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5大公夫妻と踊り続ける③
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女孔明、もとい大公妃はとうとうルーベルバッハが王族然とした態度を崩して床を殴りながら愚図り出したので助け船を出したのだ。
「初めはわたくし達の息子を殿下の養子にと、周りから声が上がったのです。しかし両陛下は頷きませんでした。理由は解りますね?」
「…………っ、貴女は、その、お体が」
「ええそう。息子達もわたくしに似た体質だったから」
これは嘘ではない。
元気な大公妃が生んだ息子は全員元気だった。
「ルベデルカは健康そのもの。そして大公は王弟です。必然的にこの二人に国の後継を繋ぐ役割が与えられたのです。国に忠誠を誓う大公と、政略が義務の高位貴族なら、必ず役目を果たしてくれると、両陛下も苦渋の決断をしたのです」
「……あ、貴女はそれで納得したのですか?」
「言ったでしょう、わたくしは余命いくばくもない、と……それでも結婚して子を生みました。喜びを数えたらキリがない人生でした。だってお慕いする殿方と結ばれて、愛し愛されてきたもの。ならば残る余生、貴族として生まれたわたくしに出来る事は、国に貢献すること。そうではなくて?」
「……そう、です、けど……で、でも!」
「お黙りなさい。ルベデルカは十数年の歳月を妃教育に費やしてきた、何処へ出しても恥ずかしくない貴族令嬢の鑑です。更には王家の非情とも言える要求まで呑んでくれた。わたくしは経験したからこそ言えますが、女にとって出産は鬼門です。貴女は命懸けでその役目を果たそうとしているルベデルカから、子を奪い、代わりに育てると? さっきそう仰ったのよね? 子を奪われた未婚の令嬢が、再び殿下との婚約を台無しにされ、その後どうなるかなど、殿下の妃となることしか目的が無いその頭では考えが及ばなかったのではなくて?」
「…………っ、」
「ルベデルカと同じ役目を果たせるかと問われて咄嗟に目を反らした者が、『育ててあげる』などとそんな大それた事を。聞いていたこちらが呆れる程よ。王家の要求を呑む代わりにルベデルカは我が子に自分の乳を飲ませて自分の手で育てたいと床に額を擦り付けて両陛下に嘆願したのですよ! 貴女はそのルベデルカ以上に、生まれてきた子を幸せにする自信はあって!?」
「…………あ、りま、せ、っ」
殆どが嘘なのだが話の途中から既にサリーは聖剣を手放して膝を抱えてぼろぼろと泣いていた。そして「大丈夫、大丈夫だから」と言葉を繰り返しながら子をあやすように腹をさするルベデルカを見て、項垂れた。
ルーベルバッハはいまだに「無理」と繰り返しながら床を殴り続けている。それほど嫌なのだろう。
「あたしが、っ、間違って、ました」
サリーは床に額を擦り付け、大公妃に無礼を詫びた。
深く息を吐いた大公が妻を抱き起こし、ぎゅっと抱き締めた。その際、足でそっと危険物を端に寄せることも忘れない。
「ルーベ……いえ殿下、申し訳ありませんでした、っ」
サリーは虚ろに自分を見上げてきたルーベルバッハの前に膝をつき、血の滲む拳に治癒魔法を施した。これも聖女の力のひとつだ。
「サリー……わかってくれたの、か?」
「……はい。本当に、申し訳ありません」
サリーは頭を垂らして謝罪した。そして顔色が白いルベデルカに目を向け、母子共に負担をかけてしまったその心苦しさから祝福をかけた。ルベデルカの体がポウと柔らかな光に包まれ、血色を取り戻した。
「サリー様、今のは……?」
「五体満足の祝福です。シュレイド嬢、本当に……本当に申し訳ありませんでした! せめてものお詫びに、これから生まれてくるその子にも、いつか祝福をかけさせて下さい! あ、あたし……こんな事しか出来なくてっ……」
サリーは床に額を擦り付けて謝罪した。
