【完結】運命の恋に落ちたんだと婚約破棄されたら、元婚約者の兄に捕まりました ~転生先は乙女ゲームの世界でした~

Rohdea

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3. お店にやって来た人

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「いらっしゃいませー」

  私は、ドアベルの音に振り返って笑顔で挨拶をした。
  だけど、入って来た人の姿を見て、心臓が口から飛び出すのではないかと思うほど驚いてしまった。

「1人なんだけど大丈夫かな?」
「は、はい……こ、こちらへどうぞ……」

  あまりの驚きに声が震えてしまった。
  不審に思われていないだろうか? 

  ──大丈夫。何のための変装とカツラなの。気付くわけがないわ。

  それよりも、よ。
  何でがお店にやって来るの!
  ここは、街の食堂で、貴族のお坊ちゃんが来る所では無いはずよ。

  そう。突然現れたそのお客は、

  ──レグラス・クレシャス。

  クレシャス侯爵家の嫡男。
  つまり、私の婚約者──マルク様の兄である。

  そして、私は彼……レグラス様の事がとっても苦手だ。
  あの苦い記憶の中にあるように、社交界で私が会いたくないと思っているのもこの方。
  正直、前世を思い出すまでは、マルク様と結婚したらこの方が義兄になると思うだけで憂鬱だった。
  それもこれから起こるであろうマルク様との婚約破棄によって消える事になるので私は内心とても喜んでいたのだけど。

  そんな相手なので、私はいつも徹底的にこの方の事を避けて過ごしてきた。
  そもそも向こうが一方的に私を嫌って来たのだ。
  いくら未来の義兄とはいえ、仲良くするなんて無理だと思ってた。


  ──なのに!  まさか、こんな所にやって来るなんて!!


  たまに、避け損ねて社交界で顔を合わせてしまった時、何度不快そうな顔をされた事か。この方はどれだけ私の事を嫌ってるのかしら。
  初対面のアレ以降、暴言を吐かれた事も無いし虐められたわけでも無い。
  だけど、あの不快そうな顔を思い出すだけでついついため息が出てしまう。

  彼の元へ行きたくはないが仕方ない。仕事だもの。それに私だとバレなければいい。
  私は大きく深呼吸をしてから注文を取る為に彼の元へ向かった。


「注文はお決まりですか?」
「……あ、あぁ、うん……」

  何とも歯切れの悪い返事だな、と私は不思議に思い首を傾げる。
  そして、何となく察した。
  彼はメニューを見ながら唸っていたからだ。

「もしかして、何か迷ってます?」
「うん、そうなんだよね、こっちとこっち。ねぇ、君としてはどっちがおすすめかな?」
「え!?」

  突然、意見を委ねられてビックリした。
  しかし……いつも険しい顔しか見た事無かったのに、意外と普通だ。
  いえ、つまり私を前にすると不快感を隠せないほど、私の事が嫌いって事に違いない。
  その事に少しムカムカしながらも、今の私はセラフィーネではなくセラなのだからと自分に言い聞かせながら、レグラス様に笑顔を向けて口を開いた。

「そうですね!  おすすめは、こちらのビーフシチューですね!  お肉がトロトロに溶けてとっても美味しいですよ!」
「そっか……うん、君のおすすめなら間違いないはずだ。ならそれにしよう!  ビーフシチューをお願いするよ」

  そう言ってレグラス様は軽く微笑んだ。

「……は、はい。注文を承りました」

  私はそれだけ口にしてさっさとその場を離れる。

  ────び、びっくりしたぁ!
  レグラス様って笑えるのね……いや、当たり前なんだけど。
  だけど、笑顔は初めて見た気がする。
  イケメンの微笑みの破壊力は半端ない!
  さすが、この乙女ゲーム世界における攻略対象者……

  そうよ!  
  マルク様だけでは無い。兄であるレグラス様も攻略対象者だ。
  まぁ、レグラス様はマルク様ルートエンディング後に開放される隠しキャラではあるけど。
  だからなのか。とにかく、2人とも非常に顔が良い。
  控えめに言っても顔が良い。(大事な事なので2度言わせてもらう)
  とんだ美形イケメン兄弟。
  クレシャス侯爵家は、身分だけでなくその点でも有名だった。


「すごい、カッコイイお客さん来たねー」
「そ、そうですね……」
「って言うか、どこからどう見ても貴族のボンボンに見えるけど、セラの知り合いだったりするのかい?」

  厨房にレグラス様の注文を伝えに行くと、女将さんがレグラス様を見ながら私に尋ねてくる。
  やはり、貴族だと丸わかりのようだ。

「知り合いと言いますか、何と言いますか……」
「何だいその返事?  結局どっちなんだい?  しかし、珍しいねぇ。この店は庶民向けなのに」
「そうなんですよね」 

  とてもじゃないけど、この店は侯爵家の跡継ぎが来るような店では無いのだ。
  街に来る事はあっても貴族のボンボンが入ろうなどと思う店構えではない。
  何故、レグラス様はこの店に来たのだろう?

