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おまけ(葬式と結婚式と冒険者登録と)
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ハンスの甥で今年25歳になるサムは夜間に行われたハンスの葬式に出席していた。
ハンスが赤ちゃんがえりしてから数年。毎日オムツを取り替え、体を拭いてやり、たまに絵本を読み聞かして過ごした。赤子となった伯父のハンスは以前とはうって変わっておりこうさんで、息をひきとるまで無垢な笑顔のまま最後を迎えた。サムはこれほど穏やかな気持ちを迎えたのも久々だった。親戚一同、やりきったという達成感もあった。
サムは葬式を終え、自宅に戻り、クローゼットから一張羅を取り出した。成人した時に誂えた礼服だ。安物だが貴族の結婚式に着ていけるのはこれくらいしかない。
朝になればヨハンとマリアの結婚式に出席する。サムは俺なんかを招待して大丈夫なのかと不安だったが、二人の結婚式は平民なども出席できる大聖堂で厳かに行われ、祝福の言葉を意味する赤と白の薔薇をまぜた花束も新郎新婦に喜んで受けとってもらえた。
「ロト男爵家の皆さまには今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました」
新婦新婦に寄り添うロト男爵夫妻とサムズ伯爵夫妻に挨拶して、サムは退席した。このあとは二次会に、と誘われたのだが丁重に断った。サムにはやることがあったのだ。
後日。
サムは冒険者ギルドにいた。
この世界のギルドとは職安に近い。
店の警備や売り子など、内容によるが冒険者でなくとも仕事を融通してもらえる場合がある。
サムは赤子になったハンスを看取るため、仕事を辞めていた。ギルドにきたのも、いま付き合っている恋人のリリーに会うためでもあったのだが、新たな仕事を求めてきたのだった。
サムは冒険者登録は十代の時に済ませていた。なので日銭でも稼げる簡単な仕事があれば紹介してもらおうと思った。
しかし受付にいた見覚えのある夫妻にサムは目が点になった。受付の職員がその夫妻を前にたじろいでいる。まるで美の女神と男神。いやその前に数日前まで息子の結婚式にいたロト夫妻がなんで若返ってギルドで冒険者登録してるの?とサムは頭が真っ白になった。
「お、お貴族様の冒険者登録は……可能ではありますが。60歳と50歳の新人冒険者の登録は、初めてでございます。本当にこの年齢で合っているのですか?」
「わたくし達はエルフの血を引いていてね、体を若返らせることが出来るの。今のわたくしは22歳の時の姿よ。体力的に全盛期だったの」
「私は25歳の時の姿に戻した。この頃が一番頭が冴えて素早く動けた気がする」
「な、なるほど! これは期待できますね! そういうことでしたら、さっそく登録を致しましょう!」
すげえ……と思いつつもサムはじりじりと後ずさった。しかし職探しはまた今度にしようと踵を返す直前に恋人に声をかけられ、結果、ロト夫妻に見つかってしまった。
「あらあ! サムじゃない!」
「こ、こんにちは~」
「奇遇だな。職を探しているのか?」
「あ、はい、まあ、その……あはは」
「そんなに固くなるな。ここは大聖堂じゃなくギルドだ。普通に接してくれ」
いや、伯父が散々迷惑をかけたロト夫妻だからこそ緊張しているのだが、そもそも平民の自分がお貴族様に普通に接するのは頼まれても難しい。
「よし、奇遇ついでにそこの酒場で一杯やろう」
「ええええ」
「あらあ、二次会は断ったんだからこれくらい付き合ってもらうわよ。なんせわたくし達、ギルドのことなにも知らないの」
「えええ……しかし領地経営も代替わりされたばかりで何故いきなり冒険者に? 隠居はされないのですか?」
「わたくし達は出会った頃には互いに仕事に夢に忙しなかったから、これからは二人の青春を取り戻そうと思っているのっ。だからサム、色々教えて頂戴ねっ」
その日はロト夫妻に三軒ほど奢ってもらった。
そして後日。
なんとサムは冒険者登録を済ませたロト夫妻に依頼を選ぶ時の手解きをしていた。
仕事も探さず何やってんだろ、自分……と思いつつも今まで世話になった罪滅ぼしだと思えば頑張れた。
