婚約破棄は踊り続ける

お好み焼き

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おまけ(聖女は受け継がれていく)

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あれから約五年の歳月が経った。
今日は王城でルーベルバッハの養子実子、コルトバッハ王子に聖女サリーから祝福が授けられる日。その授与式にルーベルバッハの正妃として出席したルベデルカは見事な立ち振舞いで集まった貴族の前に姿を現した。

その足取りは大輪の花が微風で揺れ動くように優雅で美しく、赤い薔薇細工のティアラが腰まである黒髪に映えてえも言わぬ魅力を醸し出していた。それをエスコートするルーベルバッハは格式のある正装に身を包み、菩薩のように柔らかな笑みをルベデルカに向けていた。ここにくるまで色々あったが王太子として一皮剥けたような佇まいだった。

「お世継ぎを出産されてからようやく正妃のお披露目ですわね」
「正妃となるのがやたら遅かったから、産後の肥立ちがよろしくないと噂されていたが」
「血色は明るいですわね」

貴族達の囁きが行き交う中、二人は両陛下が座る玉座の外側両隣を位置取った。
そしてしばしの間を置いて、コルトバッハ王子を抱っこする国王と、その傍らで柔かな笑みを溢す王妃が現れた。

「皆の者、苦しゅうない、顔を上げてたもれ」
「さあコルトバッハ、皆に顔を見せてあげて」

貴族達の愛想笑いに包まれながら、コルトバッハはルーベルバッハにそっくりな顔で愛想を振り撒いた。

抱っこされたまま玉座にたどり着いたコルトバッハは何度か会場を見渡した。

「陛下、私のロザンナ婚約者が見当たらないのですが?」
「そう急ぐな。これからが正念場だぞ。なんとかお前も生き残ってくれ」
「?」

どういう意味だろうかとコルトバッハが陛下の言葉を考える間もなく、祝福を授けるため聖女サリーが現れた。
サリーは清廉な白い神衣を纏い、神官を引き連れ玉座の前で三礼のお辞儀をした。
コルトバッハも儀式に則った三礼を返し、祝福をかけてもらうためサリーの前に頭を垂らした。

「なんて美しいの……大公殿下にそっくりだけれど、やはり王太子殿下にも似ているわ」
「ありがとう存じます」

実はコルトバッハには真実は告げられていなかった。だから父親が大公であると疑いもしていなかったのだが、サリーのその言葉に照れた笑みを溢した。コルトバッハは大公の事が好きだったが、どちらかというとルーベルバッハの方が好きだった。養子とはいえ食べ物の好みも被っていて仕草の癖も自分自身を見ているようで、まるでルーベルバッハの方が本当の父親みたいだと、常々感じていたからだ。

「っ、可愛い……!」
「ふぎっ」

中腰になったサリーにぎゅっと抱き締められて胸に顔が埋まる。固くて鼻が痛い。しかしそれを顔には出さずにコルトバッハはやんわりと手でサリーを引き離した。そして少し離れた場所にいるロザンナ婚約者と目が合い、慌てて距離を置いた。

「照れちゃって可愛い……ねぇ知ってる?  聖女は次期国王に嫁ぐのが慣例なのよ」
「……あいにく養父はあれが不能でして」

ルーベルバッハは不能。自分が養子になった経緯は聞いていたのでコルトバッハはサリーにそう返したが、実は正妃とお盛んだということは、王城内の空気でなんとなく察していた。とくに正妃と寝所を共にした翌朝は、ルーベルバッハが上機嫌だからだ。しかしそれは目の前にいるサリーに悟られてはならないと、それもコルトバッハは感じていた。

「ええでも、これであなたは健康そのものだわ」
「え」

ポウと光に包まれ、祝福が授けられた。コルトバッハはサリーに三礼を返し、そこで祝福の儀は終了した。
この後は宴が催される。
音楽隊がピアノ演奏を始め、そこにチェロやヴァイオリンが加わっていく。

