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第34話 距離を測る時間
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第34話 距離を測る時間
翌朝、ノルディアの空は澄んでいた。
客室の窓から見える中庭では、兵士たちが規則正しく訓練を行っている。
その動きは無駄がなく、声も最低限だ。
「……やはり、この国は静かですね」
独り言のように呟き、シルフィーネは身支度を整えた。
今日は“対話の席”は設けられていない。
代わりに提示されたのは、城下の視察だった。
形式張った案内ではない。
同行者も最小限。
――距離を測るための時間。
*
「王城の外をご覧になるのは、初めてでしたか?」
エドワルドは、並んで歩きながら問いかける。
「ええ。以前は、城内が中心でしたから」
「今回は、意図的に外にしました」
彼は、前を向いたまま言う。
「判断は、現場でしかできないことも多い」
その言葉に、シルフィーネは小さく頷いた。
*
城下は、落ち着いた活気に満ちていた。
市場では、商人と客が静かに言葉を交わし、
値切り交渉も感情的にならない。
「……不思議ですね」
「何が?」
「人が多いのに、
“見られている”感じがしません」
エドワルドは、少し考えてから答えた。
「身分で測る文化が、薄いからでしょう」
「貴族と平民の区別は、ありますよね」
「ええ。ですが、それは役割の違いです」
上下ではない、と続ける。
「責任の重さが違うだけです」
その考え方は、
シルフィーネにとって新鮮だった。
*
途中、小さな工房に立ち寄った。
老職人が、工具を手に作業している。
「……視察中に、
こうした場所へ立ち寄るのは珍しいのでは?」
「必要な場所です」
即答だった。
「国は、城だけではありませんから」
職人は、エドワルドに気づくと、
軽く会釈しただけで、跪きはしない。
それを、誰も咎めない。
シルフィーネは、その光景を静かに見つめていた。
*
「……殿下」
歩きながら、彼女は口を開いた。
「この国で、
私が“役割を持たない存在”でいることは、
許されますか?」
唐突だが、本質的な問い。
「一定期間なら、問題ありません」
エドワルドは、率直に答える。
「ただし、
“何もしない自由”と
“責任を負わない自由”は、同義ではない」
厳しいが、誠実だ。
「役割を持たない期間も、
選択の一つとして尊重されます」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
*
視察を終え、城へ戻る道すがら。
二人の歩調は、自然と揃っていた。
沈黙が続いても、気まずさはない。
――距離が、近すぎない。
それが、心地よかった。
「……今日は、よく分かりました」
シルフィーネが言う。
「何が?」
「殿下が、
私に“合わせよう”としていないこと」
彼は、わずかに驚いた表情を見せ、
やがて微笑んだ。
「それは、誉め言葉でしょうか」
「ええ。とても」
*
客室に戻り、一人になる。
胸の奥で、何かが静かに定まっていく。
恋情ではない。
憧れでもない。
――尊重。
対等であることを、
言葉ではなく、距離で示される関係。
「……急がなくていいですね」
そう呟き、椅子に腰を下ろす。
ここでの時間は、
決断を迫るものではない。
自分が、どこまで踏み出せるかを
測るための時間だ。
シルフィーネは、窓の外の空を見上げた。
選択は、まだ先にある。
だが、その選択が
“誰かに決められるものではない”ことだけは、
もう確かだった。
翌朝、ノルディアの空は澄んでいた。
客室の窓から見える中庭では、兵士たちが規則正しく訓練を行っている。
その動きは無駄がなく、声も最低限だ。
「……やはり、この国は静かですね」
独り言のように呟き、シルフィーネは身支度を整えた。
今日は“対話の席”は設けられていない。
代わりに提示されたのは、城下の視察だった。
形式張った案内ではない。
同行者も最小限。
――距離を測るための時間。
*
「王城の外をご覧になるのは、初めてでしたか?」
エドワルドは、並んで歩きながら問いかける。
「ええ。以前は、城内が中心でしたから」
「今回は、意図的に外にしました」
彼は、前を向いたまま言う。
「判断は、現場でしかできないことも多い」
その言葉に、シルフィーネは小さく頷いた。
*
城下は、落ち着いた活気に満ちていた。
市場では、商人と客が静かに言葉を交わし、
値切り交渉も感情的にならない。
「……不思議ですね」
「何が?」
「人が多いのに、
“見られている”感じがしません」
エドワルドは、少し考えてから答えた。
「身分で測る文化が、薄いからでしょう」
「貴族と平民の区別は、ありますよね」
「ええ。ですが、それは役割の違いです」
上下ではない、と続ける。
「責任の重さが違うだけです」
その考え方は、
シルフィーネにとって新鮮だった。
*
途中、小さな工房に立ち寄った。
老職人が、工具を手に作業している。
「……視察中に、
こうした場所へ立ち寄るのは珍しいのでは?」
「必要な場所です」
即答だった。
「国は、城だけではありませんから」
職人は、エドワルドに気づくと、
軽く会釈しただけで、跪きはしない。
それを、誰も咎めない。
シルフィーネは、その光景を静かに見つめていた。
*
「……殿下」
歩きながら、彼女は口を開いた。
「この国で、
私が“役割を持たない存在”でいることは、
許されますか?」
唐突だが、本質的な問い。
「一定期間なら、問題ありません」
エドワルドは、率直に答える。
「ただし、
“何もしない自由”と
“責任を負わない自由”は、同義ではない」
厳しいが、誠実だ。
「役割を持たない期間も、
選択の一つとして尊重されます」
その言葉に、胸が少し軽くなる。
*
視察を終え、城へ戻る道すがら。
二人の歩調は、自然と揃っていた。
沈黙が続いても、気まずさはない。
――距離が、近すぎない。
それが、心地よかった。
「……今日は、よく分かりました」
シルフィーネが言う。
「何が?」
「殿下が、
私に“合わせよう”としていないこと」
彼は、わずかに驚いた表情を見せ、
やがて微笑んだ。
「それは、誉め言葉でしょうか」
「ええ。とても」
*
客室に戻り、一人になる。
胸の奥で、何かが静かに定まっていく。
恋情ではない。
憧れでもない。
――尊重。
対等であることを、
言葉ではなく、距離で示される関係。
「……急がなくていいですね」
そう呟き、椅子に腰を下ろす。
ここでの時間は、
決断を迫るものではない。
自分が、どこまで踏み出せるかを
測るための時間だ。
シルフィーネは、窓の外の空を見上げた。
選択は、まだ先にある。
だが、その選択が
“誰かに決められるものではない”ことだけは、
もう確かだった。
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