スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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双方の言い分

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 茶々を入れた監督の言葉に声を上げたしょーちゃん。
 一瞬ふたりの鋭い視線が交錯したのち、しょーちゃんが抑えめな声で言葉を発した。

「……確かにこのふたりは知り合いです。公私混同を疑われても仕方ありません。逆に言えば、疑われるのを覚悟のうえで、人選したのは、それが最適だと信じて疑わないからです。理由はふたつ。今回の題材は馴染み無く誤解のある異文化の深掘りと、その異文化を一般層に違和感や抵抗感なく自然に伝える必要があります。そのためには正しい知識でプロットを練ることと、画面上での奏者による正しい演奏が不可欠です。
理由のひとつめ、正しい演奏という観点で、現役プレイヤーの参加が望ましいこと。
理由のふたつめは、正しく伝えるという観点で、学術的な根拠に基づいて丁寧にプロットを組むことで、その実現が近づくものと思われること。
このふたつを網羅できる人選です。
美宝の背景は彼女をモデルにもしています。私が人となりをよく知っていて連携が取りやすく、美宝の気持ちを理解できる人物で、年齢的にもマッチしていて、サンバの現役奏者で、そして、国際交流に関する学問を学んでいる。ここまで揃っている人物はなかなかいません。
とは言え素人である誉の心理的な負担を少しでも軽くする意図と、同じ学部で二年先輩である知識と経験を持つ要の参加にも必要性はあると信じています。役柄的には要には申し訳ないけど、ある程度誰でも良いエキストラ。誰でも良いのであれば、機能する人材である方が良いと思います!」
 
 一気に言ったしょーちゃん。しかし監督は眉一つ動かさず。
 
「……専門的な技術やパフォーマンスを作中で登場人物が披露する場面なんていくらでもある。そのすべてで、いちいちプロの演奏家や選手を起用するか? そういう演出もあるっちゃあるが、野球の映画で、全員野球選手に野球させんのか? プロのパフォーマンスが観たけりゃ、それこそプロ野球の試合でも観りゃあ良い。芝居の領域は芝居のプロたちで固めるのが筋だろうが。野球なんでやったことなくっても、プロの俳優が演じるから、舞台や映画で演る意味のある作品に仕上がるんだ。取り扱ってる分野に敬意は示すべきだろうが、だからと言ってその分野のプロと名乗る演技の素人に場ぁ荒らされちゃ堪まんねえよ」
 
 態度も言葉遣いも悪いけど、プロとしての矜持を持っているのだろう。言っている内容は理解できるものだった。
 
「仰ることはわかります! ですが、どうしても演奏のシーンは別録りではなく、美宝と映が同じ場面で、そして、ちゃんと演奏している音をそのまま使いたいんです。確かに今の技術なら、別に撮ったものを組み合わせても、観ている人にはその場で演奏しているように見え、聴こえるくらい精巧にできると思います。無意味なこだわりかもしれません。でも、ここにはこだわりたいんです。この作品の中だけでサンバにどこまで踏み込めるかは、なんとも言えません。サンバには神事としての側面、虐げられた奴隷の心の解放を担った側面など、それだけで一本作品がつくれるような重くて深い一面が多数あります。それをどこまで描くかというよりも、文化の根底に流れているイズムというか、魂というか、そう言うものを込めた生音の演奏を伝えたいんです。理屈も根拠もない話ですが、実際に演奏を聴いたことのある私が、この音を伝えたいと思ったんです!」
 
「……ふん」
 
 鼻で息を吐き、何か考えている様子の監督に、「もう良いでしょ、監督」と小国さんが微笑みかけた。
 
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