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第39話 静かな変化
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第39話 静かな変化
帰国してから、数週間が過ぎた。
王都は相変わらず忙しなく、人々は噂を好み、肩書を測る。
けれど、シルフィーネの目には、それらが以前ほど刺さらなくなっていた。
「……同じ景色なのに」
自室の窓から眺める街並みは、確かに変わっていない。
変わったのは――自分の立ち方だった。
*
公爵邸では、彼女を取り巻く空気が、静かに変化していた。
過剰に気を遣われることもない。
かといって、軽んじられることもない。
「お嬢様、こちらの書類ですが……」
「ええ、拝見します」
使用人とのやり取りも、自然だ。
指示を出すのではなく、
確認し、判断し、共有する。
ノルディアで見た“役割としての対話”が、
無意識のうちに身についていた。
*
父の書斎で、領地の報告を一緒に確認する機会があった。
「……この件、どう思う?」
父は、久しぶりに意見を求めてきた。
形式ではない。
試す声でもない。
ただの、相談。
シルフィーネは、資料に目を通し、静かに答える。
「短期的には問題になりません。
ただ、三年後には必ず歪みが出ます」
「理由は?」
「現場の負担が、数値に反映されていないからです」
父は、少しだけ目を見開き、
やがて、深く頷いた。
「……そうだな」
それ以上の言葉はなかった。
だが、その沈黙は、
“一人前として扱われた証”だった。
*
社交の場でも、変化はあった。
以前なら、外見や噂を探る視線が集まっていただろう。
今は――。
「ノルディアでは、どのような議論が?」
「殿下は、どのようなお考えでした?」
聞かれるのは、内容だ。
誰の隣に立ったかではなく、
何を考え、どう答えたか。
それは、居心地がいい反面、
責任も伴う。
だが、逃げたいとは思わなかった。
*
夜、一人で紅茶を淹れる。
ふと、ノルディアの夜を思い出す。
静かな回廊。
境界線を越えない距離。
問いを尊重する眼差し。
「……不思議ですね」
誰かに会いたい、という感情はある。
だが、それは焦燥ではない。
選ばれたい欲でもない。
――確かめたい、という静かな願い。
*
机の引き出しから、白紙の便箋を取り出す。
すぐには書かない。
宛名も、まだ決めない。
けれど、ペンを握る手は、以前より確かだった。
「……私は」
小さく呟く。
「どこにいても、
ちゃんと立てるようになりました」
それは、完成ではない。
だが、確かな変化だ。
*
窓の外、王都の灯りが揺れる。
この場所でできること。
この場所だから見えること。
そして、
別の場所でしか選べない未来。
すべてを、天秤にかける必要はない。
必要なのは、
自分の足元を確かめ続けること。
シルフィーネは、静かに微笑んだ。
物語は、
もう“逆転”だけでは終わらない。
――これは、
自分の人生を、自分の速度で選び直す物語。
そして次が、
最後の問いになる。
彼女は、その予感を、
確かに感じ取っていた。
帰国してから、数週間が過ぎた。
王都は相変わらず忙しなく、人々は噂を好み、肩書を測る。
けれど、シルフィーネの目には、それらが以前ほど刺さらなくなっていた。
「……同じ景色なのに」
自室の窓から眺める街並みは、確かに変わっていない。
変わったのは――自分の立ち方だった。
*
公爵邸では、彼女を取り巻く空気が、静かに変化していた。
過剰に気を遣われることもない。
かといって、軽んじられることもない。
「お嬢様、こちらの書類ですが……」
「ええ、拝見します」
使用人とのやり取りも、自然だ。
指示を出すのではなく、
確認し、判断し、共有する。
ノルディアで見た“役割としての対話”が、
無意識のうちに身についていた。
*
父の書斎で、領地の報告を一緒に確認する機会があった。
「……この件、どう思う?」
父は、久しぶりに意見を求めてきた。
形式ではない。
試す声でもない。
ただの、相談。
シルフィーネは、資料に目を通し、静かに答える。
「短期的には問題になりません。
ただ、三年後には必ず歪みが出ます」
「理由は?」
「現場の負担が、数値に反映されていないからです」
父は、少しだけ目を見開き、
やがて、深く頷いた。
「……そうだな」
それ以上の言葉はなかった。
だが、その沈黙は、
“一人前として扱われた証”だった。
*
社交の場でも、変化はあった。
以前なら、外見や噂を探る視線が集まっていただろう。
今は――。
「ノルディアでは、どのような議論が?」
「殿下は、どのようなお考えでした?」
聞かれるのは、内容だ。
誰の隣に立ったかではなく、
何を考え、どう答えたか。
それは、居心地がいい反面、
責任も伴う。
だが、逃げたいとは思わなかった。
*
夜、一人で紅茶を淹れる。
ふと、ノルディアの夜を思い出す。
静かな回廊。
境界線を越えない距離。
問いを尊重する眼差し。
「……不思議ですね」
誰かに会いたい、という感情はある。
だが、それは焦燥ではない。
選ばれたい欲でもない。
――確かめたい、という静かな願い。
*
机の引き出しから、白紙の便箋を取り出す。
すぐには書かない。
宛名も、まだ決めない。
けれど、ペンを握る手は、以前より確かだった。
「……私は」
小さく呟く。
「どこにいても、
ちゃんと立てるようになりました」
それは、完成ではない。
だが、確かな変化だ。
*
窓の外、王都の灯りが揺れる。
この場所でできること。
この場所だから見えること。
そして、
別の場所でしか選べない未来。
すべてを、天秤にかける必要はない。
必要なのは、
自分の足元を確かめ続けること。
シルフィーネは、静かに微笑んだ。
物語は、
もう“逆転”だけでは終わらない。
――これは、
自分の人生を、自分の速度で選び直す物語。
そして次が、
最後の問いになる。
彼女は、その予感を、
確かに感じ取っていた。
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