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5. 捨てられた王女
しおりを挟む──出て……いけ?
今、お父様は私にそう言ったの?
私は自分の耳を疑いお父様の顔を見る。しかし、お父様の私を見る顔には親子の情すらも感じられない程、冷たかった。
「無事にマリアーナが聖女になれたからな。もう、お前は用済みだ」
(よ、用済み?)
その言い方は、まるで私が……マリアーナの為だけに生きていた……みたいに聞こえる。
「何だ? その顔は」
「……」
「2年前、聖女になれなかったお前だが、万が一、何らかの理由で最悪マリアーナが今回聖女になれなかった時の事を考え、スペアとして様子を見ていた」
「……スペア」
私の声は震えていた。
(もし、マリアーヌが駄目だった場合、もう一回私に儀式をさせようとしていた……? 何それ……!)
怒り? 悲しみ? よく分からない。
ただ、私の頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「まぁ、やはり可愛いマリアーナが聖女だったわけだが」
「……だから、万が一のスペアとして残していた私はもう要らない。そういう事ですか?」
「そうだ! 後は王女らしく政略結婚の道具として嫁ぐくらいの価値しか残っていなかったというのに……今回の婚約破棄の件でそれすらも無くなった!」
聖女となる予定のマリアーナのスペア、そして政略結婚の道具。
お父様はずっとそんな目で私を見てきたのだと知った。
「……」
(心がどんどん冷えていく)
「分かったら、さっさと荷物をまとめてこの国から出て行け!」
(これが、実の娘に対する父親の言葉なの?)
「二度とこの国に足を踏み入れられると思うなよ」
(こんな発言をする人がこの国を治める王?)
グォンドラ王国を守護する神はこんな人が王で呆れていないの?
……もし、私に声が聞けたなら、ぜひそこの所を詳しく聞いてみたかったわ。
なんてね。
……もういい。
利用価値だなんだでしか人を見ないようなこんな人、もう親とも思えない。
こんな人が治める国、可愛い笑顔だけを振り撒いて好き勝手するマリアーナを聖女と崇める人達しかいないようなこんな国なんて……
もうどうでもいい。
「……承知しました」
「うむ」
「…………お世話になりました、陛下」
───もう、こんな人はお父様とも呼びたくない。
目の前の父親だった人は、私が「陛下」と言った瞬間、顔を顰めていたけれど、私は気付かないフリをしてそのまま退出した。
(この先、どうやって生計を立てていけばいいのかしら?)
一旦、部屋に戻ってこれからの事を考えなくては……そう思って歩いていたら、
「お・ね・え・さ・ま!」
「!!」
少し前まで泣いて喚いていたはずのマリアーナの声が後ろから聞こえた。
その弾んだ声は先程まで泣いていたとは思えないくらい元気そうだった。
「お姉様~、私のせいでお父様に怒られてしまったのでしょう?」
「……」
「ごめんなさいね、お姉様。あ、でも安心して? お父様には私の方からちゃんと言っておくわ!」
「……」
「お姉様は悪くないの、私が勝手に悲しくなって泣いちゃったのよって。お父様は私には甘いからそれで許してくれると思うの」
「……」
「…………お姉様?」
私は何一つ答える気にならなかったので、そのまま振り返る事もせずに無言のまま歩き出す。
「待って、お姉様! どうして無視するの!? お姉様、お姉様ったら!」
私の行動に驚いたマリアーナは、しばらくその場で叫んでいたけれど、どんな顔をしているかは見たいとも思わなかった。
──
部屋の前に着くと、普段はいないはずの護衛騎士達が何故か部屋の前に立っていた。
彼らは私の顔を見るなり頷き合う。
「……陛下の命令で、あなたを国境まで送る事になりました」
「出発は30分後です」
「……」
(根回しが早いこと。どれだけ早く私を追い出したいのかしら?)
そして、あの人は悠長に考える時間さえもくれない。
国境まで送るのも、決して温情などでは無い。
ただ、ちゃんと私がこの国から出ていくかどうかを見たいだけ。
こうして私は、急いで最低限の荷物をまとめると、馬車に押し込まれてそのまま王宮を後にした。
(もう、ここに戻る事は無い)
さようなら、私の過ごした20年間。
馬車の窓から遠ざかっていく王宮を見ながらそう思った。
国境に着くまでの間、時間だけはたっぷりあったので色々な事を考えた。
これまでの事、これからの事……
特に、これからの不安は消えない。
どんな扱いを受けていても、それでもこれまで私は“王女”だった。
元婚約者のように学校に通っていたわけでもない。よくよく考えれば王宮から外に出る事さえ少なかったと思う。
(友人と呼べる人すらいない)
「……私のこれまでって何だったのかしら」
聖女になれていれば、こんな事にはならなかった?
