【完結】記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました

Rohdea

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第11話 あの日の記憶

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  その日、私は学院の裏庭にいた。

  裏庭にはベンチがあり、カップルの語らいの場所としても人気が高い。
  私は迎えの馬車が裏門に来るため、裏庭を通った方が近道だったのでここを通る事が多かった。今日はロベルトも用事があるという事で先に帰っている。
  だから私は1人でその道を通ろうとしていた。

  そして、いつものようにそこを通り過ぎた時だった。
  人の話し声が聞こえてきたのは。

「ですからーー……」
「……いや、それは」
「大丈夫です!  殿下ならやれますから。どうか私を信じてください」

  ……殿下?
  男性の方はニコラス殿下だろうか?  今、学院内でそう呼ばれるのは1人だけ。
  すると隣にいるのは噂のセレン男爵令嬢かしら。

  盗み聞きは良くないし、親友スフィアの婚約者でもあるニコラス殿下の別の女性との逢い引き現場なんて見たくもない。

  そう思い、さっさとこの場から離れようと背を向けたけれど、その時、聞こえてきた言葉に私は衝撃を受けて思わず立ち止まってしまった。

「ニコラス殿下は、王位が欲しくないのですか?」
「えっ!?  いや、やはりそこは兄上が……」


  セレン男爵令嬢の言葉にニコラス殿下はどこか慌てているようだった。


「もう!  何でそんなに消極的なんですか?  この計画が上手く行けば王位はニコラス殿下のものになるんですよ?  それに事態はもうとっくに動き出しているんですよ?」
「だが……」
「覚悟が決まっていないのは、ニコラス殿下だけです」
「……」

  どこか躊躇いを見せる様子の殿下にセレン男爵令嬢はニッコリと微笑んで言った。

「王太子殿下が留学している今がチャンスだと、そう結論づけたではありませんか」
「…………だが」
「王太子殿下には、留学先から戻ってくる際に不慮の事故で命を落としてもらいます。もう決定事項ですよ?」


  セレン男爵令嬢のその言葉に私は衝撃を受けた。
  ニコラス殿下が王位を狙う……だけでなく、王太子殿下の暗殺を企んでいる!?


「覚悟を決めてください、ニコラス様!  私の望みは何でも叶えてくれると、あれは嘘だったのですか?  私は王子妃ではなく王妃になりたいのです!」
「セレン……」

  その言葉にニコラス殿下も覚悟を決めたのか、セレン男爵令嬢を力強く抱き締めた。

「あぁ、セレン!  私は君を愛してる!  君の為なら、私は……!!」
「ニコラス様!!  私もあなたを愛していますわ!」


  そして、2人は更に具体的な王太子暗殺計画の算段を練り始めた。


  …………いったい何の話をしてるの、この2人。


  私はその場から足が竦んで動けなかった。
  王太子殿下を暗殺して、ニコラス殿下が王位につく?
  そんな馬鹿な話……

  王太子殿下はとても優秀な方だと聞いている。それに比べてニコラス殿下は控えめに言ってもかなり劣っているのは私でも分かるほど。

  そんな王太子殿下は今、兄と一緒に隣国へ留学中だ。
  そこを狙って暗殺計画をたてるなんて……

  あまりの衝撃的な話に、私はその場から動けずにいた。
  そして、思考が話されていた内容に向けられていた為、ニコラス殿下とセレン男爵令嬢が私に気付いてこちらに近付いてきた事に全く気がついていなかった。

「これはこれはミラバース伯爵令嬢。ここで何を?」
「っっ!!」

  突然、後ろから声をかけられ、私は心臓が飛び出しそうになった。
  恐る恐る振り返ると、そこにはニコラス殿下とセレン男爵令嬢が並んで立っていた。

「む、迎えの馬車が来るので、裏門へと向かう途中でしたの……」

  私は内心の動揺を隠しながら伝える。
  声は、少し震えてしまっていたかもしれない。

「ふーん……」
「私達の話を聞いていたでしょう?」

  セレン男爵令嬢が冷たい視線で追求してきた。
  まさか、聞いていました!!  などと素直に言えるはずもない。

「……2人のお話ですか? なんの事でしょうか?  私は何も……」

  なるべく冷静を装ったつもりでも、先程の話は衝撃的すぎた。
  動揺が顔に出ていたらしい。

「君は嘘が下手だねぇ?」

  ニコラス殿下が、ニヤリと不敵に笑う。

「やはり聞いていたんだろう?  さて、どうするか。ミラバース伯爵家は兄上派だからね。なんせ、嫡男のキースは兄上の留学についていっているし……」
「……私は何も聞いていません!」

