『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第34話 距離を測る時間

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第34話 距離を測る時間

 翌朝、ノルディアの空は澄んでいた。

 客室の窓から見える中庭では、兵士たちが規則正しく訓練を行っている。
 その動きは無駄がなく、声も最低限だ。

「……やはり、この国は静かですね」

 独り言のように呟き、シルフィーネは身支度を整えた。

 今日は“対話の席”は設けられていない。
 代わりに提示されたのは、城下の視察だった。

 形式張った案内ではない。
 同行者も最小限。

 ――距離を測るための時間。



「王城の外をご覧になるのは、初めてでしたか?」

 エドワルドは、並んで歩きながら問いかける。

「ええ。以前は、城内が中心でしたから」

「今回は、意図的に外にしました」

 彼は、前を向いたまま言う。

「判断は、現場でしかできないことも多い」

 その言葉に、シルフィーネは小さく頷いた。



 城下は、落ち着いた活気に満ちていた。

 市場では、商人と客が静かに言葉を交わし、
 値切り交渉も感情的にならない。

「……不思議ですね」

「何が?」

「人が多いのに、
 “見られている”感じがしません」

 エドワルドは、少し考えてから答えた。

「身分で測る文化が、薄いからでしょう」

「貴族と平民の区別は、ありますよね」

「ええ。ですが、それは役割の違いです」

 上下ではない、と続ける。

「責任の重さが違うだけです」

 その考え方は、
 シルフィーネにとって新鮮だった。



 途中、小さな工房に立ち寄った。

 老職人が、工具を手に作業している。

「……視察中に、
 こうした場所へ立ち寄るのは珍しいのでは?」

「必要な場所です」

 即答だった。

「国は、城だけではありませんから」

 職人は、エドワルドに気づくと、
 軽く会釈しただけで、跪きはしない。

 それを、誰も咎めない。

 シルフィーネは、その光景を静かに見つめていた。



「……殿下」

 歩きながら、彼女は口を開いた。

「この国で、
 私が“役割を持たない存在”でいることは、
 許されますか?」

 唐突だが、本質的な問い。

「一定期間なら、問題ありません」

 エドワルドは、率直に答える。

「ただし、
 “何もしない自由”と
 “責任を負わない自由”は、同義ではない」

 厳しいが、誠実だ。

「役割を持たない期間も、
 選択の一つとして尊重されます」

 その言葉に、胸が少し軽くなる。



 視察を終え、城へ戻る道すがら。

 二人の歩調は、自然と揃っていた。

 沈黙が続いても、気まずさはない。

 ――距離が、近すぎない。

 それが、心地よかった。

「……今日は、よく分かりました」

 シルフィーネが言う。

「何が?」

「殿下が、
 私に“合わせよう”としていないこと」

 彼は、わずかに驚いた表情を見せ、
 やがて微笑んだ。

「それは、誉め言葉でしょうか」

「ええ。とても」



 客室に戻り、一人になる。

 胸の奥で、何かが静かに定まっていく。

 恋情ではない。
 憧れでもない。

 ――尊重。

 対等であることを、
 言葉ではなく、距離で示される関係。

「……急がなくていいですね」

 そう呟き、椅子に腰を下ろす。

 ここでの時間は、
 決断を迫るものではない。

 自分が、どこまで踏み出せるかを
 測るための時間だ。

 シルフィーネは、窓の外の空を見上げた。

 選択は、まだ先にある。

 だが、その選択が
 “誰かに決められるものではない”ことだけは、
 もう確かだった。
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