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13. 募っていく不安
しおりを挟む「それに、エルミナは兄上の事を僕に聞いてきたんだ!」
「え?」
──ドクンッ
心臓が嫌な音を立てた。
それは、明らかにエルミナ様がレグラス様に興味を持っている……そういう意味に聞こえる。
「たまたま、お会いしたから……マルク様に話を聞いてみようとしただけでは?」
「それならなんで兄上の好きな物なんか聞いてくるんだよ! お礼がしたいとか言ってたけどさ」
「好きな物? お礼?」
明らかに狙ってる感じがして嫌な気持ちになった。
「そりゃ、兄上は、エルミナにおかしな気持ちは抱かないって分かってても面白くないものは面白くないんだよ! まるで、僕より兄上がいいみたいじゃないか!」
マルク様はそう叫ぶ。
聞いていてあれ? と思った。
「マルク様。どうしてレグラス様がエルミナ様に対しておかしな気持ちは抱かないとお分かりになるんですか?」
レグラス様も攻略対象者。
ヒロインの聖女であるエルミナ様と運命の恋に落ちるのは、十分有り得る話。
そして今、まさに二人の間ではイベントが発生しているのかもしれないのだ。
それに、そんなゲームの設定など無くても人は恋に落ちる時は落ちるものでしょう?
ズキンッ
自分でそんな事を考えておきながらまた、胸が痛んだ。
「どうしてって、セラフィーネ……? まさか……君……え? 兄上……何で?」
「?」
私の質問を聞いたマルク様は何故か困惑しているようだ。さっきまでの怒りはどこへやら。
マルク様はいったい何に驚いているの?
「あの、さ。もしかして、兄上……はセラフィーネに、まだ何も言ってない?」
「何をです?」
私は意味が分からず首を傾げる。
「プ、プロポーズは!? あったよね? 兄上からのプロポーズ!!」
「はい?」
私はますます意味が分からず眉をしかめる。
そんな私の表情を見たマルク様も驚愕の表情を浮かべた。
「マルク様……何を仰ってるのか分かりません。私とレグラス様の婚約は、あなたとの婚約破棄があった事でお祖父様達の遺言に則った結婚ですよね? 何故、そこにプロポーズが出てくるのですか?」
あなただって、私と婚約していた10年間プロポーズなんてしなかったでしょうに。
この世界における政略結婚なんてそんなものだと思うけど何を言ってるんだろう。
「っっ!?」
私の言葉にマルク様は絶望的な表情を浮かべた。
本当にマルク様がおかしい。何でそんな顔するのよ。
レグラス様は私を大事だとは言ってくれたけど。プロポーズはまた違うもの。
「……嘘だろ、兄上……!」
マルク様は呆然とした表情で嘆いた。
「……エルミナとはもう一度話してみるよ……」
あんなに激昂していたのに、何故か途中で怒りが消え、驚きと絶望の表情へと変わってしまったマルク様は肩を落として、そんな事を言いながらトボトボと帰って行った。
「……結局、何だったのよ」
私は帰って行くマルク様の背中を見ながらそう呟く。
それに。
エルミナ様は何であんな事をマルク様に言ったの?
これではまるで、マルク様にもう用は無いといったように聞こえた。
「……嫌な予感しかしないわ」
言い知れぬ不安が私の胸の中に渦巻いていた。
そして翌日──もうすぐ、お昼の時間だ。
いつもなら、だいたいレグラス様がやってくる時間。
また、私は落ち着きが無くなっていた。
「セラちゃん、俺、これは頼んでないなぁ」
「え!?」
「それを頼んだのはこっちだよー?」
「す、すみません!!」
ボケっと考え事ばかりしてしまって、全然集中出来てない……
何してるのよ、私。
仕事はしっかりやらないと!
「セラ……」
「女将さん、ごめんなさい」
「少し裏で休んでなさい。朝から思ってたけど顔色も良くないんだよ」
「……!」
それは、昨夜あんまり眠れなかったから……
「愛しの婚約者が来たら呼んであげるから、さ」
「…………はい」
いつもなら愛しくなんてない! と思う所だけど。
困ったわ。今日はそんな反論の気持ちも起きないわ。
今の自分が全く使い物にならない自覚はあるので、女将さんの言葉に甘えて少し裏で休ませてもらう事にした。
──だけど、その日。
レグラス様は食堂にはやって来なかった……
別におかしな事ではない。
今までだって来ない日はあった。
来る来ないはレグラス様の自由だ。私に断りを入れる事でも無い。
でも……今は……
私の胸の中にはとにかく不安だけがどんどん募っていった。
そして、さらに翌日。
いつもの食堂の常連さんの噂が聞こえて来て私は思わず仕事の手を止めてしまった。
「昨日、聖女様が孤児院で暴漢に襲われそうになったらしいぞ」
「あぁ、聞いた聞いた!」
(──えっ!?)