「元騎士でもあるセシル様には今度開かれるジュニア狩猟大会の補佐をして頂きます。参加するのは全員貴族ですが、まだ弓や剣の扱いにも慣れていないお子さん達が殆どなので、先ずはセシル様が狩猟して、解体して、最後は皆で食べる所までやってもらいます。とにかく安全第一で」
「……ふむ。最近ではそんな催しがあるのか。私の子供時代には父上が馬にまたがり狐狩りの手解きを受けたものだが……まあ、狩猟は得意だ。やってみよう」
「あと現在医師のセラス様には劇薬の輸送、その際の護衛と薬品の安全管理を担ってもらいます」
「あら、それは薬師庵で働いていた時に何度も経験したわ。任せて頂戴」
ロト夫妻はサムが選んできた依頼をほいほいと片付けていく。
「サムは仕事選びが上手いな!」
「ほんと、流石わたくし達のマネージャーね!」
こんな事を続けていく内に、サムはいつの間にかマネージャーにされていた。おまけにロト夫妻は依頼料の二割をサムに渡してくれる。
先月のロト夫妻が稼いだ報酬は金貨三桁はあった。その二割がサムの報酬となるが、それは既に平民の年収に値する額だ。
それから数年。
「最近の父上と母上はどうだ? 元気に冒険者をやっているのか?」
「セシル様とセラス様は去年二人だけのクランを立ち上げたのですが、そこに引退した騎士団長が加わって、あと除隊した軍医の方も加わって、更にはその子供達も集まって今や大所帯のクランになっています。いやはや、人生なにがあるか解らないものですね」
「そうか。元気ならいいんだ。それよりサム、妻がメメント氏のイラスト童話集を欲しがっていたのだが、発行数が少なく手に入らないんだ。伝手はないか?」
「ああ、その本なら殆どが神殿に寄贈という形で渡ったので、そのうち貸し出しという形で王立図書館に入ってきますよ。予約しておきましょうか?」
「ああ。流石は当家の家令だ。仕事が早い」
サムはセシルとセラスのマネージャーをする内に、いつの間にかロト男爵家の家令にもされていた。マリアが妊娠した頃には乳母の手配を頼まれ、その辺りからなんかおかしいなと思いはじめていたのだが、既に税金が引かれた給金書が発行されていて親戚も妻も「お貴族様の家令とは大出世だ!」と歓喜していたのでもういいやと流されておいた。
人生なにがあるか解らないものである。
【終】
ハンスが赤ちゃんがえりしてから数年。毎日オムツを取り替え、体を拭いてやり、たまに絵本を読み聞かして過ごした。赤子となった伯父のハンスは以前とはうって変わっておりこうさんで、息をひきとるまで無垢な笑顔のまま最後を迎えた。サムはこれほど穏やかな気持ちを迎えたのも久々だった。親戚一同、やりきったという達成感もあった。
サムは葬式を終え、自宅に戻り、クローゼットから一張羅を取り出した。成人した時に誂えた礼服だ。安物だが貴族の結婚式に着ていけるのはこれくらいしかない。
朝になればヨハンとマリアの結婚式に出席する。サムは俺なんかを招待して大丈夫なのかと不安だったが、二人の結婚式は平民なども出席できる大聖堂で厳かに行われ、祝福の言葉を意味する赤と白の薔薇をまぜた花束も新郎新婦に喜んで受けとってもらえた。
「ロト男爵家の皆さまには今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました」
新婦新婦に寄り添うロト男爵夫妻とサムズ伯爵夫妻に挨拶して、サムは退席した。このあとは二次会に、と誘われたのだが丁重に断った。サムにはやることがあったのだ。
後日。
サムは冒険者ギルドにいた。
この世界のギルドとは職安に近い。
店の警備や売り子など、内容によるが冒険者でなくとも仕事を融通してもらえる場合がある。
サムは赤子になったハンスを看取るため、仕事を辞めていた。ギルドにきたのも、いま付き合っている恋人のリリーに会うためでもあったのだが、新たな仕事を求めてきたのだった。
サムは冒険者登録は十代の時に済ませていた。なので日銭でも稼げる簡単な仕事があれば紹介してもらおうと思った。
しかし受付にいた見覚えのある夫妻にサムは目が点になった。受付の職員がその夫妻を前にたじろいでいる。まるで美の女神と男神。いやその前に数日前まで息子の結婚式にいたロト夫妻がなんで若返ってギルドで冒険者登録してるの?とサムは頭が真っ白になった。
