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17. ヒロインの本性と彼女の狙い
しおりを挟む「……マルク様。とりあえず、今は落ち着きましょう」
「セラフィーネ……」
マルク様に向かってそんな事を口にしたけれど、これは私自身が自分に言い聞かせている様なもの。
そうでもしなくちゃ、あの時のマルク様のように私も暴れてしまいそうだった。
「マルク様。私を連れて王城に向かってどうするおつもりですか?」
「兄上と話がしたい。エルミナのその発言の後は皆、それぞれ仕事に戻らされたけど、僕はそのまま慌てて出て来たから、兄上の様子が分からないんだ」
「……」
「セラフィーネは話を聞く権利があるだろう?」
それは私とレグラス様の婚約がどんな結末を迎えるか分からない……という意味なのかな。
そう思うと胸が痛かった。
「それに、エルミナのあの発言に対して周りがどう動くのか……それは僕にも分からない。……ごめん。セラフィーネ」
「マルク様……」
そんな言葉を口にして私に謝るマルク様はとても辛そうな顔だった。
マルク様が謝る事では無いのにね。
そこからの私達は無言だった。
王城に着くまでのマルク様は、終始落ち着かない様子だった。
私も私で冷静になろうとしてなりきれていなかったけれど。
──そして。
無事に王城に着いたものの、本来ならレグラス様は仕事中のはずだ。
いくら何でも仕事の邪魔をするわけにも……
と、私が考えている間にも、マルク様は問答無用でレグラス様の執務室へと足を進める。
いいのかな? と思いつつも着いて行く。
もし、邪魔なら話が出来るまで待っても構わない。そんな気持ちだった。
そして、レグラス様のいるであろう執務室の前までたどり着いた時、部屋の中から言い争うような声が聞こえて来た。
何で声が?
と思ったけれど、それもそのはず。
部屋のドアが完全には閉まっておらず開いていた。
マルク様もそれに気付いたのか、ドアの前でピタリと止まった。
そう。
言い争う声は、レグラス様とエルミナ様だったからだ。
「ーーふざけるな! 今からでも全ての発言を撤回しろ」
「嫌ですわ。私はレグラス様、あなたが好きなんです。あなたと結婚したいんです」
「だから、ふざけるなと言っている! 僕は来月には結婚するんだぞ!?」
「知っていますわ。だから、そうなる前にどうにかしたかったんですもの」
「何だと!?」
「さすがに結婚してしまった後では色々と面倒が多いですから。離縁の手続きとか……」
「は?」
「ですから、婚約者? 結婚式? そんなものはさっさと今のうちに破棄すればいいと思うんです。今なら間に合いますよ、ね?」
「何を言ってるんだ……?」
……どうやら、エルミナ様の発言をレグラス様が責めているようだった。
これでは立ち聞きする形になってしまう。
だけど戸惑いつつも、マルク様も私もその場から離れられないでいた。
(だって……!)
