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第3話 追放同然の処遇
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第3話 追放同然の処遇
翌朝、まだ日が高くなる前だった。
屋敷の玄関に、王家の紋章が刻まれた馬車が止まったと、侍女のマリアが知らせに来た。
その顔色を見ただけで、用件は察しがつく。
「……公式、ですね」
「はい。恐らく、昨夜の件に関する……」
私は静かに頷き、身支度を整えた。
派手なドレスは選ばない。淡い色の、控えめなものを。
――悲劇の令嬢は、装いも慎ましくあるべきだ。
応接室に通されたのは、王宮書記官と、その補佐役。
どちらも、私がこれまで何度も一緒に仕事をしてきた顔だった。
「エリーカ・フォルティス様」
書記官は形式通りに名を告げ、巻物を広げる。
「王太子殿下のご意向により、貴女は本日をもって王都を離れ、一定期間、社交活動を控えるよう命じられます」
――一定期間。
あいまいで、便利な言葉だ。
「滞在地につきましては、貴女の判断に委ねます。ただし――」
一瞬、書記官の視線が揺れた。
「王都近郊は、お控えください」
それを聞いて、私は内心で小さく息を吐いた。
(やはり、そう来ますか)
表向きは追放ではない。
だが実質的には、王宮の目の届かない場所へ行け、という命令だ。
「財産、爵位、家名については……?」
私が問いかけると、書記官は淡々と答えた。
「伯爵家としての身分は維持されます。
ただし、王家関連の役務、助言、顧問職はすべて解任となります」
その言葉に、補佐役がわずかに顔を強張らせた。
――そう。
私が担っていた仕事の大半は、「役務」ではなく「善意」だった。
それを切り捨てるということが、どういう意味を持つのか。
彼らは、まだ理解していない。
「承知いたしました」
私は穏やかに答え、深く一礼した。
あまりにもあっさりとした反応に、書記官が目を瞬かせる。
「……よろしいのですか?」
「はい」
それ以上、何か言う必要があるだろうか。
「王家のご判断に、異議はございません」
形式的で、完璧な返答。
だからこそ、彼らは少し戸惑ったようだった。
書記官が去ったあと、マリアが不安そうに私を見つめる。
「お嬢様……これから、どうなさるのですか」
私は窓の外に目を向けた。
王都の屋根が、朝日に照らされている。
「……そうですね」
少しだけ考え、答える。
「王都を離れます。できるだけ遠くへ」
「遠く、ですか?」
「ええ。できれば――」
一瞬、頭に浮かんだのは、地図の端にある国名。
「グラーツ公国」
マリアが息を呑んだ。
「あの、冷徹公爵が治めている……?」
「そう。だからこそ、いい」
政治的に中立。
実務主義。
感情より合理性を重んじる国。
(……今の私には、ちょうどいい)
誰にも期待されず、誰にも縛られない場所。
私は静かに立ち上がった。
「準備を始めましょう。必要最低限で構いません」
「ですが、お嬢様……」
「これは、逃避ではありません」
私ははっきりと言った。
「新しい生活のための、移動です」
マリアは一瞬黙り込み、やがて小さく頷いた。
こうして、
私は王都を去ることになった。
それが――
王国にとって、どれほど大きな損失になるのか。
まだ、誰も知らない。
---
翌朝、まだ日が高くなる前だった。
屋敷の玄関に、王家の紋章が刻まれた馬車が止まったと、侍女のマリアが知らせに来た。
その顔色を見ただけで、用件は察しがつく。
「……公式、ですね」
「はい。恐らく、昨夜の件に関する……」
私は静かに頷き、身支度を整えた。
派手なドレスは選ばない。淡い色の、控えめなものを。
――悲劇の令嬢は、装いも慎ましくあるべきだ。
応接室に通されたのは、王宮書記官と、その補佐役。
どちらも、私がこれまで何度も一緒に仕事をしてきた顔だった。
「エリーカ・フォルティス様」
書記官は形式通りに名を告げ、巻物を広げる。
「王太子殿下のご意向により、貴女は本日をもって王都を離れ、一定期間、社交活動を控えるよう命じられます」
――一定期間。
あいまいで、便利な言葉だ。
「滞在地につきましては、貴女の判断に委ねます。ただし――」
一瞬、書記官の視線が揺れた。
「王都近郊は、お控えください」
それを聞いて、私は内心で小さく息を吐いた。
(やはり、そう来ますか)
表向きは追放ではない。
だが実質的には、王宮の目の届かない場所へ行け、という命令だ。
「財産、爵位、家名については……?」
私が問いかけると、書記官は淡々と答えた。
「伯爵家としての身分は維持されます。
ただし、王家関連の役務、助言、顧問職はすべて解任となります」
その言葉に、補佐役がわずかに顔を強張らせた。
――そう。
私が担っていた仕事の大半は、「役務」ではなく「善意」だった。
それを切り捨てるということが、どういう意味を持つのか。
彼らは、まだ理解していない。
「承知いたしました」
私は穏やかに答え、深く一礼した。
あまりにもあっさりとした反応に、書記官が目を瞬かせる。
「……よろしいのですか?」
「はい」
それ以上、何か言う必要があるだろうか。
「王家のご判断に、異議はございません」
形式的で、完璧な返答。
だからこそ、彼らは少し戸惑ったようだった。
書記官が去ったあと、マリアが不安そうに私を見つめる。
「お嬢様……これから、どうなさるのですか」
私は窓の外に目を向けた。
王都の屋根が、朝日に照らされている。
「……そうですね」
少しだけ考え、答える。
「王都を離れます。できるだけ遠くへ」
「遠く、ですか?」
「ええ。できれば――」
一瞬、頭に浮かんだのは、地図の端にある国名。
「グラーツ公国」
マリアが息を呑んだ。
「あの、冷徹公爵が治めている……?」
「そう。だからこそ、いい」
政治的に中立。
実務主義。
感情より合理性を重んじる国。
(……今の私には、ちょうどいい)
誰にも期待されず、誰にも縛られない場所。
私は静かに立ち上がった。
「準備を始めましょう。必要最低限で構いません」
「ですが、お嬢様……」
「これは、逃避ではありません」
私ははっきりと言った。
「新しい生活のための、移動です」
マリアは一瞬黙り込み、やがて小さく頷いた。
こうして、
私は王都を去ることになった。
それが――
王国にとって、どれほど大きな損失になるのか。
まだ、誰も知らない。
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