「そうそう、怖いよなぁ」
その話に持ってたお皿を落としそうになり、慌てて体勢を立て直す。
「その場にいた護衛と、あと誰だっけ? 王城関係者が守って大事には至らなかったらしいけどな!」
「良かったよなぁ」
「しかも、聖女様って色んな奴とラブロマンスの噂が広がってっけどよ、昨日からはその王城関係者の男性もその相手に追加されたらしいぞ」
「へぇ、それが本当なら次から次へとすげーな、聖女様」
……孤児院にいた、王城関係者?
まさかそれって……いや、考え過ぎよね?
だけど、その人はレグラス様なんじゃって気持ちが頭の中から消えてくれない。
「ん? セラちゃん? どうした?」
「い、いえ……」
私は精一杯の作り笑顔で何でもない風を装った。
ちょうど、その時──
カランコロンと店のドアが開く音がして振り返ると、そこに居たのはレグラス様だった。
「……レグ様」
「セラ。あ、昨日は顔出せなくてごめん」
レグラス様は昨日ここに来れなかった事をまず詫びた。
謝ることでは無いのに。
「……」
「セラ?」
上手く言葉を返せずにいる私にレグラス様が心配そうな顔をする。
「今日も顔色が悪いじゃないか。本当に大丈夫なのか?」
「あ、それ……は」
私がなんと答えたらいいものかと悩むと常連さん達がニヤニヤしながら口を開いた。
しまった! これ絶対ろくな事を言わない!!
「セラちゃんは、兄ちゃんが来なくて寂しかったみたいだぞ~」
「そうそう。昨日も今日も心ここに在らずって感じで、ドアの方ばかり見てたよな」
「昨日は失敗も多かったしなー」
──ほらぁ!
やっぱり余計な事を……
「……違っ」
「それ、本当!?」
否定しようとした私に、何故かレグラス様が食い気味で反応を示した。
え、やだ。何でちょっと頬染めてて嬉しそうなのよ……!
「皆さんの勘違いです。レグ様! さぁ、席について下さい。今日は何にしますか?」
私はプイッと顔を背けてレグラス様を席へと誘導する。
これ以上のその話はいたたまれなくなるので勘弁願いたい。
「……分かったよ、セラ。君の今日のオススメは何かな? いつものでお願いするよ」
レグラス様は、苦笑しながら席に着いた。
こんな時、嫌いな食べ物さえあれば絶対にそれを選んでやるのに!
相変わらず好き嫌いが無いというレグラス様を憎く感じた。
だけど。
今日はここに来てくれた。
そして、いつもと様子は変わらない。
私を見て微笑んでもくれた。
その事に安堵してる私がいる。
昨日からのモヤモヤが解消されていくみたいだった。
……常連さん達の噂にあった人はあなたなの?
そして、イベントは起こったの?
そう聞きたい気持ちは残ったままだったけど。
「そうだ、セラ。明日なんだけど」
「?」
今日もこれから王太子殿下を回収しに行くというレグラス様が、帰り際にちょっと真剣な顔をしてどこか躊躇いがちに口を開いた。
「話したい事があるんだ。明日、屋敷を訪ねてもいいかな? 明日なら仕事の調整がつきそうなんだけど、どうだろう?」
「え?」
心臓がドクリと鳴った。
話したい事?
そんな真剣な顔をして何の話があると言うの?
「分かりました……ここのお仕事は女将さんと話して調整してみます……」
「うん、ごめん」
去っていくレグラス様の後ろ姿を見ながら、私の心臓はずっとドクドクと嫌な音を立てていた。
──まさか、言わないよね?
あなたまで“運命の恋”に落ちたんだって。
マルク様の時は“とうとうこの日が来たのね!”で流せたけど……
レグラス様に対してはそう思えないのよ……思いたくないの。
その日の夜は、怖くて不安で結局、また眠れない日となってしまった。
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