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第35話 境界線を越えない約束
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第35話 境界線を越えない約束
その日の夕食は、静かな小広間で取られた。
侍従は最低限。
形式ばった配膳もなく、会話を妨げるものは何もない。
「……このような食事は、珍しいですね」
シルフィーネがそう言うと、エドワルドは肩をすくめた。
「決断を迫る場に、過剰な演出は不要です」
――“決断を迫る”。
その言葉が出たのに、圧迫感はなかった。
*
食事が進む中、話題は自然と逸れていく。
幼少期の教育。
本の好み。
失敗した判断の話。
どれも、互いを良く見せるための話ではない。
「……殿下は、ご自身の判断を後悔することは?」
シルフィーネの問いに、エドワルドは少し考えた。
「あります」
即答だった。
「ただし、
後悔を“なかったこと”にしようとはしません」
「……なぜですか」
「判断を誤った経験は、
次の選択の精度を上げる」
静かな言葉。
「それを隠すのは、
自分を過信することになる」
その姿勢に、彼女は小さく息を吐いた。
――この人は、
自分を大きく見せる必要がない。
*
食後、二人は庭園を歩いた。
夜の空気は冷たく、星がよく見える。
「……一つ、お願いがあります」
エドワルドが、歩みを止めて言った。
「何でしょうか」
「あなたに、
“結論を出す期限”を与えないでほしい」
一瞬、意味を測る。
「……私が、ですか?」
「ええ」
彼は、視線を外さずに続ける。
「期限は、
選択を歪めます」
それは、王太子としてではなく、
一人の人間としての言葉だった。
「あなたが選ぶなら、
完全にあなたの意思であってほしい」
シルフィーネは、胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。
「……分かりました」
短く、だが確かに答える。
「私も、一つだけ」
「どうぞ」
「殿下も、
私に“期待しすぎないでください”」
微笑みながら、はっきりと言う。
「私は、理想像ではありません」
エドワルドは、一瞬目を見開き、
やがて、穏やかに笑った。
「承知しています」
「本当に?」
「ええ」
迷いのない声。
「理想は、
対話の中で壊れるものですから」
*
二人は、庭の中央で立ち止まった。
距離は、近すぎない。
だが、遠くもない。
――境界線。
越えないことを、互いに理解している距離。
「……不思議ですね」
シルフィーネが呟く。
「何が?」
「誰かと、
境界線を保ったまま、
こんなに安心できるなんて」
エドワルドは、夜空を見上げた。
「越えないと決めた境界線は、
恐怖ではなく、信頼になります」
その言葉が、静かに胸に残る。
*
別れ際。
「今日は、ここまでにしましょう」
エドワルドが言う。
「ええ」
シルフィーネは頷いた。
触れ合いはない。
約束も、誓いもない。
だが、確かに交わされたものがある。
――互いの“踏み込まない意思”。
それが、これほど心強いとは、
彼女は思っていなかった。
客室へ戻る途中、
シルフィーネは小さく微笑んだ。
この関係は、
急がなくていい。
越えない約束があるからこそ、
進める未来がある。
そう、はっきりと感じていた。
その日の夕食は、静かな小広間で取られた。
侍従は最低限。
形式ばった配膳もなく、会話を妨げるものは何もない。
「……このような食事は、珍しいですね」
シルフィーネがそう言うと、エドワルドは肩をすくめた。
「決断を迫る場に、過剰な演出は不要です」
――“決断を迫る”。
その言葉が出たのに、圧迫感はなかった。
*
食事が進む中、話題は自然と逸れていく。
幼少期の教育。
本の好み。
失敗した判断の話。
どれも、互いを良く見せるための話ではない。
「……殿下は、ご自身の判断を後悔することは?」
シルフィーネの問いに、エドワルドは少し考えた。
「あります」
即答だった。
「ただし、
後悔を“なかったこと”にしようとはしません」
「……なぜですか」
「判断を誤った経験は、
次の選択の精度を上げる」
静かな言葉。
「それを隠すのは、
自分を過信することになる」
その姿勢に、彼女は小さく息を吐いた。
――この人は、
自分を大きく見せる必要がない。
*
食後、二人は庭園を歩いた。
夜の空気は冷たく、星がよく見える。
「……一つ、お願いがあります」
エドワルドが、歩みを止めて言った。
「何でしょうか」
「あなたに、
“結論を出す期限”を与えないでほしい」
一瞬、意味を測る。
「……私が、ですか?」
「ええ」
彼は、視線を外さずに続ける。
「期限は、
選択を歪めます」
それは、王太子としてではなく、
一人の人間としての言葉だった。
「あなたが選ぶなら、
完全にあなたの意思であってほしい」
シルフィーネは、胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。
「……分かりました」
短く、だが確かに答える。
「私も、一つだけ」
「どうぞ」
「殿下も、
私に“期待しすぎないでください”」
微笑みながら、はっきりと言う。
「私は、理想像ではありません」
エドワルドは、一瞬目を見開き、
やがて、穏やかに笑った。
「承知しています」
「本当に?」
「ええ」
迷いのない声。
「理想は、
対話の中で壊れるものですから」
*
二人は、庭の中央で立ち止まった。
距離は、近すぎない。
だが、遠くもない。
――境界線。
越えないことを、互いに理解している距離。
「……不思議ですね」
シルフィーネが呟く。
「何が?」
「誰かと、
境界線を保ったまま、
こんなに安心できるなんて」
エドワルドは、夜空を見上げた。
「越えないと決めた境界線は、
恐怖ではなく、信頼になります」
その言葉が、静かに胸に残る。
*
別れ際。
「今日は、ここまでにしましょう」
エドワルドが言う。
「ええ」
シルフィーネは頷いた。
触れ合いはない。
約束も、誓いもない。
だが、確かに交わされたものがある。
――互いの“踏み込まない意思”。
それが、これほど心強いとは、
彼女は思っていなかった。
客室へ戻る途中、
シルフィーネは小さく微笑んだ。
この関係は、
急がなくていい。
越えない約束があるからこそ、
進める未来がある。
そう、はっきりと感じていた。
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