レグラス様は、敬語も抜けるほど相当の怒りを伴って話しているのに、当のエルミナ様は全く聞き入れる様子が見受けられない。
むしろ、いつもと変わらないあの笑顔で微笑んでいる。
──もはや不気味としか思えない。
「だってそうすれば、元の形に戻れますよね?」
「ーー元の形だと?」
「だって、レグラス様のお相手のセラフィーネ様って元々、マルク様の婚約者だった方でしょう? ならば、再び2人が婚約して結婚すればいいではありませんか。結婚式もそのままヨリを戻した2人が行えば問題ないですよ。そしてレグラス様は私と結婚! これで丸く収まります」
その自分勝手な発言と、それを問題ないでしょ? と言える頭の悪さに私は本気で驚いた。
「……そんな身勝手が許されると思っているのか?」
「もちろんです!」
「なっ?!」
自信満々のエルミナ様の言葉に、レグラス様の眉がピクリと動いた。
まさかそんな返事が帰ってくるとは思わなかったのだろう。
当のエルミナ様はそんなレグラス様の反応など気にもせず、悠然と微笑みながら口を開いた。
「だって、私はこの世界の聖女なんですもの」
──あぁ、やっぱり。
エルミナ様は記憶持ちの転生者なんだ……
「ヒロイン……? いったい何の事だ?」
「ふふ、レグラス様には分かりませんよね! でも、とにかくそうなんですよ。ですから、レグラス様は私と結婚するんです!」
「……本当に何を……?」
うっとりとした顔で自分の世界に浸っている様子のエルミナ様には、レグラス様の困惑が全く伝わっていないようだった。
「私、ずーっと昔からレグラス様が好きだったんですよ! そして、なんの奇跡か私はこの世界のヒロインとなれた……なのに、あなたの攻略は他の人達と違って簡単にはいかないから、どうしようって思ってたんです。だって他の人達の攻略も必要なんですもの」
「……は? 攻略?」
レグラス様が不快そうな声を上げる。
……そりゃそうよ。ヒロインとか、攻略とか何で平気で口にしてるの……
そんな、意味不明の言葉を聞いた人がどう思うのかどうして考えられないのだろう。
「レグラス様に辿り着くには、とにかくマルク様の攻略は必須で、彼に興味は無かったけど仕方なく恋に落ちてもらいました。でも、何で婚約破棄までやらかしちゃってるんですかね? そこまで求めてなかったのに。セラフィーネ様もお可哀想……」
エルミナ様の言葉に、私の隣にいるマルク様の表情が凍り付いた。
……それはそうだろう。だって、想い人に本当は興味など無かったと言われたのだ。
マルク様はエルミナ様に恋をしたからこそ、私に婚約破棄を申し出たのに。
エルミナ様の発言はそんなマルク様の恋心をボロボロに打ち砕いたも当然だ。
「ですから、レグラス様! 別に無理にマルク様の婚約者だったセラフィーネ様と婚約しなくてもいいんですよ! マルク様は否定してましたけど、彼女との婚約はマルク様が婚約破棄した責任を取っての事だったのでしょう? 2人がヨリを戻せば解決しますから、レグラス様は私を選んでください、ね?」
エルミナ様はいつもの花のような可愛らしい笑顔でそう言ったけど、そこにはもはや恐怖しか感じない。
レグラス様は唖然として言葉を失ってるようだった。
「ただ……ごめんなさい。私、あなたの為に他の皆とも仲良くしなくてはいけなかったから頑張ったんですけど……私、他の皆の事も無下には出来ません!」
「はぁ?」
「このまま仲良くはしていきたいのです……」
そこで彼女は更に爆弾発言を落とした。
レグラス様の声が低い。かなり怒ってるのがこっちにまで伝わって来る。
「私は、マルク様も他の皆さんも、それぞれの婚約者の方と結婚して頂いて構わないの。ただ、お相手の彼女達には申し訳ないけれど彼らが心の底から愛してるのは、もちろん私となるのですけど」
「!?」
「だって、さすがの私でも全員とは結婚出来ないでしょう? だけど皆さんは独身が許される立場ではありませんもの。なら、形だけでも結婚は必要なんですよ、お飾りの妻という存在が」
「本当に何を言ってるんだ……」
レグラス様の理解できないという声が発せられると共に、私の横にいたマルク様がピクリと肩を震わせたのが伝わって来た。
これほどまでに、酷い発言は……無い。有り得ない。
ゲームの逆ハーレムエンドというものを現実で迎えようとするとこんな事になるんだな、と今更ながら実感する。
しかも、彼女は1人を選んだのに、さらに逆ハーまで狙っている。
どうして、エルミナ様はおかしいと思わないのだろう。
現実の世界でこんな事が成り立つわけがないのに。
こんな、堂々とした不貞発言を受け入れる人なんているわけないでしょう!?