ルベデルカとルーベルバッハ、そして大公夫妻は顔を見合わせ、ホッと息を吐いた。
「サリー様、ありがとうございます。その……これまでの事は水に流して新たな幸せを模索しましょう。わたくしもその手助けを致しますから」
「ルベデルカがそう言うなら、私もやぶさかではない。大公夫妻はどうですか?」
「そうね。今回は誤解が重なりこのような事態を引き起こしてしまいましたが、恐らくこれから先もよからぬ噂で『ルベデルカの子は殿下の御子だ』とか『殿下はルベデルカを溺愛している』等の誤解が生まれる事も多々あるかと思いますわ。けれど今後は聖女様がそのような噂に惑わされなければ、それが平和の一歩を積み重ねていく事になるかと。要は他所で見聞きした事を闇雲に信じて聖剣を持ち出すなということですわ」
「うむ。右に同じだ。さあ、聖女殿、顔を上げてくれ」
サリーは頬を上気させ、再び涙を流した。
「は、はい! こんなあたしを赦して頂き、本当にありがとうございます!」
立ち上がったサリーに四人が歩み寄り、微笑ましげな目を向ける。終わった、やりきったと、四人が脱力した瞬間だった。
そこでサリーは満面の笑みで大公に言った。
「それで、あの、大公殿下と床を共にするのはいつにしましょう?」
「「「「え?」」」」
「殿下との子を望めないなら、あたしもシュレイド嬢みたいに大公殿下から子を授かって頑張ることにしました! お世継ぎが一人だけなんて心許ないですもの! あたしがシュレイド嬢の御子に妹弟をつくってあげます! あ、でもあたしの子を世継ぎにだなんてそんな大それた事は考えてません! シュレイド嬢の子にも遊び相手は必要でしょうし、あたしもお国の為に生きたいんです!」
この発言の途中から既にルーベルバッハは鬼気迫る様子でルベデルカの腹を支えてそそくさと出口に向かっていた。そしてバタン!と扉が閉められた。残された大公夫妻はまたとんでもない事を言い出したなとサリーに笑顔のまま問った。
「……わたくしの夫と契る覚悟があると、そう仰って?」
「はい! あたしはまだ純潔ですし、変な病気の心配もありません! 是非よろしくお願いします!」
そこで大公妃は額に手をあてて崩れ落ちた。
「大公妃!?」
「お前、大丈夫か!」
気絶するふりをして女孔明、もとい大公妃は再び思案に入った。
「……やはり王命とはいえ儂がルベデルカ嬢と子を設けた事で精神に傷を負ったか……これ以上体の弱い妻に負担はかけられん! 聖女殿、先程の話は無かったことにしてくれ!」
「大丈夫です! あたしが大公妃に治癒魔法をかけます! こんな素晴らしい人を失わせません!」
「っ、しかし、やはり、妻が心配だ! 一旦この話は保留ということで!」
「では全快の祝福も授けます! これで大公妃は病弱の気から解放されます! もっと早くこうすればよかったですね!」
大公妃に治癒と祝福をかけるサリーを見つめながら大公は悟った。妻が、殺気に滾っている。ここで了承でもすれば殺され兼ねない。なんせ結婚の条件が「浮気したら玉潰す」だったのだから。
「無事、祝福をかけ終えました。覇気も戻ってきたようですね。素晴らしいわ、大公妃は元々精神力がお強い方なのではないかしら? しばらくすればお目覚めになられるでしょう。それであの、大公殿下、床はいつにしましょう?」
大公は白眼を剥いた。
甥があそこまで聖女を拒んだその理由が、解った気がした瞬間だった。
「…………ない」
「はい?」
「君じゃ勃たない」
「…………な、んて?」
「君では勃たないんだ。勃つ気配すらしない。だからこの話は無かったことにしてくれ」
「…………いくらなんでも行動に移す前にうら若き乙女を前にしてその発言はないのでは? 僭越ながらあたしは大公妃に似た儚げな顔でもありますし、同じ金髪碧眼でもあります」
大公はその発言で更に勃たないという確信だけが募った。なんというか、行動に移せばなんとかなるとか、同じ金髪碧眼だとか、その詰めの姿勢が生理的に無理だと思った。
やる気満々じゃないか。
萎える。