そして、マリアーナをもう少しうまく扱えていたら……?
「いえ、違うわね」
聖女には興味が無かったし、マリアーナに関しては正直よく分からない。
ただ、私は一生、あの子を理解する事は出来ないとだけ思った。
────
「───それでは、我々はこれで」
「最後に、陛下からの伝言です」
「……伝言?」
ここまで私に付き添ってきた護衛という名の騎士達は淡々とした様子で言った。
「この先、お前がどうなろうとも構わないが、マリアーナの迷惑になる事だけは絶対にするな、との事です」
(あぁ、本当に最低な性格をしているわ)
「……そう」
承知しました、なんて言ってやらない。
この国境を超えたらもう、“リディエンヌ・グォンドラ王女”はいなくなるのだから。
「……っ」
私のその答えに騎士達は不満そうだったけれど、私は彼らを無視をして歩き出した。
きっと、これも最後の悪評としてグォンドラ王国に広がるのでしょうね。
出来損ないのお荷物王女は、陛下の最後の言葉にすら頷かなかった、と。
◇◆◇◆◇
こうして、私はグォンドラ王国を出て隣国のラッシェル国に入国した。
国境を超えた私はこれでグォンドラ王国の王女ではなく、この国での私はただの平民、リディエンヌ。
そんな平民・リディエンヌがまずしなくてはならないのが……
「衣食住の確保! その為にもとりあえず街に出ないと」
当面は持ち出したお金が少しあるけれど、こんなものすぐに尽きてしまう。それまでにはどうにかして生きていく術を見つけないといけない。
すぐに仕事が見つかるとも思えないけれど、とにかく街の中心に行ってからまた考えようと思った。
「王都に近付くのも嫌だけど、グォンドラの近くの国境付近に住むのも嫌なのよね……」
ラッシェル国は隣国なので、王族同士の付き合いも多くある。
ただ、あの人達は私より華やかなマリアーナを連れて外交していたので私の顔はあまり知られていない。
ちなみに、国王陛下と王妃様はまだ、30歳手前で年若く、お世継ぎは5歳の王子様。
さすがに私やマリアーナと縁組出来る年齢では無いので両国間で婚姻に関する話は出た事がない。
そんな事を考えながら流しの馬車に乗り、街の中心街に向かった。
(あら? ラッシェル国って意外と……)
馬車の窓から見るラッシェル国は正直、あまり豊かには見えなかった。
途中で通った農家で育てている作物もあまり育ちが良くなさそうで、隣同士の国なのに随分と違うものなのね、そんな事を思った。
そうしているうちに、馬車は街の中心街に着いた。
少しお腹が減ったので簡単に食べられる物は無いかと馬車を降りた後は、街をフラフラ歩き物色する。
(わー、すごく新鮮……!)
お店ってこうしてたくさん並んでいるものなのか、と感動しながら歩き回った。
「さて、いっただきまーーす!」
途中で見つけた軽食の販売店で簡単に食べられそうな物を見つけた私は、周囲の人に習ってその購入した食べ物(おそらくパン)を食べようと口を開けた。
(知らなかったわ。街ではこうやって手づかみで食べる食事があるなんて!)
そんな感動を覚えた時だった。
「にゃーーー!」
(…………ん? 鳴き声?)
聞こえて来た鳴き声に動揺していると、突然目の前に飛び出して来た“それ”は私が今まさに食べようとしていたパンを奪った。
「…………え? あ、猫さん? わー、モッフモフ…………ではなくて!!」
「にゃーん」
「は? にゃーんじゃないわよ!? それ、私のだから!」
「にゃー」
そう鳴いて元気よく返事をした猫は私の食事を加えたまま走り出した。
「え、ちょっと! モフ猫さん!! ど、泥棒ーー!」
後々、冷静になって考えれば、猫に盗られてしまった時点で(衛生面で)もう自分が食べられる物ではないだろうに、この時の私は、
“これは私のなけなしのお金で買ったご飯なの、取り返さなくては!”
と思ってしまい、私は必死に泥棒猫を追いかけた。
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