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第21話 嫌な予感
しおりを挟む「殿下、ルキア様、助けて下さい!」
シグルド様との婚約解消騒動が一応、落ち着いた数日後、シグルド様の執務室に騎士団長が飛び込んで来た。
その顔は青白く本当に困っている様子だった。
「今更、何の用だ?」
シグルド様が少し不機嫌な様子で答える。
この騎士団長は私が役目から退いた後、積極的に王宮内に「ルキア様は役立たず、王太子妃失格だ」などと私への悪態を積極的に吹聴していたそうで、シグルド様はその事を知ってから激怒している。
「うっ……」
「ルキアの名まで呼ぶとはな。役立たずでは無かったのか?」
「うっ……申し訳……申し訳ございません」
騎士団長は額を床に擦り付ける程の勢いで頭を下げ謝罪した。
「いくら謝っても、お前達が積極的に広めたルキアの噂は消えないし、ルキアの傷付いた心も元には戻らない」
「そ、それは……本当に、なんと言ったら……申し訳……ございません」
再び頭を下げる騎士団長。
私はその姿がいたたまれなくなり、シグルド様に告げる。
「シグルド様、とりあえず話は聞いてみませんか?」
「ルキアは甘いな」
「とりあえず、話を聞くだけです。助けるとは言っていませんよ?」
「それでも、だ」
シグルド様はそっと私の頭を撫でた。
(そうは言うけれど、シグルド様だって放っておく事なんて出来ないくせに)
騎士団長に自分のした事を分からせたくて冷たくしているだけ。
でも、本当に困ってる人をシグルド様は決して放ってなどおかない。
「……仕方ないな。何があった?」
「じ、実は……」
騎士団長は頭を床に擦り付けたまま語り出した。
────騎士達の怪我の治りが悪いのです。
騎士団長は沈痛な面持ちでそう語った。
現在、ミネルヴァ様はシグルド様が牢屋に押し込んでいる為、当然、騎士団への訪問は止まっている。
その事はシグルド様から説明を受けているはずで、元々毎日訪問するものでも無かったから、この先はともかく今はまだ訪問が止まっても支障が出る時期では無い。
「どういう事だ?」
「そ、そのままの意味です」
騎士団長が辛そうに答えた。
「ミネルヴァ様が来られなくなってから、殆どの団員達は異様に傷や怪我の治りが悪く……まともな訓練が出来る状態ではありません……」
(!!)
これは間違いなくミネルヴァ様の力の弊害だわ。
だから言ったのに! という思いとおかしいな? という思いが私の中に生まれた。
「待て……ティティ男爵令嬢の治癒の話に関してはルキアから私が話を聞いた後、そなたに注意を促したはずだが?」
「…………はい、その通りでございます」
ミネルヴァ様にも責任者でもあるブラッド様に話を聞いて貰えなかった私は、結局シグルド様に相談をした。話を聞いたシグルド様は騎士団長にミネルヴァ様が訪ねてきた時にやんわり治療を断るなどして“癒しの力”に頼りすぎない様にと伝えていたはずなのに。
「ですが、ミネルヴァ様が強引で……ブラッド様も睨みをきかせておりまして……」
「……つまり、強く言えなかったのか」
「むしろ、自分はその、ルキア様が以前からあまり訪ねてこられない事に不満があり、ミネルヴァ様の訪問は皆の傷も癒えるし悪い事ばかりでは無い……そう思ってしまいました」
騎士団長は「申し訳ない」と、がっくり項垂れる。
「……」
シグルド様の顔が怖い。明らかに怒っている。
私としても騎士団長のその発言には色々思う事はあるけれど、今はそれよりも気になる事がある。
「待って下さい。そうだとしても早すぎませんか?」
「どういう事だ、ルキア?」
「自然治癒力の衰えです。いくら何でもこうなるのが早すぎます」
癒しの力に頼りすぎたら、自然治癒力が衰えるのは分かっていた。だとしても、もう? そんな思いがさっきから私の中に生まれていた。
そんな私の疑問に騎士団長は顔を伏せながら言った。
「申し訳ございません。ミネルヴァ様は、ほぼ毎日のように騎士団に顔を出していたのです」
「なっ!」
それはシグルド様も知らなかったらしく言葉を失う。これは無い。
私も驚いた。
(嘘でしょう!?)