無理。
「すまない。君では勃たないんだ」
「……………………なんでアンタも勃たないのよオオオオオオッ!」
生理的に無理。
ただそれだけだった。
「初めはわたくし達の息子を殿下の養子にと、周りから声が上がったのです。しかし両陛下は頷きませんでした。理由は解りますね?」
「…………っ、貴女は、その、お体が」
「ええそう。息子達もわたくしに似た体質だったから」
これは嘘ではない。
元気な大公妃が生んだ息子は全員元気だった。
「ルベデルカは健康そのもの。そして大公は王弟です。必然的にこの二人に国の後継を繋ぐ役割が与えられたのです。国に忠誠を誓う大公と、政略が義務の高位貴族なら、必ず役目を果たしてくれると、両陛下も苦渋の決断をしたのです」
「……あ、貴女はそれで納得したのですか?」
「言ったでしょう、わたくしは余命いくばくもない、と……それでも結婚して子を生みました。喜びを数えたらキリがない人生でした。だってお慕いする殿方と結ばれて、愛し愛されてきたもの。ならば残る余生、貴族として生まれたわたくしに出来る事は、国に貢献すること。そうではなくて?」
「……そう、です、けど……で、でも!」
「お黙りなさい。ルベデルカは十数年の歳月を妃教育に費やしてきた、何処へ出しても恥ずかしくない貴族令嬢の鑑です。更には王家の非情とも言える要求まで呑んでくれた。わたくしは経験したからこそ言えますが、女にとって出産は鬼門です。貴女は命懸けでその役目を果たそうとしているルベデルカから、子を奪い、代わりに育てると? さっきそう仰ったのよね? 子を奪われた未婚の令嬢が、再び殿下との婚約を台無しにされ、その後どうなるかなど、殿下の妃となることしか目的が無いその頭では考えが及ばなかったのではなくて?」
「…………っ、」
「ルベデルカと同じ役目を果たせるかと問われて咄嗟に目を反らした者が、『育ててあげる』などとそんな大それた事を。聞いていたこちらが呆れる程よ。王家の要求を呑む代わりにルベデルカは我が子に自分の乳を飲ませて自分の手で育てたいと床に額を擦り付けて両陛下に嘆願したのですよ! 貴女はそのルベデルカ以上に、生まれてきた子を幸せにする自信はあって!?」
「…………あ、りま、せ、っ」
殆どが嘘なのだが話の途中から既にサリーは聖剣を手放して膝を抱えてぼろぼろと泣いていた。そして「大丈夫、大丈夫だから」と言葉を繰り返しながら子をあやすように腹をさするルベデルカを見て、項垂れた。
ルーベルバッハはいまだに「無理」と繰り返しながら床を殴り続けている。それほど嫌なのだろう。
「あたしが、っ、間違って、ました」
サリーは床に額を擦り付け、大公妃に無礼を詫びた。
深く息を吐いた大公が妻を抱き起こし、ぎゅっと抱き締めた。その際、足でそっと危険物を端に寄せることも忘れない。
「ルーベ……いえ殿下、申し訳ありませんでした、っ」
サリーは虚ろに自分を見上げてきたルーベルバッハの前に膝をつき、血の滲む拳に治癒魔法を施した。これも聖女の力のひとつだ。
「サリー……わかってくれたの、か?」
「……はい。本当に、申し訳ありません」
サリーは頭を垂らして謝罪した。そして顔色が白いルベデルカに目を向け、母子共に負担をかけてしまったその心苦しさから祝福をかけた。ルベデルカの体がポウと柔らかな光に包まれ、血色を取り戻した。
「サリー様、今のは……?」
「五体満足の祝福です。シュレイド嬢、本当に……本当に申し訳ありませんでした! せめてものお詫びに、これから生まれてくるその子にも、いつか祝福をかけさせて下さい! あ、あたし……こんな事しか出来なくてっ……」
サリーは床に額を擦り付けて謝罪した。
ルベデルカとルーベルバッハ、そして大公夫妻は顔を見合わせ、ホッと息を吐いた。
「サリー様、ありがとうございます。その……これまでの事は水に流して新たな幸せを模索しましょう。わたくしもその手助けを致しますから」
「ルベデルカがそう言うなら、私もやぶさかではない。大公夫妻はどうですか?」
