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彼女……ピンクの残した爪痕は大きかった。
しおりを挟む以前、ピンクの彼女が現れた時の私は、すっかり“悪役令嬢”に囚われていたから、とうとう来たわ……そんな気持ちだったけれど。
(あの時は私だけがそう思っていて、周囲の人達はメリダ様をシュナイダー様のお相手になんて思っていなかった……)
──でも、今度は違う。
国として私より“聖女”を望んでいる──……
(分かっていても……分かりたくない)
「……嫌です」
「キャロライン?」
「……我儘だと言われても、シュナイダー様の隣にいるのは私でありたい……です」
私は何かに秀でているわけでもない。
私にあるのは公爵令嬢という身分だけ。
──それでも、私はシュナイダー様が好きだから。
シュナイダー様とこの先の未来を共に歩んでいきたいから。
「キャロライン……」
シュナイダー様が涙を堪えている私の目尻にそっとキスを落とす。
「僕だってキャロラインだけだ。キャロラインがいるからこうして毎日頑張れているんだ」
「シュナイダー様……」
「キャロラインに会う前は、自分の結婚なんて自由に出来るものではないし、政略結婚を受け入れるのが当たり前……そう思っていたんだけどね」
「!」
そうだった。
そもそも私達の婚約だって政略結婚。
「でも、僕は一目でキャロラインを気に入ってしまったから」
「……」
「その時から、キャロラインは政略結婚の相手なんかじゃない。僕のたった一人の最愛の人になったんだ」
シュナイダー様は、そう言いながらチュッチュとあちこちにキスを落とす。
「……ん、シュナイダー……様」
「キャロライン」
「私もです……シュナイダー様の事が、大好きなのです」
「うん、僕もだよ」
「あ……」
そう言うなり、今度は顔を上向きにされそのまま唇が奪われる。
いつもは、ちょっと激しかったり濃厚だったりするキスが今日はどこか優しい。
いつもなら、ただただ甘いだけのシュナイダー様との時間だったけれど、
何だかほろ苦いものになってしまった。
シュナイダー様は、どうにか周りを黙らせると言ってくれたけれど……
(私も私で甘えてばかりではいられない……)
シュナイダー殿下の隣に並ぶのは私が相応しい。
そう思って貰える人にならないと。
私は改めて決意した。
「キャロライン様」
シュナイダー様は公務に戻られたので、私も勉強してから帰ろうと思って部屋を出たところで声をかけられた。
「エディ様?」
私に声をかけて来たのは、シュナイダー様の側近のエディ様。
学園に通っていた頃からシュナイダー様の友人だった方で、学園卒業後から正式に側近になられた方。
(シュナイダー様がメリダ様に近付いていた頃も、よくシュナイダー様と共に過ごしていたから、よく死んだ魚のような目になっていたわ)
「何かありましたか?」
「……こんな事を私が言うのは出過ぎた真似だと分かっておりますが、キャロライン様にどうしてもお願いがありまして」
「お願い?」
……嫌だわ。
まさか、側近まで、私に身を引けとか言い出すのではないわよね?
何だか暗い気持ちになる。
「どうか! どうか、殿下を見捨てないでやって下さい!」
「へ?」
思っていた事と真逆の事を言われてしまい驚いた。
見捨てる? 私が?? シュナイダー様を?
(そんな事は天地がひっくり返っても有り得ないわ!)
エディ様は私に頭を下げながら続けた。
「殿下は所謂、“キャロライン様バカ”なんです」
「……え」
えーー? ちょっと、ちょっと!?
何か凄い事を言い出したのだけど!?
「殿下は朝起きてから寝るまでに考えている事は“キャロライン様”の事ばかりなんです」
「……えっと?」
いえいえ、それはさすがに大袈裟でしょう?
「公務を頑張るのもキャロライン様がいるから。貴女にカッコイイと思われたい! それが殿下の全ての原動力となっています」
「……国の為、そこに暮らす人々の為……では?」
「それはもちろん! ですが、まずはキャロライン様に笑って過ごしてもらう事が殿下の中では一番なのです」
「!」
「殿下が将来、賢王になれるか否かは、キャロライン様にかかっています!」
「!?」
──そんなに!?
まさか私、そんな重要人物だったの!?
「私はキャロライン様の事で一喜一憂するシュナイダー殿下をずっと側で見て参りました」
「……」
それは、私が7年間もシュナイダー様からのアプローチをスルーし続けた事や、その為に起きたあの学園での日々の事を指しているのだと思われた。
「正直、殿下の頭の中は大丈夫か? と思う事もございました」
「え」
「あの女と過ごした日々は本当に苦痛でした。えぇ、本当に苦痛で苦痛で苦痛で……私の嫌いな色はピンクになりました。今でもピンク色を見ますとですね……何かこう……」
そう語るエディ様の顔はまるで仇でも見るようで。
……まさかのピンクがトラウマになっている!?
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼女……ピンクの残した爪痕は大きかった。
「ご、ごめんなさい……あれは、あの日々は私の為に……」
「いえ、拗らせた殿下のせいですから。ですが、とにかく殿下はキャロライン様の事が大切なのです」
「……私もです」
今の私だってあの頃とは違う。
あの時みたいに簡単に身を引いたりはしないんだから!!
それからも日々は変わらず過ぎて行く。
学園でのセイラ様の人気はうなぎ登りだし、シュナイダー様は今までと変わらず隙あらば私を溺愛してくるのは変わらない。
“聖女”を殿下の妃へ!
と口にしているという人達も今はまだ大きく騒ぎ立てることなく沈黙を保っていた。
──そんな頃、気付いた。私は気付いてしまった!
「……セイラ様」
「……」
「セイラ様!」
「は、はい!?」
私の二度目の呼び掛けでセイラ様がようやくハッと気付いてくれた。
「キャ、キャロライン様?」
「セイラ様、どうかされたのですか?」
「え?」
「最近、少し心ここに在らずと言いますか……」
そう。最近のセイラ様は王宮にいる時、とある一点を見つめてぼぉ……っとしている事が多い。
「そ、そうですか? 気のせいですよ」
「……」
セイラ様はそう言って笑うけれど、私は知っている。
その視線の先に誰がいるのか。
そして視線を向けている時のセイラ様の表情がまるで恋する乙女のようである事も。
セイラ様が熱い視線を送っている先はシュナイダー様。
同じ人に視線を向けていれば嫌でも気づくもの。
本当に何かのストーリーかってくらいの展開だわ。
(セイラ様……ごめんなさい。それでもあなたにシュナイダー様は譲れない!!)
私は、あなたにとって悪役令嬢になるかもしれないけれど、シュナイダー様を諦めたくない。
そんな複雑な気持ちを抱えた頃の事だった。
「え? 隣国の王子様が? 我が国にいらっしゃるのですか?」
「そうなんだ。訪問の連絡があってね」
その日、シュナイダー様は深刻な顔で私にそう告げた。
隣国の王子がやって来ると言う。
ビーグ……ビーブル殿下は何をしに来るの!?
「まさか、セイラ様……聖女様絡みで?」
「それが分からないんだよ、手紙には聖女の事は特に触れられていなくて」
シュナイダー様が首を横に振る。
(では何故? 何をしに……?)
何なの? この嫌な予感は。
胸がザワザワする……
……嵐の予感しかしなかった。
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