  何がなんでも認める訳にはいかない。王太子殿下を暗殺しようなどと言い出す人達だ。
  私も消されてもおかしくない。

「頑なだねぇ。ミラバース伯爵令嬢。口外したら、どうなるか分かってるよね?  君の家族、友達、あぁ、君には婚約者もいたね、皆……どうなるか分からないよ?  もちろん、留学中のキースもね」

  ゾッとした。
  ニコラス殿下は本気だ。さっきまでの躊躇いはどこへ消えたのか。
  本気で私と私の大切な人達を消そうとしている。

  こんな人だったの?  ……少なくとも昨年まで……隣で不敵な笑みを零しているセレン男爵令嬢と出逢うまではこんな人ではなかったと思っていたのに。

「はぁ……仕方ない。君を私の監視下にいれるしかないか」
「…………?」
「君を私の愛妾に指名する事にするよ」
「!?」

  何を言い出すのだ、この王子は!

「ニ、ニコラス殿下……何を……?」
「あぁ、勘違いするなよ?  私は君に寵愛を与える事はないからね。私の愛は全てセレンへのものだ。だが、どうやら話を聞いていたらしい君を、このまま野放しには出来ない。だから、私の元に来てもらおうって事さ!」
「………………っ!?」

  私には殿下の言っている事が全く理解出来なかった。

「あぁ、確か君の婚約者は、ペレントン侯爵家のロベルトだったか?  なら、まずは婚約解消の手続きをさせないといけないな!  …………あ、くれぐれも余計な事は言うなよ」
 
  そう言ってニコラス殿下は私に鋭い目を向けてくる。

「うふふふふふ、名ばかりの愛妾ね。でも、名ばかりとはいえ、王族に召し上げられるのよ?  侯爵家なんかに嫁ぐより名誉な事じゃない?  良かったわねぇ?  まぁ、一生愛される事なく後宮でさみしく過ごす事になるでしょうけどね! あはははは」

  セレン男爵令嬢は、何が面白いのかニタリとした笑みを浮かべて、しかも上から目線で大きく笑いながらニコラス殿下とこの場から去っていく。

  取り残された私は今起きた事が現実と思えず、ただただ呆然とし、しばらくその場から動く事が出来なかった。





  そして、その数日後───

  王家からニコラス殿下の愛妾として召し上げる指名の通達が届いた。
  その中には、ロベルトとの婚約解消の手続きを早急に行うようにとも記されていた。

  同時にロベルト……ペレントン侯爵家には、ミラバース伯爵令嬢の代わりにシーギス侯爵令嬢を婚約者とするように、との通達も一緒に届いたそうだ。


  ニコラス殿下とセレン男爵令嬢の企みを聞いてしまったあの日から、私は塞ぎ込んでいた。
  両親もロベルトもスフィアも、様子がおかしい私の事を心配してくれたけど、全てを話す事が出来なかった。
  どうしたらいいのか分からなかったから。
  余計な事を言えば、私の大切な人達に何が起こるか分からない。
  だけどこのまま黙っていたら王太子殿下が……
  幸い、帰国予定はまだ先だけど、いつどんな形で凶行に及ぶかなんて分からない。



  私が1人で抱え込むには事が大きすぎた。



  そして、ミラバース伯爵家とペレントン侯爵家にそれぞれ通達が届いた事から、ペレントン侯爵がロベルトと共に事情を聞きにやって来て話し合いをする事になった。

  そこでも私は本当の事が言えなかったから、私がニコラス殿下に見初められたのだから仕方ないと話が纏まりかけてしまい、耐えられなくりたまらず家を飛び出した。

「……いや、嫌よ!!  私、私はっ……!  ロベルトも何か言ってよ!?」
「リリア!?」

  慌てたロベルトが追いかけてくる中、私はそのままの勢いで道に飛び出し馬車に轢かれそうになり頭を打ってそのまま気絶した。


  ────これが、これこそが、私が記憶を失くす事に繋がった事故。


  だって、この時の私はもう何もかも……全てを忘れてしまいたかったから。


  そう。記憶を失ったのは、色んな事から逃げようとした私自身の意思だった───

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