に並ぶ。

「……疲れましたか?」

「少し」

 正直に答える。

「でも、
 自分の言葉で立てました」

 その言葉に、彼は微笑んだ。

「それが、一番大切です」



 客室に戻り、シルフィーネは深く息を吐いた。

 誰かの代弁ではない。
 誰かの期待でもない。

 自分の言葉で考え、
 自分の距離感で関わる。

「……私は」

 小さく呟く。

「もう、
 “誰かに合わせて立つ場所”には戻れない」

 それは、
 孤立ではない。

 自立だ。

 そしてその感覚は、
 彼女に静かな確信を与えていた。

 ――この先、どんな選択をしても、
 私は、私の言葉で立てる。

 その事実こそが、
 何よりの支えになっていた。
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