コルトバッハは壁で少し顔色が悪くなっていたロザンナを見つけ、ダンスかテラスで休憩をしないかと誘った。

「コルト殿下……わたくし、殿下の婚約者ですわよね?」
「え、そうだよ?  どうしたの?  もしかして誰かになにか言われた?」
「いえ……ダンス、お受けしますわ」

ロザンナは先ほどまで自分と同じく壁の花となっていたサリーに視線を向け、そして目を泳がせた。

手を繋ぎながらダンスフロアへ誘導する。

「あの、聖女様がコルト殿下に嫁ぐ可能性はあるんでしょうか?」
「……え。無いでしょ。親子程の年齢だよ。それに私はまだ5歳だ。ロザンナと結婚する、その頃には聖女様だって……」
「そう、ですわよね」

ロザンナはステップを踏みながらコルトバッハにリードを任せた。そして先ほどサリーに言われた言葉が頭を過った。

『見た目の不老も聖女の力のひとつだから』
『いつでも子を生めるのよ』
『あたしは老いないもの』
『黒髪黒目だからって、調子に乗らないで』
『胸もぺたんこじゃない』

確かに聖女として力がある内は体の老いはない。おまけに多産も聖女の能力のひとつだ。見た目や胸に関しては、本当の事だから仕方ないとしても、自分はいつか聖女にコルトバッハを奪われてしまうのではないかと、その恐れがロザンナの足を絡ませた。

「きゃっ、」
「あ、危ない」

しっかりと受け止めてくれたコルトバッハに安堵したロザンナは不安を掻き消すように抱きついた。

「あぁ……ロザンナの体温は心地いいな」
「まあわたくしったら……申し訳ありません」
「いいよ。そのまま任せて」

それを見ていた音楽隊が気を利かせてスローテンポな曲に変更すると、コルトバッハは肩にロザンナの顔を乗せたまま予備歩を繰り返した。
ほう、とロザンナが息をつく。ダンスはそれほど得意ではないので、待っていてくれるコルトバッハに愛しさが込み上げた。だが持ち直しかけた刹那、憤怒の形相のサリーと目が合い、また足を絡ませた。

「きゃっ」
「はは、近くて緊張するね。でも楽しい」
「コ、コルト殿下……あ、あれ」
「うん?」

コルトバッハが振り返ると、笑顔のサリーがこちらに目を向けていた。

「聖女がどうしたんだい?」
「い、いえ……」

自分に向けられたあからさまな敵意に、ロザンナは泣きそうになりながらも歯を食い縛った。こちらだって婚約が決まった3歳の時から登城して、殿下に気に入られようと努力を重ねてきたのだ。あんなオバサンに負けない、絶対に。

『婚約を破棄しなさいよ』

するもんか。ロザンナはコルトバッハに抱きつきながらサリーを睨み返した。



それから約10年。

様々な苦難を乗り越えてコルトバッハの愛を勝ち取ったロザンナに、サリーが白旗をあげた。
その理由は、新たな聖女が現れたからだ。
次代の聖女が現れると、現役聖女の力が弱まる。若々しかったサリーは実年齢の姿と体になった。それが降伏の理由でもあった。

「……あの時は本当に危なかったな。しかし今思えば幾度となく要求された婚約破棄も、聖女の狂行も、全てロザンナと結ばれる為の試練だったと納得すればよい思い出だ」

ルーベルバッハとルベデルカは国王と王妃になり、コルトバッハは王太子となった。来週にはロザンナとの婚約式が行われる。その後は堅苦しい王城から学園の寮に移り、ロザンナと三年間の蜜月を過ごす。常に側仕えは居るが、サロンで二人きりになる事もできる。王族でも学生の内は多少は羽目を外しても許されるので、コルトバッハは未だ見ぬ学園ライフに夢と希望を募らせていた。

「そうですわね。しかし殿下、わたくし達と同学年になる新たな聖女も学園に入学してきますわ」
「……いや前のはどうみても奇行種だっただろう?  それに新たな聖女は男爵家の出身だ。王族の私と、公爵令嬢であるロザンナに何かするとは思えないが……」
「……そうだとよいのですが」
「…………」

