『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第39話 静かな変化

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第39話 静かな変化

 帰国してから、数週間が過ぎた。

 王都は相変わらず忙しなく、人々は噂を好み、肩書を測る。
 けれど、シルフィーネの目には、それらが以前ほど刺さらなくなっていた。

「……同じ景色なのに」

 自室の窓から眺める街並みは、確かに変わっていない。
 変わったのは――自分の立ち方だった。



 公爵邸では、彼女を取り巻く空気が、静かに変化していた。

 過剰に気を遣われることもない。
 かといって、軽んじられることもない。

「お嬢様、こちらの書類ですが……」

「ええ、拝見します」

 使用人とのやり取りも、自然だ。

 指示を出すのではなく、
 確認し、判断し、共有する。

 ノルディアで見た“役割としての対話”が、
 無意識のうちに身についていた。



 父の書斎で、領地の報告を一緒に確認する機会があった。

「……この件、どう思う?」

 父は、久しぶりに意見を求めてきた。

 形式ではない。
 試す声でもない。

 ただの、相談。

 シルフィーネは、資料に目を通し、静かに答える。

「短期的には問題になりません。
 ただ、三年後には必ず歪みが出ます」

「理由は?」

「現場の負担が、数値に反映されていないからです」

 父は、少しだけ目を見開き、
 やがて、深く頷いた。

「……そうだな」

 それ以上の言葉はなかった。

 だが、その沈黙は、
 “一人前として扱われた証”だった。



 社交の場でも、変化はあった。

 以前なら、外見や噂を探る視線が集まっていただろう。
 今は――。

「ノルディアでは、どのような議論が?」

「殿下は、どのようなお考えでした?」

 聞かれるのは、内容だ。

 誰の隣に立ったかではなく、
 何を考え、どう答えたか。

 それは、居心地がいい反面、
 責任も伴う。

 だが、逃げたいとは思わなかった。



 夜、一人で紅茶を淹れる。

 ふと、ノルディアの夜を思い出す。

 静かな回廊。
 境界線を越えない距離。
 問いを尊重する眼差し。

「……不思議ですね」

 誰かに会いたい、という感情はある。
 だが、それは焦燥ではない。

 選ばれたい欲でもない。

 ――確かめたい、という静かな願い。



 机の引き出しから、白紙の便箋を取り出す。

 すぐには書かない。
 宛名も、まだ決めない。

 けれど、ペンを握る手は、以前より確かだった。

「……私は」

 小さく呟く。

「どこにいても、
 ちゃんと立てるようになりました」

 それは、完成ではない。
 だが、確かな変化だ。



 窓の外、王都の灯りが揺れる。

 この場所でできること。
 この場所だから見えること。

 そして、
 別の場所でしか選べない未来。

 すべてを、天秤にかける必要はない。

 必要なのは、
 自分の足元を確かめ続けること。

 シルフィーネは、静かに微笑んだ。

 物語は、
 もう“逆転”だけでは終わらない。

 ――これは、
 自分の人生を、自分の速度で選び直す物語。

 そして次が、
 最後の問いになる。

 彼女は、その予感を、
 確かに感じ取っていた。
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