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29. 可愛い旦那様は怒らせてはいけない人
しおりを挟む「愛し、てるよ、ミ、ミルフィ……」
そう口にした旦那様は何度目かのキスを私にする。
(……夢を見ているみたい)
──可愛い、愛している。
どうやら、思っていた以上の照れ屋さんらしい旦那様が一生懸命伝えてくれた気持ちが嬉しくて嬉しくて堪らない。
(あれ? でも、私って自分の気持ちを旦那様に伝えたかしら?)
今更ながらそんな事に気付く。
「旦那様……大好きです」
「!!」
「私も、アドルフォ様の事が好きです、大好き」
「っっっ!!」
私がキスの合間に小さな声で微笑みながらそう伝えると、旦那様の顔はますます赤くなる。嬉しいと思って貰える事が私も嬉しい。
そして、再び私達の唇が重なる。
(知らなかった。誰かに大切に想われて愛されるってこんなにも幸せな事だったのね)
「ミ、ミ、ミルフィ……!」
「ふふ」
「な、な、な、なんで笑う……」
だって、他の人達に向かってはあんなにスラスラ喋るのに私の名前を口にする時だけは、可愛い旦那様なんだもの。
(前にお義父様が言っていた、私が嫁いで来る日を待っている間、たまに“ミルフィ”と呟いていたというあの話……)
もしかして、私が嫁いで来た後、いつか名前が呼べるようにとこっそり練習していたのかも。
そう思うだけで胸がキュンキュンしてしまう。
「旦那様が……私の旦那様が素敵だからです」
「っっ! ミ、ミ、ミ、ミルフィ……! か、可愛い……」
「ありがとうございます、旦那様」
「?」
(私を見つけてくれて。私を選んでくれて)
チュッ
そんな想いを込めて私は背伸びをして、自分から旦那様の頬にそっとキスをした。
「~~っっ~~!?!?」
「あら? ふふ」
「っっ!」
旦那様は、真っ赤な顔で目に涙を浮かべて照れていた。
そして、お返しとばかりに旦那様の顔が近付いて来たので、私はそっと瞳を閉じた。
そうして、私達は完全に二人きりの世界に突入していた。
旦那様のチュッチュ攻撃はとどまることを知らない。唇だけでなく、額、頬、とたくさんのキスをくれる。
そんな旦那様からの溢れる愛にうっとりしていた私は、シルヴィを始めとした他の人達の存在がすっかり頭から抜け落ちていた事にようやく気付いた。
(……はっ! そうよ、シルヴィ!)
少し前まで「嘘よ! こんなの嘘!」と叫んでいたシルヴィが、珍しく静かになっている!
私は慌ててシルヴィの方へ視線を向けると……
「……あ!」
シルヴィはその場にヘナヘナと腰を抜かして座り込んでいて動けずにいた。
(こ、これは……この様子はやっと分かってくれた……でいいのかしら?)
