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第12話 不器用な人
しおりを挟む目を覚ますと、自分のベッドの上だった。
酷い頭痛はもうしなかった。
───あの時、自らが願って封じ込めた記憶を全て思い出したからだろうか。
「………リリア?」
「っ!?」
枕元から呼びかけられたその声に思わずビクッと身体が震えた。
────ロベルトの声だった。
何でここにいるの、まず最初にそう思った。
もう来なくていいと言ったのに。
それでも来てしまったの?
「リリア」
ロベルトは不安そうな顔をして、私の手を握りながら顔を覗き込んでくる。
あぁ、この間、事故の後に目覚めた時と同じだわ。
本当に私はこの人に心配をかけてばっかりだ。
「ロベルト……」
「大丈夫か? リリア?」
「……ごめんなさい、私、また心配かけてしまったわ」
私は目を伏せ、そして謝る。
今回だけではない。ロベルトはこれまでいったいどんな思いで私の傍にいてくれたのだろう。
昨日の私の拒絶をどんな思いで受け取ったのだろう……
ロベルトは握っていた手をさらに強く握って言う。
「……来るなって言われたけど、もう一度ちゃんと話がしたくて訪ねて来た。そうしたらスフィアの事を聞いて、リリアが興奮して倒れたって聞かされた」
「…………ごめんなさい。そうなの。酷く取り乱してしまったわ。だってスフィアが……」
そう嘆く私を見ながら、ロベルトは何故か首を横に振り意外な事を口にした。
「……スフィアの事は心配だが、大丈夫だ。アイツはこうなる事を知っていた気がする」
「えっ?」
ロベルトの言葉に驚いて顔を上げる。
「スフィアがここに来た帰りに少し話をしたんだが、絶対にリリアを守るよう言われたよ」
「私を?」
「スフィアはこの先、何が起こるのか分かってて、警告する為にあの日ここに来たんじゃないか?」
「そんな……」
もしかしたら、スフィアはニコラス殿下達に自分が陥れられる事を知っていたのではないかとロベルトは言う。
ただ、本当にそうならスフィアが何故それを黙って受け入れているのか疑問は残るけれど。
ニコラス殿下は私を愛妾にして監視下に置くと言った。
セレン男爵令嬢はニコラス殿下を王位につけて自分が王妃になりたいと言っていた。
だけど、正式な婚約者であるスフィアがいる限り、ニコラス殿下はセレン男爵令嬢を正妃にする事は出来ない。
身分からもスフィアを側妃や愛妾に据え置く事は不可能だ。
私と同じように監視下に置けないのなら、スフィアは排除する。
それがニコラス殿下達のやり方……
思わず力を込めて握り締めてしまった手を、ロベルトが優しく解いてくれる。
全てを……ロベルトとの事を思い出した今となっても、そんな仕草の一つ一つがとても愛しい。
「……スフィアに言われなくてもちゃんと守る。そう決めていた」
「だから、毎日ここに来てた……?」
「近くに居られないと、何かあってもリリアを守れないだろ?」
──あぁ、この人は……
ロベルトは、昔からあまり感情を表に出してくれない人だった。
あのハンカチの出会いのすぐ後に私達は婚約者となり、私はずっと変わらずロベルトの事が大好きだったけど……ずっとロベルトが何を考えているのかは、正直よく解らなかった。
婚約者としては大事にされているとは感じていた。
それなりに仲良く過ごしていたけど、幼馴染のせいか友達の感覚に近くて、女性としてはどう思われているのだろう?
ずっと心のどこかで不安を抱えていた。
そんな時に起きたニコラス殿下の横槍による婚約解消の話。
あの時、ロベルトは私みたいに“婚約解消を嫌だ”とは口にしなかった。
今、思えば口に出来なかっただけなのかもしれないけれど、そんなロベルトの態度が私を更に興奮させ、家を飛び出すきっかけになったように思う。
けれども記憶を失くしていた時に、会いに来てくれていたロベルトは、今までからは考えられない程スキンシップが多かった。
抱き締められたり、昨日の額や頬へのキス……
それはロベルトの私への気持ちだと思っていいのだろうか?
記憶が無かったとはいえ、昨日あんな風に拒絶した私に、今もこうして会いに来てくれたその気持ちを……
ロベルトはただ、言葉足らずの不器用な人だったのだと記憶を失くした事でようやく分かった気がした。
涙が溢れそうになった。
私はそれを懸命に堪えて目尻に涙を浮かべながら、俯いてた顔をあげて潤んだ瞳でロベルトを見つめる。
「……ロベルト、あのね? 私……」
「…………っ!」
ロベルトの手がそっと私の頬に触れた。優しい手。私の大好きな人の手。
私は無意識にその手に自分の手を重ねた。
「っ! だから、リリア!!」
ロベルトの焦ったような声がする。
「えっ……?」
ロベルトは何をそんな焦って───?
そう思った瞬間、私の唇に柔らかいものが触れた。
それは婚約者となって約10年、初めての感触だった。
とても、優しいキスだった。
初めは軽く触れるようなキスで、一瞬離れたと思ったら、最初より少し強く押し付けるように角度を変えて、再び何度も口付けられた。
「…………んっ……」
い、息が!!
そう思ったら、チュッと音をたててロベルトの唇が私からそっと離れていった。
もう少し続いてたら、窒息していたかもしれない。
嬉しさ、恥ずかしさ、息苦しさで、私の顔は真っ赤だろう。
──そんな事を考えていたら、
「……リリアが悪い!」
顔を赤くしたロベルトが開口一番にそう言ってきて、私をギュッと抱き締めてきた。
「………………えっ?」
言葉と行動の意味がわからない。
でも抱き締められた胸からロベルトの鼓動が伝わってくる。
すごくドキドキいっている。私と同じ。
それだけでロベルトの気持ちが伝わってくるような気がした。
「忠告しただろ? 男の前でそんな無防備な顔をするなって」
えっと……それは額と頬にキスをされた時だったかしら?
確かに襲われても文句は言えない、と言われたけれど。
「……無防備、な顔?」
どんな顔の事? 本気でわからない。
教えてもらおうと、ロベルトの胸からひょこっと顔を出してロベルトの顔を見上げた。
「っ!! ……だから!!」
ロベルトは、ちょっぴり怒ったような声を出した。
「…………そんな顔だ」
「え?」
ロベルトの顔が近付いてきて、再び私達の唇が重なった。
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