ロザンナは憂いを帯びた目でシャンデリアを見上げた。

太后から「警戒せよ」と叩き込まれた聖女の生態と習性。
なんの因果か、奴等聖女は必ず次期国王に恋をするらしい。おまけに聖女の力は偉大だ。このふたつが聖女が次期国王に嫁ぐのが慣例となった要因でもある。
太后の時も聖女が現れた。しかし既に王太子妃だった太后はあらゆる先人の手記から聖女に関するものを先読みして聖女が王太子に出会う前に子を生んだ。それが今のルーベルバッハ陛下。
聖女が現れたからといって、既に世継ぎを生んだ王太子妃を慣例に則って追い出そうとする者はいなかった。よって聖女との対峙も防げた。だからこの時代の聖女は次期国王に恋をしていない。姿を見てもいないのだ。その後サリーが現れ、現在の両陛下は苦労したと聞かされた。

ロザンナはサリーの狂行に胃薬が手離せない日々を送っていた。しかし現在の王妃から賜った手コキの閨房術が勝機を呼んだ。
もう諦めて聖女と結婚するしか君を守る術はない、そう言い出したコルトバッハを思い留まらせたのも、手コキの武器があったからだ。
教育係である鬼のカイザー夫人の目を掻い潜り、つかの間の温室で、馬車での移動中に、庭同然の公爵邸で、様々な死角で手腕を発揮してきた。
これらを以てして諦めの境地にきていたコルトバッハの愛を繋ぎ止め、サリーを撃退してきた。

太后や王妃は協力的だが、先帝や陛下は聖女と接近しすぎると聖女がどう反応するか不安要素しかないので協力は仰げない。なんせサリーはルーベルバッハのみならずコルトバッハにも反応したのだから。なら今の聖女は……とロザンナの頭に警鐘が鳴った。



「ロザンナ・アリストダム公爵令嬢!  貴女とコルト殿下の婚約を、今この場を以てして破棄して頂きます!  その理由は、聖女であるあたしが次期国王となるコルト殿下に嫁ぐのが慣例だからです!」

学園で開かれた新入生歓迎の宴で、聖女マリーが高らかに宣言した。が、二人は居なかった。

「え……アリストダム様は」
「それにコルトバッハ様も、……なあ?」
「ああ、聖女様は何も知らないのかな?」

入学後、マリーの反応から色々察知して二人は交換留学生として既に隣国に旅立っていた。

「え、えっ、どういう事?  なんで殿下もアリストダム様もいないの?」

聖女マリーが探している二人の帰国は一年後の予定だ。その間に既成事実を作って蜜月を楽しむつもりでもいた。しかし交換留学とは隣国からも生徒が来るという事。そして王太子と公爵令嬢と交換で来たのは、隣国の皇太子と公爵令嬢だった。

これがまた運が悪かったとしか言えない。

何の因果か、聖女マリーはその皇太子に反応したのだ。

「あ、あたしは聖女です!  皇太子殿下なら、お国のため聖女が必要なのでは?」
「ちょっと貴女!  殿下はわたくしの婚約者ですのよ!  男爵令嬢など側妃にもなれませんわ!」
「あたしは多産の聖女です!  一人で後宮全員分の役目を果たせます!  側妃すらいりません!」
「な、なっ、ちょっと殿下、この不躾な令嬢になにか仰って!」
「…………大国からのかなり優遇された招待だったから怪しいとは思ったんだ。こういう事だったのか……ちょ、君、抱きつかないでくれ、っ」
「やだ照れちゃって可愛い」
「殿下から離れなさい!」
「貴女こそ早く婚約を破棄して下さい!」
「するわけないでしょ!  なに馬鹿なこと言ってるのよ!」

いつしか周りの生徒はドン引きして徐々に後退しだしていた。そういや今の陛下の時にもこんな事あったな、と教師陣がげっそりしていく。

こうして婚約破棄は踊り続けるのだ。



【終】
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