「お、お貴族様の冒険者登録は……可能ではありますが。60歳と50歳の新人冒険者の登録は、初めてでございます。本当にこの年齢で合っているのですか?」
「わたくし達はエルフの血を引いていてね、体を若返らせることが出来るの。今のわたくしは22歳の時の姿よ。体力的に全盛期だったの」
「私は25歳の時の姿に戻した。この頃が一番頭が冴えて素早く動けた気がする」
「な、なるほど! これは期待できますね! そういうことでしたら、さっそく登録を致しましょう!」
すげえ……と思いつつもサムはじりじりと後ずさった。しかし職探しはまた今度にしようと踵を返す直前に恋人に声をかけられ、結果、ロト夫妻に見つかってしまった。
「あらあ! サムじゃない!」
「こ、こんにちは~」
「奇遇だな。職を探しているのか?」
「あ、はい、まあ、その……あはは」
「そんなに固くなるな。ここは大聖堂じゃなくギルドだ。普通に接してくれ」
いや、伯父が散々迷惑をかけたロト夫妻だからこそ緊張しているのだが、そもそも平民の自分がお貴族様に普通に接するのは頼まれても難しい。
「よし、奇遇ついでにそこの酒場で一杯やろう」
「ええええ」
「あらあ、二次会は断ったんだからこれくらい付き合ってもらうわよ。なんせわたくし達、ギルドのことなにも知らないの」
「えええ……しかし領地経営も代替わりされたばかりで何故いきなり冒険者に? 隠居はされないのですか?」
「わたくし達は出会った頃には互いに仕事に夢に忙しなかったから、これからは二人の青春を取り戻そうと思っているのっ。だからサム、色々教えて頂戴ねっ」
その日はロト夫妻に三軒ほど奢ってもらった。
そして後日。
なんとサムは冒険者登録を済ませたロト夫妻に依頼を選ぶ時の手解きをしていた。
仕事も探さず何やってんだろ、自分……と思いつつも今まで世話になった罪滅ぼしだと思えば頑張れた。
「元騎士でもあるセシル様には今度開かれるジュニア狩猟大会の補佐をして頂きます。参加するのは全員貴族ですが、まだ弓や剣の扱いにも慣れていないお子さん達が殆どなので、先ずはセシル様が狩猟して、解体して、最後は皆で食べる所までやってもらいます。とにかく安全第一で」
「……ふむ。最近ではそんな催しがあるのか。私の子供時代には父上が馬にまたがり狐狩りの手解きを受けたものだが……まあ、狩猟は得意だ。やってみよう」
「あと現在医師のセラス様には劇薬の輸送、その際の護衛と薬品の安全管理を担ってもらいます」
「あら、それは薬師庵で働いていた時に何度も経験したわ。任せて頂戴」
ロト夫妻はサムが選んできた依頼をほいほいと片付けていく。
「サムは仕事選びが上手いな!」
「ほんと、流石わたくし達のマネージャーね!」
こんな事を続けていく内に、サムはいつの間にかマネージャーにされていた。おまけにロト夫妻は依頼料の二割をサムに渡してくれる。
先月のロト夫妻が稼いだ報酬は金貨三桁はあった。その二割がサムの報酬となるが、それは既に平民の年収に値する額だ。
それから数年。
「最近の父上と母上はどうだ? 元気に冒険者をやっているのか?」
「セシル様とセラス様は去年二人だけのクランを立ち上げたのですが、そこに引退した騎士団長が加わって、あと除隊した軍医の方も加わって、更にはその子供達も集まって今や大所帯のクランになっています。いやはや、人生なにがあるか解らないものですね」
「そうか。元気ならいいんだ。それよりサム、妻がメメント氏のイラスト童話集を欲しがっていたのだが、発行数が少なく手に入らないんだ。伝手はないか?」
「ああ、その本なら殆どが神殿に寄贈という形で渡ったので、そのうち貸し出しという形で王立図書館に入ってきますよ。予約しておきましょうか?」
「ああ。流石は当家の家令だ。仕事が早い」
サムはセシルとセラスのマネージャーをする内に、いつの間にかロト男爵家の家令にもされていた。マリアが妊娠した頃には乳母の手配を頼まれ、その辺りからなんかおかしいなと思いはじめていたのだが、既に税金が引かれた給金書が発行されていて親戚も妻も「お貴族様の家令とは大出世だ!」と歓喜していたのでもういいやと流されておいた。
人生なにがあるか解らないものである。
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