そうして、さらに辺りを見回すと残りの人達もそれぞれここまでの展開に唖然呆然としている。
(うわぁ……)
そんな中でようやく我に返ったのか、文句を言い始めたのはカイン様だった。
「……シ、シルヴィ嬢! これはどういう事だ!!」
「……」
シルヴィは項垂れたままで答えない。
「君が……君に言われたからこうして……」
「こうして、ここに来て俺の可愛い妻のミルフィを襲おうとした、と言うのか? そういえば先程、その汚い手で俺のミルフィに触れようとしていたな?」
「……っっっっ!」
旦那様の冷たい声にカイン様が分かりやすく怯えた。
「もし、俺の大事な可愛いミルフィに指一本でも触れていたら、その指を手ごと切り落としてしまおうと思っていた所だ」
「切り落とす!?」
「当然だろう?」
「……」
旦那様のとんでもない発言にカイン様は絶句している。
反論の言葉を返そうとしないのは、これが冗談ではなく本気だと分かっているから。
「そこの性悪妹に唆されたとは言え、話に乗ってきたのは自分自身の責任だ」
「……ぐっ」
「半年とはいえ、俺の焦がれた“ミルフィ・ロンディネ子爵令嬢の婚約者”になった結果、そこの性悪に騙されて俺の大切なミルフィを傷付けた罪。そして、再びこうしてノコノコ現れて傷付けようとした罪……さぁ、どうしようか?」
「~~~……!!!!」
「報告を受けた後のルクデウス子爵の反応が楽しみだな」
さぁぁ、とカイン様の顔色は真っ青になっていく。格上のロイター侯爵家を怒らせてはルクデウス子爵家もただでは済まない。
「ミ、ミ、ミルフィ……!」
クルっと私の方に振り返った旦那様が心配そうな目で見つめてくる。
その目は「これでいいか?」と聞いているみたいだった。
カイン様に嫌な思いをさせられたのは私だから私の気持ちが一番。その目がそう言っていた。
「ありがとうございます、後はルクデウス子爵家の判断に任せたいと思います」
「……」
旦那様はコクリと頷いた。
「でも旦那様、私、カイン様に振られて良かったです」
「?」
「だってあの時、カイン様に振られたから、今はこうして私は旦那様の妻になれました!」
「……」
私が笑顔でそう伝えると旦那様の顔がボンッと更に赤くなった。
そうしてますます真っ赤な顔になった旦那様が私の頭に手を伸ばす。
ポンポン……からのナデナデ。
(照れている旦那様がとっても愛しいわ)
そんな事を思っていたら旦那様は視線の先を変えて最後の一人、お父様に向かって口を開いた。
「……最後はロンディネ子爵、あなただ」
「…………はい」
ここまで殆ど口を開かなかった愚父呼ばわりされたお父様。その顔は既に観念した様子にも見える。
「……俺の頼みを聞いて“ミルフィを俺の妻”にしてくれた事には感謝している」
「「……え」」
旦那様のその言葉にシルヴィとお母様の驚く声が聞こえた。そう言えば、二人はお父様の言った“お飾りの妻”の話を信じたままだった。
「そこの性悪妹を警戒したゆえの事だったとはいえ……色々と詰めが甘すぎる!」
旦那様は私が勘違いして嫁いで来た件を言っている。
「万が一、この可愛い可愛い妻のミルフィが、“私はお飾りの妻のようですから、役目を終えたので離縁します”などと言って俺の元を離れようとしていたなら……」
旦那様は一旦そこで言葉を切る。
……ゴクリ。
妻の事になると無口どころか饒舌になり、とんでもない発言をするアドルフォ様が、その可愛い妻に離縁を言い渡されようものなら何をしようとするのか。
私も含めてこの場にいる誰もが色んな意味でドキドキしながらその言葉の続きを待った。
「俺の持てる力を使って全力で子爵家を潰していた所だよ」
「ひっ!」
旦那様はにっこり笑ってそう言った。
その美貌が故に、うっとり見惚れそうになる程の笑顔なのに……お父様が小さく悲鳴をあげるほど怖い!
「あぁ、もちろんミルフィも絶対に逃がさないけどね」
(……ん?)
小さく呟かれたその声に私が顔を上げると旦那様と目が合う。すると、旦那様は微笑んだ。
──ニコッ
その美しい笑顔に思わず考えていた事など全部が飛びそうになったけれど、口していた言葉はとても不穏だった気がする。
(今の発言は、きっと深く追求してはいけない)
──ニコッ
私も笑い返しておいた。
それに、私が旦那様の側を離れる事なんて考えられないもの。
「それはそれとして、子爵。協力して来たロンディネ子爵家の借金返済の件だが」
「……っ!」
旦那様のその言葉にお父様が苦痛の表情を浮かべる。
その近くではお母様とシルヴィも青い顔をしてこっちを見ていた。
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