「セラの知り合いなら、セラの様子でも見に来たのかと思う所だけどー……」
「まさかっ!!」

  私が被せ気味に返事をすると女将さんが苦笑する。

  レグラス様にとって、私は単なる弟の婚約者。
  しかも、嫌われている。
  最後に口を聞いたのはいつだったかも思い出せないくらいの関係。

  しかし、何の因果か知らないけど、彼はたまたま私の働く店に来てしまった。

  皮肉なものね、
  と私は乾いた笑みを浮かべた。

「お待たせしました、ビーフシチューです」
「ありがとう」
「っ!!」

  私が出来上がった料理をレグラス様の元に運ぶと彼はフワリと嬉しそうに笑った。

  ──その笑顔、し、心臓に悪すぎるんだけど!?

  うぅ、イケメンの笑顔の破壊力、恐るべし。

「ん!  本当だ!  トロトロに溶けていて美味しい!」
「あ、ありがとうございます……」

  そう言いながら、本当に美味しそうにビーフシチューを平らげていく。
  侯爵家の彼なら、普段もっと美味しい物を食べ慣れているでしょうに。

「君のおすすめにして良かった、ありがとう」
「い、いえ」

  だから、いちいち笑顔を見せるのはやめて欲しい。
  私が引き攣った笑顔を見せながらお礼を言うと、彼──レグラス様はじっと私の顔を見つめた。

「……菫色」
「え?」
「いや、君の瞳の色が綺麗だなって思ってね」
「!?」

  突然の発言に、思わず顔が赤くなる。
  そんな私の様子を見て他のお客さん達がからかいの声を上げる。

「おぉ!?  いつもは俺らの賛辞を笑顔でスルーするセラちゃんも、良い男の前では赤くなるんだなぁ??」
「やっぱ、男は顔かぁ~くそ~」
「兄ちゃん、見る目があるねぇ、可愛いだろ?  セラちゃんはここの看板娘なんだよ~」

  言いたい放題だ。
  恥ずかしいから止めて欲しい……

「ははは、皆さん、彼女の事が好きなんですね」

  レグラス様が笑いながら、常連客さん達とそんな会話をしている。
  本当に本当に心臓に悪いからその辺にしておいてくれないかしら?
  そんな事を考えていたら、レグラス様がくるっと私の方に向いて言った。

「ところで君は、セラさんと言うのですか?」
「は、はい……そう、です?」

  突然の質問に動揺のせいで、おかしな返しになってしまった。
  不審に思われていないだろうか??

「セラさん……」

  え?  何、その反応!  まさかと思うけど、バレてないよね!?
  私は笑顔を保ちつつ内心では冷や汗をダラダラ流しまくっていた。

「セラさんは、いつもここに居るのですか?」
「へ?  は、はい。大抵は……」

  レグラス様の質問の意図が分からない。
  これは何か探られている?
  ダメね私、完全に疑心暗鬼になっているわ。

「そうですか。ご馳走様でした。美味しかったです。では、また来ますねーーセラさん、君に会いに」
「はい?」

  言葉の意味が分からず、呆けたままの私にそう告げて、レグラス様はさっさと席を立ち、お金を払って爽やかに店から出て行った。

  ──ん?  また来るとか言っていた……??  しかも、私に会いに……?


「うぉぉーセラちゃん、春か?  春なのか!?」
「顔の良い男は得だなぁァァ」
「ちくしょぉぉぉ!  俺たちのセラちゃんがぁぁ」

  あまりの出来事に、呆然としていた私は他のお客さん達が騒ぐ声も、全く耳には入って来なかった。






  そして、仕事を終え屋敷に戻った私は1人部屋の中で今日起きた事を振り返る。

  ──レグラス様が、私の働く食堂にやって来た。
  何故かセラフィーネの前では見せた事の無い笑顔をたくさん振り撒いて。
  菫色の瞳が綺麗だとか抜かしたあげく、私の仮の名前を口にし、また来るよと言って去って行った。

「何なの!?  本っっっ当に何なの!?」

  レグラス様は、平民の町娘をナンパするような人だったの?
  婚約者いたはずよね!?
  侯爵家嫡男、それでいいの!?

「…………はぁ」

  セラだろうとセラフィーネだろうと、レグラス様との関わりは全力で御遠慮願いたい。
  ましてや、近い将来にマルク様との婚約破棄が濃厚となった今となっては特に。


  だいたいレグラス様は私の事が嫌いなはずだ。


  おかげで、今日店に現れた人はレグラス様に似た他人の空似じゃないかと思ってしまうほど態度が違い過ぎて驚いた。もちろん、あんな顔の良い人は他にいないからそれは有り得ないけど。

「私が知らなかっただけで、あんな風に笑う人だったのね……」

  そう自嘲気味に呟く。
  何故だか分からないけど、胸がモヤモヤする。
  非常に面白くない。

  ……面白くない?  何でかしら。

  私は何で自分がこんな気持ちを抱いているのか分からず、その日は眠れない夜を過ごす事になったのだった。

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