「そうね。今回は誤解が重なりこのような事態を引き起こしてしまいましたが、恐らくこれから先もよからぬ噂で『ルベデルカの子は殿下の御子だ』とか『殿下はルベデルカを溺愛している』等の誤解が生まれる事も多々あるかと思いますわ。けれど今後は聖女様がそのような噂に惑わされなければ、それが平和の一歩を積み重ねていく事になるかと。要は他所で見聞きした事を闇雲に信じて聖剣を持ち出すなということですわ」
「うむ。右に同じだ。さあ、聖女殿、顔を上げてくれ」
サリーは頬を上気させ、再び涙を流した。
「は、はい! こんなあたしを赦して頂き、本当にありがとうございます!」
立ち上がったサリーに四人が歩み寄り、微笑ましげな目を向ける。終わった、やりきったと、四人が脱力した瞬間だった。
そこでサリーは満面の笑みで大公に言った。
「それで、あの、大公殿下と床を共にするのはいつにしましょう?」
「「「「え?」」」」
「殿下との子を望めないなら、あたしもシュレイド嬢みたいに大公殿下から子を授かって頑張ることにしました! お世継ぎが一人だけなんて心許ないですもの! あたしがシュレイド嬢の御子に妹弟をつくってあげます! あ、でもあたしの子を世継ぎにだなんてそんな大それた事は考えてません! シュレイド嬢の子にも遊び相手は必要でしょうし、あたしもお国の為に生きたいんです!」
この発言の途中から既にルーベルバッハは鬼気迫る様子でルベデルカの腹を支えてそそくさと出口に向かっていた。そしてバタン!と扉が閉められた。残された大公夫妻はまたとんでもない事を言い出したなとサリーに笑顔のまま問った。
「……わたくしの夫と契る覚悟があると、そう仰って?」
「はい! あたしはまだ純潔ですし、変な病気の心配もありません! 是非よろしくお願いします!」
そこで大公妃は額に手をあてて崩れ落ちた。
「大公妃!?」
「お前、大丈夫か!」
気絶するふりをして女孔明、もとい大公妃は再び思案に入った。
「……やはり王命とはいえ儂がルベデルカ嬢と子を設けた事で精神に傷を負ったか……これ以上体の弱い妻に負担はかけられん! 聖女殿、先程の話は無かったことにしてくれ!」
「大丈夫です! あたしが大公妃に治癒魔法をかけます! こんな素晴らしい人を失わせません!」
「っ、しかし、やはり、妻が心配だ! 一旦この話は保留ということで!」
「では全快の祝福も授けます! これで大公妃は病弱の気から解放されます! もっと早くこうすればよかったですね!」
大公妃に治癒と祝福をかけるサリーを見つめながら大公は悟った。妻が、殺気に滾っている。ここで了承でもすれば殺され兼ねない。なんせ結婚の条件が「浮気したら玉潰す」だったのだから。
「無事、祝福をかけ終えました。覇気も戻ってきたようですね。素晴らしいわ、大公妃は元々精神力がお強い方なのではないかしら? しばらくすればお目覚めになられるでしょう。それであの、大公殿下、床はいつにしましょう?」
大公は白眼を剥いた。
甥があそこまで聖女を拒んだその理由が、解った気がした瞬間だった。
「…………ない」
「はい?」
「君じゃ勃たない」
「…………な、んて?」
「君では勃たないんだ。勃つ気配すらしない。だからこの話は無かったことにしてくれ」
「…………いくらなんでも行動に移す前にうら若き乙女を前にしてその発言はないのでは? 僭越ながらあたしは大公妃に似た儚げな顔でもありますし、同じ金髪碧眼でもあります」
大公はその発言で更に勃たないという確信だけが募った。なんというか、行動に移せばなんとかなるとか、同じ金髪碧眼だとか、その詰めの姿勢が生理的に無理だと思った。
やる気満々じゃないか。
萎える。
無理。
「すまない。君では勃たないんだ」
「……………………なんでアンタも勃たないのよオオオオオオッ!」
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