「……意味が分からない」
「さっきから言ってるじゃないですか。私はヒロインなんですって。ここは私の為の世界で私が幸せになると決まっているのです。だから何でも私の望みは叶うんです!」
──あぁ、もう無理! 我慢出来ない!!
「違うわっ!!」
私はもうこれ以上聞いていられず、バーンと執務室の扉を勢いよく開けて部屋に入り込んだ。
「セラフィーネ!?」
私の突然の登場に目を丸くして驚くレグラス様。
「なっ! あなた……!」
エルミナ様も驚いたのか、驚きの表情を浮かべている。
「突然の立ち入り申し訳ございません。マルク様からお話を聞いてやって来ました」
「マルクから?」
「……うん。僕がセラフィーネを呼んだんだ」
私がまず、無断で部屋に入って来た事を詫び、ここに来た経緯を語っていると後ろからマルク様も部屋へと入って来た。
「まぁ、マルク! どうなさったの!?」
「……」
マルク様の姿を見て驚くエルミナ様。さっきの会話を聞いた後だと何もかもが白々しい。
マルク様はチラリとエルミナ様の方を一瞬見やったけど、何も答えなかった。
完全に無表情だった。
「コホン……何故、セラフィーネ様がこちらに? そして、違うとはどういう事ですの?」
無言のマルク様の返答を待つことを止めたらしい、エルミナ様が私の方を見ながら口を開く。
「私はレグラス様の婚約者ですから。先程、マルク様からおかしな話をお聞きしまして真偽を確かめに参りました」
「おかしな話?」
「えぇ、何故か、エルミナ様がもうすぐ結婚式を控えた私の婚約者、クレシャス侯爵家の嫡男であるレグラス様と結婚したいと口にされたと耳にしましたので」
「あら? ふふ。情報が広がるのは早いのね」
「……どなたかが、故意に広げたのでしょう? ねぇ、エルミナ様?」
「本当に。困ってしまうわねぇ」
なんて白々しいの! 故意に噂を流したのは絶対エルミナ様だと思う。
そうでなければ不自然なくらい広がるのが早すぎる。
証拠はないけれど……
「……」
「……」
今、私達のバックにはバッチバチの火花が散っているに違いない。
「エルミナ様、レグラス様の事は諦めてくださいませ」
「どうして?」
何なの、その返し。どうして首を傾げるの!?
「私がレグラス様の婚約者だからです!」
「そんな事、認めないわ!!」
「私たちの婚約をエルミナ様に認められる必要は全くございませんから。あなたは完全に部外者ですよね?」
「はぁっ!? あなたね、私を誰だと思ってるの!?」
「一応何故か聖女と呼ばれているだけの男爵令嬢でしょうか?」
「なっ!!」
もはや、完全に売り言葉に買い言葉。
私も完全に喧嘩を売ってる。
淑女も何もあったものではないけど、大人しく、はいそうですか。なんて聞いてやるものか!
そして、一方のエルミナ様も被ってた猫が段々と剥がれ始めていた。
レグラス様もマルク様も、そんな私たちの様子に完全に口を挟めずにいる。
「私は聖女でヒロインなのよ? 皆に愛される存在なのだから当然の事をしてるだけよ!!」
「……妄想ですか?」
「違うわよっ!! そういう運命だって言ってんのよ!」
「……複数の男性と関係を持つ事が、運命ですか?」
「そうよ!!」
エルミナ様は当たり前でしょ? といった顔をしている。
そんなエルミナ様を見て私は思った。
ゲームにこだわっていた私もこんなだったのかも……
初めてゲームの事に囚われていた自分の事を客観的に見ることが出来た気がした。
私も大概だったけど、本当に本当にこの人は私以上に現実が見えていない!
「ふざけないで!! ーーそんな不誠実な人に私のレグラス様は絶対に渡さないわ!!」
気付いたら、私はそう叫んでいた。
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