完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました

鷹 綾

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第2話 泣く令嬢(演技)

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第2話 泣く令嬢(演技)

 王宮を出た瞬間、夜風が頬を撫でた。

 ついさっきまで、あれほど眩しかった魔導灯の光が、今はひどく遠く感じる。
 背後から聞こえてくるのは、好奇心と憐憫が混じった囁き声。

「可哀想に……」 「完璧すぎるのも罪なのね」 「でも、あの平民の子の方が可愛げはあるわ」

 ――ええ、そうでしょうとも。

 私は歩調を崩さぬよう、ゆっくりと回廊を進んだ。
 背筋を伸ばし、視線を伏せ、今にも泣き崩れそうな令嬢を完璧に演じながら。

(……さて)

 心の中で、静かに思考を切り替える。

(これで、責務はすべて終了)

 王太子妃候補としての義務。
 王国財務の裏整理。
 貴族間の調停。
 無理難題の後始末。

 すべて、今日この瞬間で、私の仕事ではなくなった。

「……エリーカ様」

 控えめな声に振り返ると、侍女のマリアが青い顔で立っていた。
 私付きとして派遣されていたが、今後どうなるかはわからない。

「ご無事で……よろしいのでしょうか」

 その言葉に、私は一瞬だけ迷った。
 だが、次の瞬間には目元を潤ませ、微笑んでみせる。

「ええ……少し、驚いただけよ」

 ――嘘は言っていない。
 驚きは、確かにあった。

「今後のことですが……」

「まだ、何も決まっていないわ」

 それもまた、事実だった。

 王都を離れろと言われた。
 だが、行き先までは指定されていない。
 最低限の身分も、爵位も、形式上は残っている。

(……思ったより、条件は悪くない)

 完全な追放ではない。
 つまり、私を切り捨てたつもりでも、王家はまだ私の価値を理解しきれていないということだ。

「今夜は、屋敷へ戻りましょう」

 私はそう告げ、馬車に乗り込んだ。

 カーテンを下ろした瞬間、外界の視線は遮断される。
 同時に――肩の力が、すとんと抜けた。

「……はぁ」

 思わず、ため息が漏れる。

 泣きたいほどの悲劇?
 いいえ。

 むしろ、胸の奥が軽い。

「終わりましたね、すべて」

 独り言のように呟くと、不思議と笑みがこぼれそうになるのを堪えた。

 もしここで、誰かに見られていたらどう思われるだろう。
 婚約破棄された直後の令嬢が、晴れやかな顔をしているなど。

(危ない危ない……)

 私は慌てて表情を引き締めた。

 屋敷に戻れば、使用人たちが待っている。
 哀れな主を気遣い、同情し、噂を広げるだろう。

 ――それでいい。

 今は、悲劇の令嬢でいればいい。

 馬車が屋敷の門をくぐると、案の定、使用人たちがざわめいた。

「お嬢様……」 「なんてことを……」

 私は一人ひとりに、丁寧に頭を下げた。

「ご心配をおかけして申し訳ありません。
 しばらく……静かに過ごしたいのです」

 その言葉は、彼らの同情を一層煽ったようだった。

 自室に戻り、扉を閉める。

 ようやく、完全な一人。

 私はドレスの裾を整え、椅子に腰掛けた。

 ――そして。

「……ふふ」

 小さく、誰にも聞かれないように笑う。

「本当に、ありがとうございました」

 誰に向けた言葉かは、自分でもよくわからない。
 王太子か。
 運命か。
 それとも、この状況そのものか。

 ただ一つ確かなのは――

(これからは、私の人生)

 もう、誰かの理想を演じる必要はない。
 私は私として、生きていく。

 そしてきっと、
 今日のこの決断を、彼らは後悔する。

 ――それは、少し先の話。

 今はただ、
 静かに次の一手を考える時間を楽しもう。


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