「つまり、団員の皆様は、ほぼ毎日ミネルヴァ様の癒しの力の治療を受けていた……というのですか?」
「……そういう事になります」
騎士団長はますます項垂れた。
それは最悪だと私は頭を抱える。
「ティティ男爵令嬢の所に行く!」
シグルド様が立ち上がる。
「ま、待って下さい、殿下……」
「騎士団長、これはそなたがルキアと私の忠告を無視した結果だ。重く受け止めろ」
「……皆は」
「自然治癒力の回復を待つしかない。残念だがルキアにも私にも出来る事は無い」
これが今、交戦の真っ最中だったらと思うとゾッとする。どれだけの団員が使えなくなっているのか。
「騎士団長、そなたの処分は追って伝える。今は騎士団の中の混乱を収める事に全力を尽くせ!」
「……は、はい。申し訳ございませんでした……」
騎士団長は項垂れた様子のまま、団員の所に戻って行った。
「……」
「ルキア」
「……シグルド様。私、悔しいです」
肩を落とした様子の騎士団長の背を見送りながら、私は自分さえ能力を失くさなければ……そう強く思っていた。
私が力を失ってさえいなければ、例えミネルヴァ様が“癒しの力”を持って現れていても絶対にこんな風にはさせなかったのに。
「ルキア……」
シグルド様が腕を伸ばし、そっと私を抱き寄せた。
(シグルド様の温もり、安心する……)
シグルド様は私を抱き込みながら言った。
「私はティティ男爵令嬢の所に行くが」
「……私も行きます」
これは文句の一つでも言ってやらないと私の気がすまなかった。
「……ブラッドにも言わないと」
「そうですね」
ブラッド様はミネルヴァ様の味方をして全く私の話を聞こうとしなかった。
でも、責任者の彼だって、このままお咎めなしでは済まないはず。
そう思ってミネルヴァ様の元に行く前にブラッド様の元に向かう事にした。
「いない?」
「ブラッド様は騎士団の視察に行かれたまま、まだ戻って来ていないですね」
彼の執務室にいたブラッド様の従者がそう答えた。
「騎士団の視察? ブラッドの今日の予定はそれだけか?」
「そうですね。本日は騎士団の視察以外の決まった仕事は特に」
……視察に行ったなら、ブラッド様も騎士団員達の様子を見たのかしら?
(さすがに、何かを感じてくれていると良いのだけど)
「……ルキア。とりあえず、ティティ男爵令嬢の元に向かおう。ブラッドは後だ」
「ええ」
そう頷き合って私達はミネルヴァ様の元に向かった。
***
初めて踏み入れる牢屋へと向かう通路は暗くてジメッとした、陰鬱な場所だった。
(こんな所にずっといたら気分も沈みそう)
ミネルヴァ様は良く平気で何日もこんな所にいられるわね。
そんな事を思いながら足を進める。
「ルキア、大丈夫か?」
「大丈夫です。思っていたよりも暗い場所で驚いていますが」
「そうだな」
シグルド様がそっと手を取り握ってくれたので、私達は手を繋いでミネルヴァ様のいる牢屋へと向かう。
けれど、牢屋の入口の近くまで来て異変に気が付いた。
(あれ? 人が倒れている?)
「シグルド様……」
「あぁ」
シグルド様も只事では無いと思ったのか慌てて倒れている人物の元に近付く。
そして、助け起こすも……
「……看守だな。外傷は無さそうだ。だが、これは眠っている?」
「眠っている? どういう事かしら?」
普通に考えて居眠りなんて有り得ない。しかもこの看守は床に倒れていた。
「……」
「……」
まさか……と、二人で顔を見合わせる。
私達は慌てて牢屋の中に入る。
すると、牢屋の中の扉の前でまた一人、看守と思われる人が倒れていた。
(これは……!)
「こっちの男は表で倒れていた男とは違って殴られて昏倒しているようだ」
「そんな!」
「…………この奥にティティ男爵令嬢が居るはずなんだが。ちなみに今、この牢屋に収監されているのは彼女だけ」
「……」
これはもう、嫌な予感しかしない。
だって、この牢屋。
今、独房の中も含めて私達以外の人の気配がしない。
それは、つまり───
「シグルド様」
「……」
私にも分かるのだから、シグルド様にこの事が分からないはずがない。
ミネルヴァ様がいるはずの独房へと近付く私達。
だけど……
「…………やられた」
「……!」
シグルド様の悲痛な声が虚しく牢屋の中に響く。
────ミネルヴァ様がいるはずの独房の中には誰もいなかった。
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